episode3:Another AI
37 江郷逢衣は隠す。
『速報です。昨日未明、千代田区の路地裏で男性が雨の中で倒れている男性の遺体が巡回中の警察官よって発見されました。男性はの頭部には打撃を受けた痕や付近に凶器が落ちていた事から警察は殺人事件の可能性があるとみて、詳しい死因と共に捜査しています』
翌朝。起動し終えた逢衣が制服に着替えながらテレビで昨日の情報を集めていた。両腕は予備のパーツが有ったのでこうして何の不自由なく動かせる程に修理出来ていたが、頭部だけは大助達が徹夜で作業に勤しんでも間に合わなかったらしい。
――何、それ…………。
鏡に映る自分を見てみた。右目には微かに赤く光る円状のレンズが露出している。その容姿は紛う事無き異形のものであった。
逢衣は再確認した。今までやってきた事は所詮人間のフリをしているだけであり、どれだけ真似をしてみた所で一皮剥けば人間どころか生物ですらない無機物の集合体である事を。
正体がアンドロイドだと露顕してはならない。同じ人間の姿で欺かなければまともなコミュニケーションすらとれない所か、下手をすれば異端分子として排除される。
逢衣は琢磨が用意してくれた眼帯で中身を隠した。直ぐにでもバレてしまいそうな危険を冒してでも今日は登校しなければならない。目的は麻里奈に自分の秘密を口止めする事、そしてその秘密を守る為に協力を仰いで貰う事。その為にも彼女と会わなければならない。
――アンタ……!! 今までずっとあたしを騙してたんだ!! あたしを裏切ったんだ!!
整備が不完全なのか、機体の動作速度が鈍い。そしてプログラムの誤作動なのか、麻里奈に会わなければならないのに麻里奈に会いたくない。今顔を合わせれば、昨日のあの表情になってしまうのだろう。そんな彼女を見たくない。これ以上傷付けたくない。いつの間にこんな思考パターンが形成されてしまったのだろうか。
『次の速報です。昨日未明、角の内交番で勤務中の警察官が、謎の不審者によって殺害されました』
昨日の謎のアンドロイドの事をアナウンスしていたので、逢衣は注目した。
『――現在、犯人は行方を
メディアは明確な情報は掴んでいないらしく、犯人の正体が人間ではない事、破壊されてしまった事などは報道されなかった。もっと観ておきたかったが、そろそろ出発しなければ遅刻をしてしまう。逢衣は鞄を持った。
「……行ってきます。マスター、琢磨様」
大助と琢磨は作業場で爆睡していた。日付が変わり、夜明け前まで修理していた事は知っていたので逢衣は起こさない程度の声量で二人に言葉を掛けて、学校へと向かった。
※
登校の道程はいつもと変わらない様子だった。誰も昨日のアンドロイドのアの字も口にしておらず、平和な日常そのものであった。
「おう江郷!! 珍しく遅いな……ってお前どうしたんだソレ!!?」
いつも時間に余裕を持って教室に到着していた筈だったが、今日は遅刻寸前の時間にまで遅れてしまった。雄太がいつもの様に大きい声で挨拶しようとしたが、逢衣の右目の異変に逸早く気付いて酷く動揺していた。
「怪我したの!?」
「誰にやられたっしょ!?」
「許せねぇ!!」
「ボッコボコのギッタギタにしてやる!!」
直ぐに友人達が駆け寄り、心配する者と憤慨する者が現れた。いつもと変わらない様子だったので逢衣は麻里奈に会う前にこの場を収拾させる事を優先した。
「……貰ってしまいました。ですが問題ありません」
「……つまり、ものもらいって事~?」
「何だただのめばちこかよ~! 驚かすなってぇ!」
「早舩さん達が勝手に驚いてただけなんじゃ……」
理由は不明であるが、ほとぼりは冷めたらしい。騒動が収束したと同時にチャイムが鳴り、教諭が入って来た。
「おーう、全員生きて学校来てるな~?」
「先生、野上さんが来てません」
クラスメイトの一人が報告する。思わず麻里奈の席を見た。誰も座っておらず、誰も存在していなかった。
「野上が~? どうして休んでんだ? ……まぁいいや、アイツは生きてるだろ。他に欠席してる奴は? ……居ないな。じゃあさっそく体育館に集合してくれ、以上」
担当教諭が麻里奈の欠席を物珍しそうにしていたが、いつもの様に面倒そうに話を終わらせて直ぐに教室を後にしてしまった。それに伴いクラスメイト達も体育館目指して廊下に出ていく。
「武田さん。野上さん知りませんか?」
「さぁ……? 私の個別ラインにも休むなんて連絡は来てないわね」
「個別どころかグループの方にも反応無いっしょ」
「昨日か今日に野上さんからトークが来てたりとかは?」
「来てないよ~? どうしたんだろうね~?」
逢衣が朝に立てたプランが崩壊する。誰にも正体を話していない様だが、このままでは今日来た意味が無くなってしまう。この状況下では普通は困惑する所なのだろうが、逢衣は何故か来てなくて良かったと思っていた。理由は不明である。
最初こそ麻里奈の欠席に一同は驚いていたものの、次第に慣れていき誰も気に留めていなかった。そして午前中に開会式が終わり、全員下校する事となった。
帰る途中、ずっと麻里奈のトークを眺めていたが未だに応答無しだった。ただどうしても彼女の真意を知りたいと思い、電話を掛けてみた。直ぐに繋がった。
「麻里奈、私です。江郷逢衣です」
『……』
「麻里奈、話がしたいです。会って話し合いませんか——」
彼女は何も喋らないまま直ぐに通話を切ってしまった。もう一度掛けようと思った瞬間、大助から着信が掛かってきた。
『アイ? 帰ってる途中か?』
「……はい」
『悪いけどよ、今日は寄り道しないで真っ直ぐ帰ってきてくれねぇか?』
「……分かりました」
このまま麻里奈の家へ訪ねようとしたが、大助の命令は無視できない。逢衣は直ぐに方向転換して駅へと向かい、電車を使って自宅への最短距離のルートを辿って行った。
「戻りました、マスター」
「ああ……おかえり……」
地下の研究所へ戻ると、大助は酷く憔悴していた。机の上には無数の酒瓶が転がっており、大量に飲酒している事が推測出来た。空き瓶を処分しようと手に取っていく。
「そんな事しなくていいから出掛ける支度しろ」
何時にも無く不機嫌そうな大助が刺々しい口調で逢衣の手を止めさせる。奥で荷物を積んでいた琢磨もそれを察してか、黙々と荷造りを遂行していた。
「僕は準備出来たよ大ちゃん」
「付き合わせてしまって悪いな、お前は何も関係無いってのに」
「何言ってんの。大ちゃんの大事な人なんでしょ? じゃあ関係無い事ないよ」
大助も琢磨も何やらしんみりとしていて、いつもの小競り合いも繰り広げない。どうも今日は何か異常である。
「マスター。どちらへ出掛けるのですか?」
「そういや言ってなかったな。……山形だ。そんで俺が連絡入れておくから当分は学校休め。いいな」
そう言うと荷物を背負い込んだ大助と琢磨は逢衣を制服姿のまま連れていき、研究所を後にしたのであった。
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