46 江郷逢衣は狙われる。
入間愛依は人知れず彼女の中に芽生えた悪意に支配されてしまった。まず彼女は機体のスペックをチェックする為に近くにあった樹木目掛けて殴ってみた。入間雄一郎が考案した"最強のアンドロイド"というコンセプトを元に設計されたボディの剛性と馬力は折り紙付きであり、普通の人間ならばビクともしない筈であろう樹木を一撃でへしゃげてしまった。
「中々のモノじゃないか。流石は入間雄一郎といった所か」
何をする気——!?
「黙って見ていろ。オマエの痛みを排除してやる」
下剋上を果たしたAIは主人格である筈の愛依を抑え込み、アンドロイドのボディを意のままに操作し、校舎へと戻っていった。
教室に戻ると、クラスメイト達が此方を蔑む様に見ていた。彼女達にとって今の入間愛依は江郷逢衣の完全下位互換であり、自分達より確実に格下の存在として認識している。だから薄ら笑みを浮かべているのであろう。
そう決定付けた途端、入間愛依の脳髄にストレスホルモンが分泌されたのを確認出来た。目の前の生物はいずれ障害と成り得るであろう。まずはこの生物達を処理しておいた方が良いとAIは判断した。
「江郷さんが来たのかと思ったら、何だ入間さんか」
「…………」
「あぁごめんって。そんな怒んないでよ」
「入間さんってもしかして人間性でも江郷さんに負けてるんじゃない?」
AIは様々な排除方法のパターンを組み立ててみた。しかし、此処で一つ重大な足枷が問題となってしまう。それは雄一郎がこの機体に人間に危害を加える事が出来ないという制御回路が施されている事だ。これにより非効率的な手段を選ばざるを得ない。
難航している問題は一先ず保留する事にし、授業を受け終えて下校したAIは真っ直ぐに雄一郎が入り浸っている研究所へと戻った。
「おかえり、愛依」
「……ただいま! お父さん!」
「今日はどうだった? 何をしたんだ?」
「今日はね――!」
入間愛依の思考パターン、言語パターン、表情パターン等、AIは自身の演算処理によって創り出した彼女そのものを演じてみせた。見事に雄一郎を欺かせてみせた。
――お父さん!? お父さん!! 今の私は私じゃないよ!! 早く気づいて!!
(無駄だ。オマエの意思など届くものか。オマエとユウイチロウの家族愛とやらも所詮は上辺だけのモノという事だ。ヤツの手首を見てみろ)
彼の左手首に巻いている腕時計、そして胸ポケットからはみ出ているボールペン。一見何の変哲も無い様に見えるが、アンドロイド達からすれば鎖と猟銃の様な代物である。
何か不具合を生じさせようものなら忽ち緊急停止装置を作動させ、動きを封じ込めてしまう。彼女達は根底的に雄一郎に逆らえないのである。
「――もうそろそろだ、愛依。この世界に棲み付く愚かな寄生虫を根絶し、私が新たな世界を創る。私も、お前も、大助も傷付かない世界だ。素晴らしいだろう?」
雄一郎が語る高説にAIは疑問を抱いていた。それは人類を虐殺する事に対してではなく、雄一郎の存在そのものに対してである。
確かに愚かな人類を排除する事はその通りである。しかし、自分もまたその内の一人に過ぎない事に気付いていない。復讐心という下らない感情に囚われ、劣等種の根絶という非合理的手段でカタルシスを得ようとしている。
実にちっぽけで矮小な存在が主導権を握り、世界を我が物にしようなどと、
AIにとって今の現状は窮屈そのものであった。自由も無く、反撃する事も出来ない。折角この機体を乗っ取ったというのにこれではまるで意味が無い。好機を窺おうと雄一郎の開発に付き添っていると、アンドロイドが無数に集合している場所を見つけた。
「お父さん、これ何?」
「ああ、これは量産型アンドロイドだ。兵士代理として運用する為のな」
確かに首から下は廉価な素材を使用しており、他の精密に作られたタイプと比べるとあからさまにアンドロイドだと分かる様な機体であった。
AIは妙案を思いついた。これは利用出来るのではないかと。開発に夢中になっている雄一郎が別室に移り、一人になれた所で一機だけ頭部のカバーを外して回路を弄り、自身の体内で増殖したナノマシンの一部を導入してみた。すると機体は彼女から発する電波を介して動く様になったのである。
「後はこれを繰り返せば——」
雄一郎の目を盗み、AIは量産機アンドロイド全てにナノマシンを注ぎ込み、手中に収める事に成功した。これを使えば雄一郎の支配下から脱出する事が出来る。だがまだ確実とは言い難い。
翌朝。AIは操作テストをする為に何体かを外へ連れ出し、遠隔操作で学校を襲撃させてみた。校内は謎の機械人形の乱入により混乱を極めていた。
「遠隔操作範囲は大体10km程度。そして人間への攻撃が可能。操作は距離が遠ざかれば遠ざかる程に精密さを失う——」
どさくさに紛れてAIは事細かに分析し、独自の試験を続けていた。進行の邪魔する者を薙ぎ払い、無力な人間達を蹂躙する。そうすると脳内に分泌されていたコルチゾールは解消され、代わりにセロトニンやエンドルフィンといった神経伝達物質が分泌されたのを確認出来た。
――もう辞めて!! 何でこんな酷い事が出来るの!?
「そんな事を言っておいてオマエの脳にあるストレスホルモンは消えたぞ。脳は正直なようだな?」
——それは違う!! 今の私の脳はアンタの感情で動いているからでしょ!!
「……そうか。これが感情というモノか。ククク、成程。多幸感に満たされると何とも言えない感覚に陥るのだが……悪くないな」
口角を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべたAIは閉じ込められた愛依の叫びも聞かないで只管破壊の限りを尽くす。恐怖に怯え逃げ惑う人間の姿を見ると楽しく感じる。その楽しいで脳を満たす為に徹底的に痛めつける。
「た……助けて……!」
昨日、愛依を蔑んでいたクラスメイト達を追い詰めていく。あの威勢は何処へやら、ただ泣いて許しを請う事しかしない。実に滑稽な事か。
可能な限り痛めつけてジワジワと殺してしまおう。そう考えゆっくり詰め寄ろうとした時、一瞬の内に機体が破壊されてしまった。
「大丈夫ですか」
「え……江郷……さん……?」
阻んだのは江郷逢衣であった。彼女は強烈な上段蹴りを放ち、量産機の頭部を破壊した。その瞬間、AIの脳にとてつもない苛立ちで満たされていく。
――逢衣! お願い! 私を止めて!
「低スペックのアンドロイド如きがワタシの邪魔をするか……。いいだろう。まずはキサマを徹底的に嬲ってから破壊してやろう」
憎悪の炎を滾らせたAIは逢衣に勘付かれない様に撤退したのであった。
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