44 江郷逢衣は交わる。

 山形での葬儀を終えて早一週間。忌引き休暇の合間に目の修理も済んで逢の日常も元に戻る筈だった。


「野上は今日も休みか」


 麻里奈は未だに学校に来ていない。絵に描いたような優等生だった彼女がずっと欠席しているのは信じられない事であったのでクラス内は波紋を呼んでいた。


「麻里奈ちゃんどうしたんだろうね~?」

「体調が悪いってライン来てるけど絶対何か有るっしょ」


 ずっと無反応だったラインにも返信が届き始め、存否の確認は取れているが、事情は把握出来ていない様であった。心配する沙保里達を嘲るかのように織香達は鼻で笑った。


「居なくなって清々するよ、あんな奴。そのままずっと休んで留年しちまえばいいのに」

「早舩! アンタねぇ!!」

「お前らはいいよなぁ? 野上のお気に入りだからよ」

「酷い! ウチらはそんなんじゃあ――!」

「アイツが私らにやってきた事、知らないとは言わせねぇよ」

「それでも言っちゃならない一線ってモンがあるっしょ!!」


 教室内は忽ち険悪な空気が流れ始める。互いの主張が激しくぶつかり合い、逢衣はどちらにも肩を持つことが出来ずに戸惑っていると、入る余地すらないと思われた彼女達の間に割り込んでいく者が一人いた。


「一旦落ち着けお前達。こういう時は貶し合いを止めてゆっくり話し合うをするモンだ。いがみ合ってちゃ何もならないぞ」


 いつも口喧しいだけの雄太が柄にもなく真っ当な意見で諭し、この場を鎮めさせた。意外な人物の意外な発言により、両陣営はわだかまりを残しつつも一時休戦となった。


「……日野さん、有難うございます」

「気にするな!! 委員長が不在の時こそ副委員長が務めを果たすモンだからな!! ワハハ!!!」


 さっきまでの真剣な面持ちから打って変わり、雄太はいつもの調子に戻って大きな声量と共にサムズアップを示した。しかし何処か憂いをを帯びている様にも見える。やはり麻里奈の事で心配しているのだろう。


 無駄な事かもしれないが、もう一度麻里奈に連絡してみようとスマホを取り出そうとした時、戸を勢いをつけて引き、ずかずかと教室に入り込んで此方に接近する影が見えた。


「居た居た! このクラスに居たんだ」


 クラスメイト達が騒めき始める。見上げてみると、目の前には逢衣と瓜二つの少女が立っていた。一つ違う点を挙げるとするならば、逢衣じゃない方は明確に表情を浮かばせている事だ。


「え……ええ!!?」

「逢衣ちゃんが二人~!?」

「どうなってんだおい!?」

「ああ驚かせちゃってごめんね! 私は入間愛依! 最近転入してきたばっかなんだ! これから宜しくね!」


 雄一郎が創り上げた最新鋭アンドロイド、入間愛依がこの学校に転入してきた。まだ人間だった頃の愛依をモデルとして大助が逢衣を創ったので外見がほぼ同じなのは当然の事である。その事情を知らない一同は驚きを隠せずに居た。


「え、ええっと入間さん、だっけ。江郷さんとはどういう——」

「うん? そうだねぇ……、簡潔に言うなら生き別れの姉妹って感じかな? ちょっと似てるでしょ?」

「ちょっとどころか殆ど一緒の様な——」

「私はそんなに無表情じゃないよ。……ね? 似てないでしょ?」


 蠱惑的な表情と共に愛依はクラスの興味を掻っ攫っていった。何の目的で此処に転入してきたのか、問い質す必要がある。雄一郎の差し金だとするのならば、彼女は不穏分子でしかないからだ。


「……どうして私が此処に転入してきたのか聞きたいって感じだね?」

「……はい」

「いいよ。ついて来て」


 見透かす様に不敵な笑みを浮かべる愛依。それを無表情でまじまじと見つめる逢衣。対照的な二人は教室を抜け出して誰も来ない校舎裏まで歩いていくと、愛依は背を向けたまま立ち止まった。


「……愛依さん。一体何が目的で——」

「ところでさ、その感じだと自分がアンドロイドだって隠して学校に来てるって事だよね?」


 彼女が振り返ると、さっきまで皆に見せていた愛想のいい表情から一変して悪戯心に満ちた笑みを浮かべていた。


「お父さんに頼まれたんだ。私の偽物である江郷逢衣を破壊しろって」


 その言葉を聞いた瞬間、逢衣は瞬時に退いた。遠くない内に会敵する事は想定内であったが、まさか白昼堂々、しかも学校に侵入してまで襲撃してくる事は想定外であった。身構えている逢衣を見て愛依は大きく息を吐く様な素振りと共に両掌を見せた。


「――けど、私はそんな事したくないんだ。私は私だし逢衣は逢衣でしょ? 本物か偽物かなんておかしいとは思わない?」

 

 愛依のその言葉を聞いて、逢衣も構えを解いて頷いた。


「だからさ、アンドロイドだって事をお互い秘密にして学校生活を送ろうよ。お父さんには上手く誤魔化しておくから、私が逢衣の学校に通う事になった事を大助に内緒にしてくれないかな?」

「……分かりました。マスターには秘匿にしておきます。……しかし、何故?」

「お父さんが逢衣の存在を認めていない様に、大助も私の存在をまだ認めていない様だからね」


 山形で大助の拒絶を間近で見た時、凄まじい程の嫌悪感を露にしていた。自ら望んで生まれ変わったかどうかは不明であるが、家族に突き放された愛依の心情を此れまでのデータを分析すれば悲しいと感じる事なのだろう。


「……いつか、マスターも愛依さんの事を受け入れてくれる時が来ます。私も協力します」

「……うん、有難う。逢衣って優しいんだね。あぁそうそう、愛依さんってのは禁止! 愛依でいいよ」

「分かりました、愛依。そろそろ一限目の時間です。戻りましょう」


 時刻は八時五十八分。早く戻らなければ遅刻扱いになってしまう。二人が各自の教室へ戻ろうとする中、愛依は痛がる様に頭を抱えた。


「どうかしましたか?」

「あぁ……ううん、大丈夫。頭の中に何か居る様な感じで幻聴が聞こえてくるんだよね」


 逢衣は雄一郎の実家での出来事を振り返った。唯一の生体である脳髄をナノマシンによって活性化させて機能させている。そして未だ不完全である為に誤作動の様な物が起こしていた。頭の中にもう一人居る様な感じ、とは注入されたナノマシンではないのか、と逢衣は推測した。


 もしかすると、現在進行形で綱渡りをしている様な危険な状態にあるのかもしれない。逢衣は独自に愛依の動向を監視する必要があると判断し、一層愛依との親交を深める事を決定したのであった。

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