43 江郷大助は友を作る。
「ちょっと隣良いかな? 君、僕と同じ科の江郷大助君だよね? 一人で黙々と何作ってるの?」
大助は大学で誰とも話さず、一人で授業を受けて一人で研究室に入り浸ってアンドロイドの研究を進めていた。手短に学食で済ませようとしていると、一人の肥満体の男が話し掛けてきた。
「あ、僕の名前は天堂琢磨。ねぇねぇ教えてよ」
「やかましい。向こう行け」
「とんだ挨拶だなぁ、ちょっとは僕の質問に答えてくれてもいいでしょ?」
大学の食堂で話し掛けられ、琢磨と知り合う事となる。初対面だと言うのに馴れ馴れしく話し掛けてくる男に大助はぶっきら棒に突き放そうとしていた。それでも琢磨は折れずに付き纏い、仕舞いには占領していた研究室にまでついてくる始末であった。
「わ! もしかしてコレってアンドロイド!? しかも女の子型!」
「おい勝手にデータ見るな!!」
「僕にも手伝わせてよ! 何でもやるからさ!」
秘密裏にアンドロイドの開発を進めていた事を知り、半ば強引に参加する事となった琢磨。本音を言えば邪魔でしかなかった。生きている人間の様なアンドロイドを創るという事は荒唐無稽な話である。大助自身も当時は完成出来る事自体が半信半疑であり、どうせ勝手に諦められて勝手に消えていくのが目に見えていた。
「……じゃあこれとこれとこれ、直ぐ買って来い。」
「うん分かった!」
「腹減った。何かメシ買って来い。釣りはやる」
「オッケー! どんな感じのが食べたいのかな?」
「喉乾いた。アイスココア……じゃなくてアイスコーヒー買って来てくれ。釣りでお前も何か好きな飲み物買え」
「わぁ有難う! 直ぐに行ってくるよ!」
だから大助は体の良いパシリとして琢磨をこき使っていた。それでも琢磨は愚直に大助の指示に従い、時には差し入れも持ってくる始末であった。この男が理解出来なかったので訊ねてみる事にした。
「……天堂って言ったか。お前俺に良い様に扱われてるだけって分かってんのか?」
「僕も流石に其処まで鈍くはないよ」
「……馬鹿みたいな話なのにお前はどうして其処までやれるんだ? 考案している俺ですら完成できるのかどうか分からないと思ってるんだぞ?」
大助の問いかけに対し、愚問だなとばかりに琢磨は小馬鹿にするように鼻で笑った。
「決まってるでしょ。其処に
「浪漫だと……?」
「そう! 浪漫だよ! 美少女アンドロイドを作るなんてワクワクしかしないよ! 科学者なら浪漫を追い求め続ける以外に道は無いんだよ! 浪漫こそが科学の原動力なんだよ!! 江郷君もそうでしょ!! ……あれ? 違った?」
熱く熱弁し終えると、少しばかり不安そうな表情を浮かべる琢磨。そうだ。最初は雄一郎が創ったものより更に凄いロボットを創る事。それが本来の夢だった。昔の事とは言え、大事な事を忘れていた。まさかこんなポッと出の奴が思い出させてくれるとは思わなかった。大助は思わず大笑いを上げた。
「……まさかお前みたいなのに教えられるとは思わなかった」
「え? どゆこと?」
「天堂琢磨。吐いた唾を飲むなよ。地獄の底まで付き合って貰うぜ」
「だからどーいうこと!?」
半端な覚悟で踏み込んで来た訳ではないと知った大助は琢磨を認めた。まさか十年位長い付き合いになるとは、この時は思ってもみなかった、と大助は語るのであった。
※
ゆっくりと語り終えると、大助は酷使して渇き切った喉を潤すべく缶ビールのプルタブを開けた。
「入間博士と大ちゃんににそんな事が……」
「先生は今も復讐に囚われてる。先生がああなったのは俺の責任だ。だから琢磨、関係無いお前が首を突っ込む義理なんて――」
「関係無くなんかないよ!! 大ちゃん僕に言ったよね!? 地獄の底まで付き合って貰うって! 今更水臭い事言いっこ無しだよ! それに――」
「それに?」
「いくら偉い人だからってアイたんの事を
普段はとても温厚な琢磨が珍しく鼻息を荒くする程に憤慨していたので大助は驚愕した。まるで実の娘を
つくづくコイツは俺の想像の斜め上を行くんだな、ともう一人の父は堪え切れずに噴き出していた。
「……全く、お前はサイコーだな」
「ええ? 僕何か変なコト言った?」
「違ぇよ。昔からお前は正しい事しか言わねぇなと思っただけだ」
お前が俺の友達で本当に良かったよ。そう言おうと思ったが、絶対
※
これはこれは御機嫌よう。まぁそう睨むな。別に命を取るつもりはないから安心してくれ。……私を誰だと思っている、だと? お前こそ私が誰だか知らない様だな?
……まぁいい、今から施術の説明をするからなるべく清聴してくれると助かる。
……よし、じゃあ施術の流れを簡潔に説明しよう。まずは麻酔薬注入により沈静化と筋弛緩を施す。全身麻酔完了後、頭蓋及び背部を切開し脳髄を摘出する。
用意してある各ボディに脳髄を移植後、機器を接続。神経接合テスト完了後、ナノマシンを注入し、体組織を取り込ませてから細胞組織を再生。
カバーを閉じて電源を起動すれば、ナノマシンによって脳機能を持ったまま操作可能のアンドロイドの完成だ。
どうだ? 故障でもしない限りお前の家族は未来永劫寿命で死ぬ事なく生きていられるぞ。素晴らしいとは思わないか? ……何? 許してくれ? ……お前は何も分かっていない様だな。別に私はお前に許して貰おうなんてこれっぽっちも思っていない。だからお前以外をアンドロイド化してやるって言ってるんだ。なぁ、高級官僚様。
「辞めてくれ……、復讐なら私にやればいいだけの話じゃないか……」
施術のプレゼンテーションが終わり、照明が灯る。其処には十数年前に愛依を撥ねた老人、とその血縁者達大勢が特製の椅子に座らされ、身動きを封じられていた。
「身内は関係無いだろうとでも言いたいのか?」
「そうだ……! だから……!」
「嘘だな。罪の意識なんてハナから無かったから今の今まで覚えていなかったんだろう。私は嘘が嫌いなんだ」
「嘘じゃ……!」
「じゃあお前が撥ねた私の娘の名前を言ってみろ」
加害者は何かを言い出そうとしたが、言い出せずに言葉を詰まらせた。これだけでも答えを言っている様なものであった。ほれ見た事か、とでも言いたそうに雄一郎は大きく溜息を吐いた。
「ふざけんなクソジジイ!!」
「馬鹿老いぼれが運転しなきゃこんな事にはならなかったのに!!」
「呪ってやる!! 疫病神!!」
今まで慕っていたであろう男を罵倒する血縁達。男の身内はまだまだ人生の折り返し地点であろう年齢に至った息子達、十代二十代が大半であろう孫達、中にはまだ一歳にも至らない曾孫まで存在していた。それら全てを根絶するべく雄一郎はアンドロイドを使って拉致してきたのである。
「……さて、最初は誰にするか。……まずはコイツだ。連れていけ」
アンドロイドが一人の中年男性を捕らえ、別室へと輸送していく。慟哭と共に恨み節を吐き捨てながら消え去っていった。
「じっと座っているのは退屈だろう。これでも見て暇でも潰してくれ」
前方のモニターが起動する。丁度連れていかれた男が拘束されたまま手術台に乗せられており、麻酔を注入されても暴れ回っていたが、抵抗虚しく動かなくなってしまった。
「……どうした? 時間に縛られない家族が出来るのだぞ。笑えよ。……つまらん奴だな、なら私が代わりに笑ってやろう」
雄一郎は大笑いを上げる。愛依が生きていたあの純粋な心は何処にもなく、どす黒い邪悪に満ちてしまった。
雄一郎の残虐非道な光景とを遠くから見ていた愛依のアンドロイドはただ何も言わず、何の表情も変えずに見ているだけであった。
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