41 江郷大助は喪失する。

 新幹線に乗り、東京へと戻る。到着時刻は二十一時を過ぎる頃になるだろう。雄一郎の動向に目を探らなければならないのは当然として、問題は山積みだった。一先ず帰ったら早く寝ようと、大助は頬杖を突きながら呆然と先の事を考えていた。


「……ねぇ大ちゃん。あんまり話したくない事だろうけど、聞いてもいいかな?」


 遠慮気味に琢磨が話し掛けてきた。身内のゴタゴタに巻き込まれた被害者だというのに此処まで付き合わせてしまった友人だから、寧ろ此方が感謝しなければならない程だ。


「今更遠慮すんなよ。この際包み隠さず答えるぜ」

「……入間博士って大ちゃんの養父で、愛依ちゃんは大ちゃんの妹さんか……お姉さんって事なんだよね? 一体何があってあんな事になっちゃったの?」


 当然の疑問だろう。逢衣や琢磨からしてみれば置いてけぼりになっている。なるべくは話したくない過去であったが、いずれ話しておかなければならない事だ。


「……少しばかり長くなるぞ」


 長い新幹線の旅。閑散としていた車両の中で、大助はゆっくりと自分の過去について話していくのであった。



 実の両親は物心が付く前に亡くなったらしい。だから当時残っていた両親の写真を見ても何も感じなかった。両親が亡くなってからは感情が無くなっていたらしく、いつも不機嫌そうな表情を浮かべていたので親戚からは気味悪がられていた。


「私が引き取ろう」


 腫物を扱うように親戚の家を盥回しにされていた幼少期。そんな中、訃報を聞いてすっ飛んできた一人の男が興味深そうに声を掛ける。その男こそが入間雄一郎であった。父の昔からの友人だったらしく、遺された息子を一目見て養子にしようと思ったらしい。


 大助は物心が付いた頃には既に雄一郎が実父じゃない事に気付いており、雄一郎もまた隠すつもりはサラサラ無いらしく、事ある毎に春秋戦国時代の偉人である呂不韋の逸話を引き合いに出していた。


「大助。紹介しよう。お前の姉に当たる愛依だ」


 雄一郎には一人娘の入間愛依が居た。本来は双子として産まれてくる筈だったが、片方だけが生を享ける事が出来ずに他界し、母も後を追う様に亡くなった。後々になって知った事である。


「大助! 今日は何して遊ぶ!?」

「……俺はいいから他のヤツと遊べよ」

「いいからいいから!」


 自分はその片割れの替え玉として入間家に招かれたのではないかと大助は猜疑心に駆られた。雄一郎は頑なに否定していたが、そうとしか考えられなかった。だから少しばかり捻くれてしまったのかもしれない。


「大助! 笑い方分かる?」

「そんなの必要無い」

「駄目! 笑うと皆嬉しい気持ちになるんだよ! ほら、へへへって笑ってみて」

「へ……へへへ……」

「何かヘンな感じ……でもその感じは忘れちゃダメだよ!」


 母親と弟妹を死別しても前向きな愛依がそれでも見捨てずに居てくれたから、何とか最低限のコミュニケーション能力は体得していたのだと思う。


「先生、これなんだけど」

「……ほぉ、プログラミング言語を此処まで理解できるとは。凄いじゃないか」

「ナニコレ? 意味分かんないよ!」


 当時の雄一郎は地元でロボット工学の研究と開発に務めており、興味本位でまだ小学生だった二人に研究の手伝いをさせた。愛依は歳相応に理解出来ずに居たが、偶然にも大助は才能を開花させていた。雄一郎は大助が普通の子より聡明な頭脳を持っている事に気付いていたが、こればかりは想定外だったらしい。


 この時から大助は自分の道を見据えていた。雄一郎の後継者となる。そして彼の期待に応える様なロボットを創り上げる事を目標にした。

 その道に囚われてしまった大助は更に勉学に励み、無我夢中でロボット開発に没頭する日々を送っていた。無論、そんな奴と仲良くしようとする人は居なかったのでロクに友達も出来なかった。


「大助! 差し入れ買ってきたよ! あまり根詰め過ぎないようにね!」


 愛依は雄一郎の才能を受け継がなかった様で、勉強に関してはからっきしであった。しかし持ち前の明るさと直向ひたむきさで誰とでも仲良くなれる人気者であったので、まさに大助とは正反対であった。


「……お前さ、俺に付き合う必要なんか無いぞ? 俺なんかと一緒に居たって楽しくないし何の見返りも無いぞ」

「うーん……。確かに大助が何やってるのかサッパリなんだけど、大助がお父さんの後を継ごうと頑張ってるのだけは分かるから! 其処に見返りなんて必要無いと思うんだ」

「……!」

「私はお父さんみたいに頭良くないからさ、私なりのやり方で大助の事を応援したいな! お父さんの支えにもなりたいし! だから嫌でも一生付き合わせて貰うよ!」

「……愛依には敵わないな」

 

 愛依だけが唯一の理解者だった。姉(と本人が言い包めようとしている)と呼ぶには些か頼りないが、少なくとも大助に心の安寧を作ってくれていた事は確かだった。



「そういや愛依の夢とかやりたい事って何かあるのか?」


 中学三年の夏。茹だる様な暑さの中、大助と愛依はいつもの様にコンビニで好きな飲み物を飲みながら茹登校していた。夏休みを控えている事もあって同級生達は進路についての話題で持ち切りだった。


「え? ……ナイショ!」

「はぁ? 何だよソレ」

「取り敢えず大助が第一志望の高校受かったら教えてあげる!」

「そんなんでいいのか? 余裕だな」


 いつもの様に一緒に朝御飯を食べ、いつもの様に他愛無い話を振ったり振られたり、いつもの様に退屈な授業を受けたり、いつもの様にブラブラしながら家に帰る。

それが当たり前だと思っていた。それがいつまでも続くものだと思っていた。


「そういや終業式って明日だっけ——」

「大助!! 危ない!!」


 学校まで後少し。少し温くなったアイスココアを飲みながら青信号に変わった横断歩道を渡っていく。この日は少しばかり意識が遠のきそうな猛暑だった。愛依が大きく叫ぶ。そして後ろから勢い良く突き飛ばしてきたので思い切り前のめりに転んだ。


「何すんだよ——!!」


 ——振り返ろうとした瞬間、けたたましいクラクションと鈍い衝撃音が轟いた。


「……え?」


 今まで聞いた事の無い爆音であったが、それが嫌な音だと理解出来た。恐怖心が大助を支配する。後ろには恐ろしい光景が目に映るに違いない。息を乱しながら大助は微かな勇気を振り絞って振り返って見た。


「愛依……?」


 これは悪夢だ。きっといつか、夢から醒めて、いつもの笑顔を見せてくれる。何度もそう自分に言い聞かせた。


 しかし目の前にある現実は残酷であった。目の前にあるのは、対向車のトラックに激突してバンパーが大きく拉げた白い自動車。蒼褪めた様子で悲鳴を上げたり携帯電話を鳴らしたりしている通行人達。――そして、熱せられたアスファルトの中に出来た血溜まりの中に入間愛依が横たわっていた光景が大助の脳裏にくっきりと焼き付いてしまったのであった。

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