33 江郷逢衣は映画を観る。
夏休みも八月に突入し、夏の猛暑は続く。逢衣はというと、隆司と共に熱気に包まれている街路を練り歩いていた。
「にしても急にどうしたの? 僕とその、デートだなんて」
「御迷惑、でしたか?」
「う、ううん! 違うよ!! 何か、ゴールデンウィーク以来だなって」
大助が懸賞で当てた映画鑑賞券を二枚貰ったので誰かと映画を観に行こうとしたのだが、今日は麻里奈達や織香達は用事があって会えないらしいので隆司を誘ったという事である。
「――そういや、あの、江郷さんのお父さんってついて来てないよね?」
「マスターですか? マスターは仕事があると言っていました」
「あぁそう、ならいいんだ……」
隆司曰く、大助は苦手らしい。頭を小突かれた以前に何処か敵対視している様な目で見てきてたから、と続けた。確かに目付きが普通の人と比べて細く鋭く、眉間に皺を寄せているからそれで誤解をしているのだろうと逢衣は弁解してみたが、聞き入れてくれなかった。
「やっぱ僕、江郷さんと近付くのマズいのかも。色々と」
「何故ですか? 私は城戸さんとも仲良くしたいです」
「……そんな澄んだ目で言わないでよ」
そうこうしている内に目的地の池袋のサンシャイン通りの中にある映画館へと到着する。二人が観る映画の事前情報を端的に纏めるとロボットにされた父親とその家族のハチャメチャコメディといった物語である。
「江郷さん何飲む?」
「私は飲まなくても——」
「いいからいいから」
「……コーヒーでお願いします」
麻里奈の時と言い、最近は否が応でも飲ませられる場合が多い。このまま断り続けても押し問答になるだろうと推測した逢衣は大助がいつも飲んでいるコーヒーを頼んだ。
「江郷さんお待たせ——!?」
オーダーを聞いた隆司が売店でポップコーンとドリンクを纏めたトレイを手に持ちながら駆け足で戻ってくる。逢衣は彼の脚の動きから転ぶ事を予測していた。案の定、直ぐに前進して前のめりに倒れそうになった隆司を全身で支え、零れ落ちそうになった購買品も空いていた方の手でキャッチして難を逃れた。
「……お怪我は有りませんか?」
「う、うん……ありがと……あ!? ご、ごめん!」
相も変わらず挙動不審な言動を繰り広げる隆司。そのまま逢衣は彼の手を引き、入場口へと並んだ。
「はぁ……やっぱ僕って駄目だなぁ……。江郷さんの前だとカッコ悪い所ばっかりで……」
「格好悪い、ですか?」
「そうだよ。僕は男で、江郷さんは女の子でしょ? 江郷さんは可愛くてカッコいいのに僕はカッコ悪いし男らしくないしで——」
男らしさ、女らしさとはどう定義するのだろうか。勇猛果敢な所を雄性とするのならば、隆司にもあった。普段こそ臆病で弱気であった彼が畏怖していた織香達に対峙して反論してくれた。それを男らしくないと言うのならば何を以て男と成すのだろうか。
「――君らと同じ人間で居る事が恥ずかしいよ。君らがまず江郷さんに言うべき事は何?」
「そ、それって……」
「城戸さんが早舩さん達に仰っていた言葉です。格好良かったと私は思います」
「……ちょっと恥ずかしいけど、有難う」
丁度出番が来た。隆司は紅潮した頬を冷ませる為にジュースを一口だけ飲んだ後、係員に入場券を渡して劇場内へと進んでいったのであった。
※
観終えた二人は映画館を後にして感想を語り合った。本物の父、記憶と意識をそのままにロボットとして創造されたもう一人の父、そしてその家族との絆を描いた感動ストーリーであり、隣で観ていた隆司は鼻を啜りながら泣いていた。
「良かったね、面白かったし泣いちゃったよ」
「……私も、泣いていたかもしれません」
アンドロイドは涙を流さない。しかし人格をそのままに複製されたロボットの存在意義に関して考察する所は有った。
今は人間の姿で欺く事しかないが、いつかアンドロイドという正体を受け入れられるにはどうするべきなのだろうか、と逢衣は思考してみた。
「ちょっと時間余ってるし池袋西武辺り見て回ってみない?」
「承知しました」
時刻は十一時十八分。逢衣と隆司はそのまま池袋駅へと戻っていくと、意外な人物と遭遇する事となる。
「……武田さん?」
「げっ!? 江郷さんに、城戸君!?」
「珍しいね、一人?」
「え、あ、いや、その、何ていうか、その……」
駅前で不機嫌そうに佇んでいる沙保里の姿を見つけたので声を掛けてみると、彼女は酷く動揺している様子であり、要領を得ない返事を返してきた。
「何だ何だ!! 江郷に城戸じゃないか!! 何だ、お前らもデートか!? 奇遇だな!! ワハハ!!!」
この無駄に響く声量の持ち主は一人しか該当しない。日野雄太である。沙保里はげんなりとした表情と共に大きな溜息を吐いていた。
「……最悪。二人に見られるなんて」
「武田さん、用事があって映画に行けないと伺ってましたが日野さんとデート——」
沙保里は黙らせるように逢衣を引き寄せ、ついでに隆司も手繰り寄せ、鬼の様な形相と共に至近距離で二人を睥睨した。
「……アンタ達、この事を言いふらすのならば——」
「言わない! 言わないから!! 言わないよね江郷さん!?」
「はい、言いません」
暫く猜疑的な目で見ていた沙保里であったが、落ち着きを取り戻し逢衣達を解放した。
「……ごめんね、二人共。お昼奢るわ」
「いやいいよ。その、何か訳アリっぽいし」
何故二人が会う約束をしているのかは不明であるが、逢引きと思われたくなさそうだったので、逢衣達は沙保里達と同伴する事にした。まず沙保里が向かったのは雑貨屋だった。
「おい武田!! これとかいいんじゃないか!?」
「はぁ!? アンタそれ値段見て言ってるんでしょうね!?」
棚に展示している商品を物色しながら怒声を飛び交わせていく沙保里と雄太。水と油の関係である二人が何故諍い合いつつも行動を共にしているのか。逢衣は疑問に感じた。
「……あのさ、何で二人はデート——」
「城戸君?」
「ひっ!! ええっと、その……何で二人は行動を共にしてるの?」
隆司の何気無く放った問いに沙保里と雄太は彼の顔を見ると少しばかり言いにくそうに言葉を濁らせていた。
「……麻里奈の誕生日。近いのよ」
「俺達は野上のプレゼント買いに来たんだ」
麻里奈の名前を耳にした途端、隆司は表情を曇らせた。やっぱり、と言いたそうに沙保里達は後悔している様な顔をしていた。
「……城戸君の気持ちは分かるわよ? ……でも私はあの子に助けられたの」
「どういう事?」
「……私、中学の時に虐められてたの」
沙保里は贈呈品を探しながら、淡々と語り始めた。中学二年生の時、ひょんな事から虐められてた事。数か月程不登校になっていた事。手段は不明であるが、不登校の間に虐めていた生徒達が転校していた事。赤裸々に話した。
「麻里奈が全部やった事らしいの。お礼を言おうと思ったんだけど、覚えてないの一点張りなのよ。笑えるでしょ? だからせめて誕生日プレゼントでもって思って。……で、コイツも参考にしたいって言って聞かないから仕方なく一緒に見に行ってるってワケ」
「……野上さんが、ねぇ」
「それでも許せないって思うのは城戸の自由だし、許されない事をしていたのは承知だ。俺は何も言わないぞ」
隆司は何も言わず、二人に背を向ける様に他の棚の所へと目を移した。
「……城戸さん?」
「……勘違いしないでよ。僕は江郷さんが野上さんに上げるプレゼントを探しているだけだから」
「……ありがとな城戸!! お前やっぱり良い奴だな!!!」
「耳元でデカい声出すんじゃないわよバカ!!」
沙保里は怒りながら雄太の脇腹目掛けて肘鉄砲を放った。何だかんだ言って仲良いのではないか、と逢衣は二人を見て疑問に思ったのであった。
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