episode:Who am I ?

25 江郷大助は再会する。

 時はさかのぼる事、五月五日。ゴールデンウィーク最終日の朝に掛かってきた電話を切り終えた大助は柄にもなく身嗜みを整え、業務と逢衣を琢磨に託して研究所を後にした。

 久々に電車での移動となる。東京駅から総武線へ快速で乗り継ぎ千葉方面へと向かう。そこから約三十分程走らせた後に駅から降りて約十分程歩くと、大助は目的地に辿り着く事が出来た。


 国際電気電子工学特別研究センター。最新鋭の技術を惜しみなく利用し、最先端のアンドロイドの研究と開発を行っている大規模な研究所である。大助は入り口前で両頬を思い切り叩き、気合を入れ直して施設に入っていった。


「江郷大助と申します。センター長の入間雄一郎様と九時半のお約束で伺いました。お取次ぎをお願い出来ますか?」


 受付で軽く挨拶を済ますと、大助はエレベーターに乗せられ、そのまま最上階へ。奥の部屋を開けると、一人の老人が出迎えてくれたのであった。


「大助! よく来たな! 待っていたぞ!」

「お久しぶりです、先生」


 白髪混じりの頭に大きな丸眼鏡を掛けた男は入室してきた大助を見るなり朗らかな笑みを浮かべた。この男こそが、この研究所のセンター長である入間いりま雄一郎ゆういちろうである。


「他人行儀な喋り方はよしてくれ、私とお前の仲だろう」

「……ごめんごめん。折角のオフの日を邪魔されたからな。ちょっとした意地悪だよ」

「ははは、祝日だと言うのに呼び出したりしてすまないな。を見て大助が作ったのだろうと思うとどうしても会いたくなってな」


 ついて来てくれ、と雄一郎は大助を連れてエレベーターで二階まで降りていく。扉が開いた先には、様々な技術や設備が詰め込まれていたフロアが二人を待ち構えていたのであった。


「これ全部アンドロイドなのか?」


 百は優に超えているだろうアンドロイドがびっしりと並べられ、大助は圧倒されていた。逢衣と同じく首から上は本物の人間の様に精巧に作られているが、その下は鎧の様に武骨で人間離れしているボディであった。


「量産型アンドロイドだ。何処かの国が兵士代理として使うらしい。……世間はアンドロイドをとしか見ていないようだ」


 軍事用として使われるアンドロイド。痛覚も無く精神も無い。破壊されるまで与えられた命令を遂行する点は確かにおあつらえ向きだろう。大助は遣る瀬無い気持ちになっていたが、それは前を先行している雄一郎も同じ事だろうと信じたかった。


「これは?」


今度は生首だらけの、厳密に言えば頭部パーツだけが大量に並べられたエリアであった。頭頂部や蟀谷こめかみ付近に電極が刺されていた顔達は、自ずと様々な表情を作り続けている。


「表情の研究だ。動物、特に人間は大脳辺縁系の神経から信号が伝達されて表情を作る。その信号とスキンの伸縮機能を上手く繋ぎ合わせれば、自然な表情が出来る筈だという理論を立てた」


 脳科学も並行して研究しているとは以前から聞いていたが、此処までやるとは思ってもみなかったようで、大助は感嘆する事しか出来なかった。


「見た感じ、お前が作ったのは簡単なフェイスキャプチャーもプログラミングしていないようだな?」

「表情が不自然なモノになるから敢えて取っ払ったんだ。……で変な顔してるのは見たくなかったし」

「そう気を落とすな。脳もそうだが心というものは未だに解明されていないからな。人間の微細な感情をAIの思考回路で完全再現させるのは不可能に近い」


 ここでも出てくるフレーム問題。この枠を超えるという事はもしかしたら神の領域に達しなければ越えられないのかもしれない。太陽かみさまに近付き過ぎた人間イカロスは墜落して命を落としたと言われている。しかし、男達は二の足を踏むつもりは無い様だった。


「科学者にゴールなんて無い。……だろ、先生」

「……私がお前に言った言葉だったな」


 大助と雄一郎はお互いに顔を合わせ、不敵に笑い合った。人間の欲望や探究心は限りが無い。だから進化し続ける。向上心を失えば、忽ち退化するだけだ。歳や立場は変わっても志はお互い変わらなかった事に大助は嬉しく思った。


「しかし、あの動画を見た感じだと旧型のバッテリーを使用しているだろう。出力最大時の最大稼働時間は多く見積もっても五分が限界だろう」

「あの動画を見ただけで? ……ホント先生は凄ぇな」

「私はお前よりも先にアンドロイドの研究をしているからな。これは経験の差というものだ」


 そう言うと雄一郎は一つのUSBメモリを差し出した。大助が怪訝そうに見つめていると、老人は笑った。


「私が開発した極秘の新しいバッテリーの設計図だ。これで通常稼働時間は四倍になるし、最大出力時は十五分に伸びるだろう」

「どうして俺に?」

「私とお前はだからだ。であるお前の頑張りを助けてやりたい。……そんな想いからだよ」


 同志。雄一郎はそう称した。しかし大助にとってその言葉は少しばかり引っ掛かる。素直に喜べなかった。


「……恩に着るよ先生。……そうだ! 先生の開発したアンドロイド、もっと見たいな」

「技術を盗む気だな? いいだろう、お前のアンドロイド作りに貢献出来たら嬉しく思うよ」


 二人が施設内を歩いていると、後ろから足音が聞こえ始めた。ふと振り返って見ると、誰かが血相を変えて此方に向かってくる。そして大助の顔を見るなり、縋り付いてきたのであった。


「お願いだ!! 助けてくれ!!」

「お、おい? 何だよ急に?」


 突如助けを求める男に大助が困惑していると、恐怖で怯えていた男の顔は瞬時に無表情になり、糸が切れた様に倒れてしまった。


「センター長! 申し訳ありません!」

「やはり暴走するか……。制御コントロールの強度を強くしておけ」


 うつぶせのまま引き摺られて運搬されているモノを見た大助はようやくその正体がアンドロイドだと把握出来た。あまりにも人間の様にしか見えなかったので、まんまと騙されてしまったのだ。


「驚かせてしまってすまないな」

「いや、大丈夫……。それよりもさっきのがアンドロイドだと気付けなかった自分が恥ずかしい位だ」


 この男には一生敵わないのかもしれない。無意識の内に敗北感を味わっていた大助は人知れずショックを受けていたのであった。



 時刻は午前十時二十八分。施設内のアンドロイドを一通り見終えた大助は研究センターを後にする事にした。アンドロイドの権威である雄一郎が直々に見送りに出ていた。


「もういいのか? もっと教えたい事があるというのに」

「また今度頼むよ。俺、今日は先生に会うついでにの見舞いに行こうと思ってるから」


 その言葉を口にした途端、さっきまで雄弁を語っていた筈の男が露骨に顔を曇らせていた。


「……多忙の身だと思うけど、たまには先生も行ってやれよ。きっとアイツ寂しがっているだろうから」

「……そうだな。今立て込んでいる開発が終わり次第になるがな」


 やはり先生は変わってしまった。今はアンドロイドの研究と開発しか頭に無いのだろう。昔の雄一郎の事を思い出して大助は寂しさと憤りを感じた。それを悟られない様にと背を向けて電車に向かおうとした。


「……大助。お前さえ良ければいつでも私の所に戻ってもいいんだぞ?」


 そのまま何も言わずに立ち去ろうとしたが、何気無く放った雄一郎の言葉に思わず足を止めてしまった。


「……考えとくよ」


 そう言って誤魔化したが、男は戻るつもりは無かった。雄一郎は気を遣ってそう言ってくれているのは理解出来たが、大助自身は其処に自分の居場所なんて無いと思っているからだ。


「……じゃあまたな」


 。聞こえない程度の小声でそう呟き、大助は逃げるように足早に駅へと向かっていったのであった。

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