36 江郷逢衣は暴かれる。

 大助達との連絡手段を断たれ、自身の稼働可能時間も残り少なく、麻里奈の体力も持ちそうにない。この悪条件下で二人が切り抜ける為の方法は唯一つ。謎のアンドロイドを破壊して機能停止させる事だ。


「……どうする気?」

を動けなくなるまで破壊します」

「無理だってそんなの! あたしの事はいいから先に逃げなさいよ!」

「死ぬつもりですか」


 いつも言葉を遮られて言い聞かせられている逢衣が淡々と反論し、いつも語気を強めて言い負かしている麻里奈が言葉を詰まらせていた。虚勢を張っていても死への恐怖を抑える事が出来ずになのか、あからさまに動揺している。


「――お願いだから辞めて!! 奈津季だけじゃなくて、アンタまで死なれたら……! あたしは……っ!!」


 嗚咽混じりに麻里奈は懇願する。逢衣は彼女の両手を包む様に握りしめ、潤んだ瞳を覗き込む様に見つめた。


「貴方を必ず守りますし、私も死にません。……私を信じて下さい」


 逢衣は揺るがない。例え可能性が限り無く低くとも、決してAIから下された使命を放棄したりしない。

 揺れ動く瞳がしかと定まった。麻里奈は零れ落ちそうな涙を引っ込ませ、確固たる意志を秘めた表情へと変わった。


「……分かった。あたしも協力する。だから一緒にアイツをぶっ壊して!」


 意を決した麻里奈。命令を下された逢衣。二人は謎の刺客を返り討ちにすると誓った。



「こんな所に入る気なの?」

「身を隠すに適しています」


 逢衣達は丁度近くに打ち棄てられていた病院跡で潜伏する事を決めた。カラーコーンとバーだけと言う簡易的なバリケードを通り抜け、開けっ放しになっている窓から潜入した。


「うう、気味悪い……! ジメジメしてるし何か居るし……!」


 少し前に解体が決定され、そのまま放置されている廃病院。当然であるが照明系統は完全に断たれており、院内は仄暗ほのぐらい。更に壁や床といった色々な隙間から虫が這いずり回っている程に不衛生で不気味な場所であった。


「……麻里奈、何かあったら逃げて下さい」

「そんな事、出来るワケ――!」

「私の強さは麻里奈なら知っている筈です」


 埃を被ったベッドと装置が乱雑に放り捨てられた病室で身を潜め、二人が言い争っていると、ゆっくりと、そして着実に大きくなっていく足音と水滴が垂れる音が聞こえ始める。逢衣は直ぐに入り口付近に立ち、待ち伏せをする。


 徐々に接近してくるのが分かる。いつでも対応出来るように逢衣はマニピュレータを強く握り、後方で待機していた麻里奈は固唾を呑んでいた。


「!?」


 突如として腕が石膏ボードを突き破り、逢衣の喉元に食らいつく。頚部のフレームを破壊される前にリミッターを解除して敵の小指を甲の方へと捻り上げ、拘束を解いたので事なきを得た。


「目標補足。破壊する」


 距離を取った彼女に対し、刺客は大きく一歩踏み出して左中段蹴りを放つ。直ぐに逢衣は右肘で防ぎ、回し蹴りを胸部へと当てる。少し退いたのでそのままタックルを仕掛けて向かい側の部屋まで押し出した。


 だが目の前の男の馬力は想定外のものであった。押し込もうとした逢衣の体当たりを抑え込められ、片腕で払い除けられる。地面に平伏せられた所に追い打ちを掛ける様に逢衣の頭を鷲掴みにして無理矢理立ち上がらせると、壁に何度も叩きつける。


—―右センサー……破損……。出力……低下……。――右腕、機能停止……。


 床に倒れる逢衣の視界にノイズが走る。そして鈍い音と共に右腕に異常を検知した。


「逢衣ぃぃぃ!!! このクソ野郎ぉぉぉぉ!!!」


 麻里奈の叫び声が聞こえる。ガラスの割れる音と打撃音が聞こえる。まだ生きている左のカメラは撤退指示を無視した麻里奈に迫ろうとするアンドロイドの後ろ姿を視認出来た。


 —―麻里奈が危ない。――麻里奈を助けろ。――緊急事態発生により全制限解除。――出力最大。何としてでも麻里奈を助けろ。


 AIの誤作動なのかは不明であるが、権限者マスターの許可無しで自力でリミッターを解除した。そして最大出力を発揮した逢衣は左腕だけで立ち上がり、右腕に突き刺さっていた鉄パイプを引っこ抜いた。


「麻……里奈……に……触れ……るな……」


 武器を握りしめると勢い良く振りかぶり、麻里奈に触れようとしているアンドロイドの側頭部目掛けて打つ。蹌踉よろめいている所をもう一発。鉄パイプはへしゃげ、男は仰向けに倒れた。

 追討ちを掛けるべくCPUが搭載されているであろう頭部を目掛けて突く。寸での所で急所を躱されたが、左目を潰す事は出来た。このまま掻き混ぜて破壊しようとしたが、両手で得物を掴まれ動きを封じられる。前蹴りを食らい、距離を取られてしまった。


 稼働時間は残り僅か。最後の一撃で仕留めなければ麻里奈の命は無い。逢衣は前進しながらだらんとぶら下がっている右腕を捥ぎ取り、それを鈍器代わりに叩きつけようとする。だが男は強烈な裏拳でそれを容易く粉砕。中の部品と共に鈍く光るナイフが飛び出してきた。


「終わりだ」


 右手から放たれる貫手が逢衣の頭部へと狙いを定めている。宙を舞うナイフを受け取り、左腕で攻撃を防ぎながら喉元へと突き刺した。左腕を貫通した手は彼女の目と鼻の先で止まり、致命傷は免れた。

 高周波による超振動によって増したナイフで動力源を断ち切られたアンドロイドは機能停止し、そのまま倒れて動かなくなった。突き刺さっている手を強引に抜き取り、覚束無い足取りで麻里奈の方へと振り返った。


「……麻里……奈……ご無事で……」

「……何、それ…………」


 不鮮明な視界であるが、彼女の戦慄した表情が確かにモニター内に納まっていた。その表情で逢衣は気付いた。失った右腕、風穴が空いた左腕、一部破損している頭部を見た麻里奈が、自分が人間ではないという事を知ってしまった。


「アンタ……!! 今までずっとあたしを騙してたんだ!! あたしを裏切ったんだ!!」

「違い……ます……麻里……奈……私は……」

「やめて!! 近寄らないで!!」

「麻里……奈……」

「来ないで!!」


 麻里奈は激しく拒絶する。そして傷付いている逢衣に心無い言葉をぶつけ、そのまま逃げようとしていた。直ぐに追い掛けようとしたが、途端に出力が低下して床に倒れる。両腕が破壊された事により立つ事すら儘ならない状態に陥ってしまった。


「アイ!! 大丈夫か!!」


 動かなくなってから数分ほど経過後、ずぶ濡れになっていた大助達が駆け寄ってきた。連絡手段が途絶えていたにしては到着が早かった。


「マス……ター……琢……磨……様……」

「……よく頑張ったな。帰るぞ」

「これは……アンドロイド? ……僕達とは別に作ってる人が居るっていうの?」

「今はそんなの良いだろ! 早く戻るぞ!」


 アンドロイドの残骸を見た大助は何も言及せずに逢衣を背負った。屈んで眺めていた琢磨を連れて研究所へと戻っていった。



 応急処置をしていた大助は教えてくれた。彼女の内部に搭載していたGPSが突如として途絶えた事で何か異変を察知した、と。そして通信障害が発生している場所を特定してそこら一体を虱潰しに探していた、と。

 ある程度復旧出来た逢衣が報告する。麻里奈と一緒に帰っている最中に謎のアンドロイドと遭遇した事を。そして、機能停止する事に成功したが麻里奈に正体がバレてしまい、拒絶されてしまった事を。


「……あんまり自分を責めちゃ駄目だよアイたん。正体がバレちゃったのは不可抗力なんだ」

「……有難うございます。……ですが正体を知られてしまった事で野上さんを傷付けてしまいました。私はどうすれば——」

「仕方ねぇよ。どんだけ頑張ったとしてもそれが相手に伝わらない事だってある。いくら仲良くてもお前の全てを受け入れてくれるとは限らねぇんだ」


 正体が露呈してしまった事により、これからどうすればいいのか。また同じアンドロイドが出てきたとして、次も確実に機能停止させる保証はあるのか。

 様々な問題や障害が発生しているが、逢衣の思考の中にあるのは麻里奈の顔であった。憎悪、悲哀、喪失、混乱、ありとあらゆる負の感情をグチャグチャにかき混ぜ合わせた表情と共に麻里奈は離れていってしまった。


「……私は悲しい、です」


 逢衣は天井を見上げながら、そう呟く事しか出来なかった。

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