27 江郷逢衣は改良される。

 ロボット工学の権威と言われている入間雄一郎から貰ったUSBメモリには、バッテリーの設計図以外にも様々なデータが詰まっていた。遠慮無く利用する事にし、大助は着手し始めた。


「ていうか大ちゃんってあの入間博士の知り合いなの?」

「まぁ、そんな所だな」

「それを早く言ってよ! 知ってたらサイン頼んでたのに!」


 先生のサインに価値なんて無いだろ。ずっと昔から雄一郎の為人ひととなりを見てきた大助にとっては機械を弄らないと死んでしまう様な変人であり、それ以外はまるで駄目なポンコツである。なので如何せん琢磨が憧れている事自体が違和感でしかないのである。


「……ん? これ、何だ……?」


 USBメモリ内のデータを移行していき、中身を閲覧していると、謎のデータが混入してあった。これはバッテリーの設計図や回路図では無く、恐らくは軍事用で使われるであろうアンドロイド専用の武装を製作する為の図面であった


「先生、俺にこれを作れっていうのか……!? ふざけんなっ!!」


 このような危険なものを逢衣に持たせる訳にも使わせる訳にもいかない。声を荒げながら大助が不要なデータを削除しようと右クリックを押そうとした時、琢磨が制止した。


「消すのなんて勿体無いよ! アイたんに搭載させようよ!」

「馬鹿かお前は!! 逢衣に人殺しをさせるつもりか!!」

「だってこの前の時みたいに危ない状況が起きるかもしれないし、もしまた起きた時に今度は無傷で済むって保証は何処にも無いし……!」


 確かにリミッター解除をしてようやく一人を倒せた位しか逢衣には戦闘能力が無く、一度出力を最大にしてしまえばその反動で機能が大幅に低下してしまう。言ってしまえばあの時は運が良かったのである。

 琢磨の言い分には一理ある為、頭ごなしに否定するのはナンセンスであった。けれどまだ自分で分別がつけられない逢衣に殺傷力が高い武器を持たせるのは危険過ぎる。大助は唸りながら悩んでいた。


「アイたんなら大丈夫だよきっと! もし何かあったら僕達が責任を取ればいいだけの話だし!」

「気軽に言うなよな」


 とうとう折れた大助は、不本意ながらにバッテリーと護身用程度の武器を開発、そして逢衣に搭載する事を決めた。勿論、言い出しっぺの琢磨にも手伝わせるつもりである。


「あれ? 大ちゃんそれウェブのページ?」


 再び移動させたデータを確認していると、最後の行にサイトのブックマークが残っていた。これまたどういう事だろうと、ホームページを開いてみた。恐らくは簡易的なツールで作られたウェブサイトに飛んだ。其処には雄一郎が今まで撮ってきた写真を載せている日記の様であった。


「これ、入間博士のブログ……みたいだね? 何で大ちゃんに?」

「……知らねぇよ、そんなの」


 今更どういうつもりだろうか。生きるか死ぬか分からない実娘を何年も放り出してアンドロイドの開発にうつつを抜かしている様な男の実生活なんて知りたくも無い。大助は中を見る事無くページを閉じた。



 約一ヵ月の開発期間を経て、大助達は無事に完成させた。従来のバッテリーから入れ替えてみると、稼働時間は飛躍的に伸びた上に消費電力も大幅に抑えられた。改めて雄一郎は凄い人物なのだと再認識すると同時に脅威を感じた。


「マスター、これは?」

「ナイフだ。なんかあった時には使え」


 逢衣の両前腕の装甲の裏に高硬度なカーボン製のロングナイフを二本収納出来るようになった。これはただのナイフでは無く、柄の部分にあるボタンを押す事で刀身を超振動させて切れ味を増加させる、所謂いわゆる振動剣なるものである。


「あくまで護身用だ。絶対に人に使うなよ」

「分かりました。決して人には使いません」


 飽く迄護身用である為に貰ったデータからスペックを落として作っているが、一振りで腕位は輪切りに出来るだろう。使う時が来ない事を祈るのみだ。


「……で、何でお前はまだ作ってんだよ」


 百歩譲って一番危険性の低い武器しか搭載しない様にしていた筈なのに、琢磨は一人で雄一郎から貰った兵器を作り続けている。どれもこれも容易く人の命を奪える物であり、大助は苛立っていた。


「やっぱ武器は男の浪漫だよ大ちゃん!」

「……ノーベルもこんな気分を味わってたって事か?」


 発明家のアルフレッド・ノーベルは人々の役に立つようにとダイナマイトを開発したが、戦争の兵器として悪用されて“死の商人”と揶揄やゆされていたという。珍しく琢磨が聞く耳を持たない様子で兵器を作っている事に怒りを通り越して嘆いていた。


「タクマ様、これは何ですか?」

「わ!? それ触っちゃ駄目——!!」


 完成させた銃器の一つに興味を示し、手に持って問い掛ける逢衣。琢磨が気付いた時には手遅れ。トリガーを引いた途端、銃口から光が放たれる。閃光は一直線に突き進み、接触した天井は一瞬で穿たれ、高熱により燃え滾る様な赤に染まっていた。

 軽くではあるが設計データを見たから知っていた。電気エネルギーの電子を粒子と波形の中間の状態にさせて、それをそのまま固定させた熱線を高速で射出する。簡単に言えば、光線銃だ。


 当たってなかったから良かったものの、これがもし人に当たっていたとすれば? 大助は鳥肌が立っていた。一方で逢衣は何が起こったのか分かっていないのか、着弾箇所をじーっと見上げているだけであった。


「だ、大ちゃん! こ、これはまだ威力の調整をしてなくてだね——!」

「捨てろ」

「でもビーム兵器ってやっぱカッコいいでしょ! データはあるのに作らないのは勿体無いと——!」

「捨・て・ろ」


 この世のものとは思えない程の形相を浮かべている大助。それと共に放たれている気迫に委縮してしまった琢磨は何も言えず、今まで作ってきた危険な兵器を分解し始めるのであった。


「先生、やっぱアンタは最低だ」


 大助が雄一郎から貰っていた設計図を片っ端から消していく。無論、USBメモリも叩き潰して複製できない様にしておいた。研究資金の為だか何だか知らないが、人殺しに加担する様なものを平然と作り、それを悪びれもしない元父親に失望していた。機会があればもう一度会おうと思っていたが、今は顔を思い出すだけでも嫌悪感しか湧かない。

 禁忌のデータを何の躊躇も無く消去していく。その中で例のブックマークだけが残ってしまい、大助の動かしていたマウスが止まった。


「……愛依、お前がもし事故に遭ってなかったら、先生の事を止めれたのかな。それとも、お前が事故に遭ってしまったから、先生は変わってしまったのかな」


 今でも忘れられない、まだ健在だった頃の愛依の笑顔。今見る事が出来るのはこの日記に載せている写真のみであった。


 これだけは許してやるよ。大助は心の中で強がりながら、雄一郎が作ったウェブサイトだけは気が向いた時にでも見ようとデータを消さずに残したのであった。

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