38 江郷逢衣は対面する。
一行は新幹線に乗って山形県へと向かう。大助の表情は憂いを帯びており、変わり映えのしない窓からの景色を終始ぼんやりと眺めているだけであった。気に掛けた逢衣が声を掛けても生返事しか返って来ず、話が出来る状態ではなかった。
「アイたん、一緒にサケニギリマン見よっか」
隣に居た琢磨がタブレットを取り出して動画配信アプリを起動させると最新話を再生し、ワイヤレスイヤホンの片割れを逢衣の耳に装着させた。
「……マスターはどうして悲しんでいるのですか?」
なるべく触れない様にと繰り広げていた策略も水泡に帰した。逢衣を挟んで隣に座していた大助の顔色を窺い始める琢磨。観念したのか口を開けて発しようとした時、大助に止められた。自分で言う、と言いたそうである。
大助は両頬を叩いて気を引き締め、大きく深呼吸する。精神を安定させた後にゆっくりと唇を薄く開けて話し始めた。
「……死んだんだ。俺の身内が」
「マスターの御家族、ですか?」
「入間愛依ってんだ。血の繋がりはないけど俺の姉みたいな、妹みたいなヤツだ」
入間雄一郎の養子だった事。中学三年の時に交通事故に遭った事。辛うじて一命を取り留めたが、今の今まで寝たきりだった事。今日の正午を過ぎた頃に病院から死亡宣告の電話が掛かってきた事。今日はホテルで泊まって明日には小規模な家族葬で見送る事。大助は淡々と話してくれた。
「愛依は俺と違って友達は多かった方なんだ。最初の頃は見舞いにも来てくれてたけど段々と心配してくれる奴も居なくなって、誰も来なくなっちまった」
「友達、だとしてもですか?」
「結局友達ってのは他人って事だな。人間ってのはどうしても見返りを求めてしまう。付き合う理由が無ければ忽ち友達じゃなくなっちまう。……こんな考え方だから俺はロクに友達も居なかったんだろうな」
大助は自虐気味に笑う。聞けば琢磨以外に友人は居なかったと続けた。
「お前は心配なさそうだな。夏休みの間は殆ど友達と遊んでたみたいだしな」
「……申し訳ありません。マスターに友達が居ないとは思ってませんでした」
変な気ぃ遣ってんじゃねぇよ。自覚無く失礼な事を口走る逢衣の頭を大助は思い切り撫で回した。
「寧ろ嬉しく思ってるんだぜ? アンドロイドなのに友達作れててさ。……ホントに凄ぇヤツだよ、お前は」
自分がアンドロイドなのに友達を作れたのは事実である。しかし、自分がアンドロイドだから袂を分かつ事となってしまったのも事実である。それは果たして本当に友達と呼べる関係性なのか。逢衣の疑惑は深まる一方であった。
※
翌朝。大助が手配や打ち合わせを済ませた事により、滞りなく葬儀が挙げられる事となった。琢磨と逢衣、そして大助の養父であり愛依の実父である雄一郎の四人だけなので通夜無し告別式の後に出棺して火葬、という流れで式は行われる。
「――こんな時でも研究を優先すんのか!? 曲がりなりにもアイツの肉親なんだろ!?」
客室で逢衣が制服に着替えていると、既に喪服に着替え終えていた大助が怒気を露わにして通話していた。
「ああそうかよ! じゃあ一生研究してろ!!」
電話を切り終えた大助は感情を抑えられず、八つ当たりとばかりに近くのごみ箱を蹴り飛ばした。
「どしたの大ちゃん!? 入間博士に何かあったの!?」
「間に合わせるつもりだが今日の最終チェックが終わり次第参列する、だとよ! ふざけんなクソ野郎!!」
何とか琢磨に宥められて、大助は落ち着きを取り戻せた。逢衣が飛んでいったごみ箱を回収して元の位置へと戻している際に目が合った。暫く合わせていると、大きく息を吐いて力無くベッドに座り込んだ。
「……アイ、琢磨。すまねぇな、折角来てくれてるのに情けねぇとこ見せちまって……」
「大ちゃんが怒るのも当然だよ! 僕だって同じ立場だったら怒ってるよ!」
「問題ありません。マスターも気にしないで下さい」
二人の支えもあり、大助は立ち上がる事が出来た。昨日まで余裕は無さそうが、それでも男は立ち直れた様である。逢衣が事前に淹れてくれたコーヒーを飲み干し、大助一行は式場へと向かった。
※
式場内の小さなホールにポツンと白い棺が一基。その近くに色取り取りの花々が添えられており、華々しくも寂寥感のある空間が逢衣達を出迎えた。
「今までよく頑張ったな」
箱の中には一人の女性の遺体が眠っているかのように入っていた。死化粧を施されて身嗜みは整っているが、成長と老化が同時に進行していた様な傷ましい姿であった。気丈にこそ振舞っているが、大助の声は震えていた。それに釣られて琢磨も涙を流し、ハンカチでそっと目尻を拭っていた。
入間愛依の葬儀は滞り無く終わり、出棺して火葬場へと向かう。それでも尚、雄一郎は来なかった。納めの式を終え、遺体が火葬炉に入ってしまえば、もう二度と逢えなくなってしまう。それなのに彼女の実父は来ていない。
とうとう愛依は炎に包まれ焼却されていく。やがて肉体は灰になり、彼女だったものは骨しか残らなくなってしまう。
愛依の火葬が終わるまで大助達は控室で待機していた。男達は遣る瀬無い表情で俯いていた。
「……結局来なかったね、入間博士」
「そいつの名前を出すな、不愉快だ」
重い雰囲気に耐え切れなかったのか、琢磨が静寂を破る。だがそれは大助の神経を逆撫でる結果となり、気に障る言い方で悪態を吐いた。
一時間程経過し、火葬を終えて燃え尽きた愛依の遺骨を拾い上げ、破片を骨壺に入れていく。三十センチにも満たない程に彼女は小さくなってしまっており、もはや人の形ですらなくなってしまった。
残るは初七日法要だけとなり、今日のやるべき事はすべて終わった。結局雄一郎は最後まで来なかった。
そそくさと東京へ帰ろうと近場のタクシー会社へ電話しようとした時、黒色のセダン車が逢衣達の前に停車した。
「葬儀は終わったようだな」
エンジンが止まると運転席から白髪混じりの頭に丸眼鏡を掛けた男が出てくる。大助の知り合いなのかと思い彼の方へと振り返ってみると、男は露骨に激怒していた。
「……行こうぜ。琢磨、アイ」
二人が何らかの関係性があるのは火を見るよりも明らかであった。しかし大助は他人のフリをして立ち去ろうとした。その背中に対して老人は悪びれる様子もなく呼び止めた。
「遅くなってしまってすまないな。最終チェックに
「そうか。……そうだよな! アンタは娘よりもアンドロイドの方が大事だもんな! だから愛依の見舞いもロクに行かずに研究に逃げてたんだ!!」
「待て大助! それは誤解だ! 私はお前達を大事に思っている! それだけでも信じてくれ!」
「嘘を吐け!! アンタは愛依を捨てた!! だから俺はアンタを見限った!! 金輪際俺の前から現れるな!!」
男の正体は入間雄一郎。愛依の実父であり、大助の養父である。雄一郎と大助は白昼堂々の中、
――やめなさい! 大助!
そんな中、女子のものと思しき鶴の一声が両者を静めさせた。後部座席のドアを開けて雄一郎の前に立った人物を見て、大助は驚愕した。
「愛依……!?」
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