SS1 野上麻里奈は長女である。
※この話は番外編になります。本筋には一切関係ありませんので読み飛ばしても何の問題もありません。
野上麻里奈の父は大手企業の総合職、母は都内病院の看護師。二人が何故出会い結ばれたのかは離婚した今ではもう知る由の無い事である。
麻里奈がまだ小さかった頃は二人共そこまで多忙という訳では無かったようで、彼女が二歳になった頃には奈津季を授かり、まだ円満な家庭を築いていたと思われる。
物心がつき始めた麻里奈がまだ一歳にも満たない妹がベッドで寝ていた姿を見て最初に思ったのは、これを守らなくてはいけない。ただそれだけであった。
※
「お姉ちゃん、熱いからソレやらなくていいってぇ」
「駄目! ドライヤー掛けないと風邪ひくでしょ!」
六年後。二人は両親の想いを一身に受け、すくすくと成長していった。
長女である麻里奈は何でも器用にこなし、小学生に入る頃には家事大半を手伝える程には自立出来ていた。
一方で奈津季は姉の麻里奈と比べると非常に不器用で、おまけにズボラで甘えん坊な性格になっていた。
「ナツがやるから離してよぉ」
「アンタそう言ってやらずに寝ちゃったでしょうが!」
風呂から上がってずぶ濡れのままで居間で
「……お姉ちゃん」
「……急に何よ?」
「へへ、大好き! お姉ちゃんはナツの事好き?」
「はぁ!? そ、そりゃあ……す、好きだけど――」
「隙あり!」
満面の笑みと共に奈津季は姉にそう告げる。麻里奈は思わず顔が
「こら奈津季!! 今日という今日は許さないから!!」
「へへーん! 捕まらないよーだ!」
追い掛ける姉と逃げ回る妹。二人は家中を駆け回る。目に余る行為に両親は娘達を捕まえ、喧嘩両成敗とばかりに叱った。こっぴどく説教されているにも関わらず、麻里奈と奈津季は互いに見合い、可笑しそうに笑った。この平和がずっと続けばいいと思っていた。
※
「お姉ちゃん明日入学式なんでしょ? 今日一日私が家事やるよ!」
「……いいって別に。アンタが手伝うとあたしのやる事が増えるだけだし」
更に月日は過ぎ、麻里奈は十二歳となり、奈津季は十歳となっていた。変わった事と言えば、父が単身赴任で家に帰るのが珍しくなった事。母が看護主任となり更に忙しくなった事。それに伴い、家事の殆どを麻里奈がやる事になっていた事。それだけであった。
「大丈夫! 私だってやろうと思えば出来るんだから! お姉ちゃんはゆっくりしててよ!」
「……不安だなぁ」
奈津季は昔と相変わらず不器用で要領が悪く、全くといっていい程に家の事に貢献なんかしていなかった。彼女はそれを良しとせず現状を打破しようとしている。しているのだが……。
「わひゃあああ!! お、お姉ちゃん!! 百十九番!!」
「馬鹿!! 油ひたひたにして炒め物する奴が居るか!!」
「そ、そんな事より早く百十九番!!」
「火柱が起きた位でビビるな!! 蓋して消せばいいだけの話だし!!」
「……よし! 掃除終わったよー!」
「……隅が掃除出来てない!! やり直し!!」
「ええ~お姉ちゃん細か過ぎない?
「こういうのをやり残してたら其処からダニやゴキブリが湧いて出てくるの!!」
「洗剤入れ過ぎ! アンタ何考えてんの!?」
「だっていっぱい入れた方が汚れも落ちやすくなるかなって……」
「洗剤の量と洗浄力は全く関係無いし
「えぇ!? そうなの!?」
結局家事の殆どが麻里奈がやり直す事になり、奈津季は
「――全く、アンタはホントあたしが居ないとダメダメね」
そうぼやくと、目の前に居た奈津季は俯いたまま身体を震わせ、大きな涙粒を流していた。
「お姉ちゃん、ごめん……。私、お姉ちゃんの力になりたかったのに何にも出来なくて……。私、お姉ちゃんの妹じゃないしパパとママの子じゃないのかも――」
「……奈津季、こっち来なさい」
どうやら本気で落ち込んでいるようだ。流石に言い過ぎたと感じた麻里奈は泣いている奈津季を手招きしながら呼び寄せた。ゆっくり、恐る恐る近付いてくる。間合いに入った瞬間、麻里奈は思い切り引き寄せて抱き締めた。
「奈津季は奈津季の良い所があるってお姉ちゃん知ってるから。……それに、あたしも……奈津季が、居ないと、ダメになっちゃうし……。だからぁ……、もう二度と、そんな事、言わないでよ……っ!」
「お姉ちゃん……!」
言ってはならない事を口走る妹を懸命に慰めている内に麻里奈も涙を流し、声を震わせていた。それを見た奈津季は
「お姉ちゃんって学校でもずっと委員長だし皆から慕われてたしテストは殆ど百点だったし本当に凄いよね」
「何急に? そんなの別に大した事じゃないよ」
「……じゃあ、私もお姉ちゃんみたいになれる?」
「……なれるよ、きっと」
「ホント!?」
「アンタがあたしと同じように頑張り続けれたらね」
じゃあ明日から頑張る! そう言って奈津季は勢いよく浴室から飛び出していったので麻里奈も慌てて追い掛けていくのであった。
「まーたアンタは髪を乾かさずに寝ようとしてる!」
「だってめんどくさいじゃん~」
「ドライヤー掛けないとかマジでありえないから!」
昔の様にドライヤーを掛けて奈津季の長い髪を乾かしていく麻里奈。同じ女としての行為だとは全く思えなかった。鏡越しに彼女が小馬鹿にするように笑っていたような気がしたので、何となく腹が立った麻里奈は妹の髪を乱暴にグシャグシャに散らして制裁を与えた。
「……お姉ちゃん、今日だけ一緒に寝てもいい?」
同じ小学校に通っていたので学校でも登下校でも一緒だった麻里奈と奈津季。しかし明日からは離れ離れになる。いつもだったら軽く一蹴するのだったが、今日ばかりは麻里奈も一緒に夜を過ごしたいと思っていた。
「……明日からお姉ちゃんは居ないんだね」
布団を被り、一緒に隣で天井を眺めていた奈津季が不安そうに呟いていた。
「……奈津季一人で大丈夫? 何かあったらあたしに言いなよ?」
「大丈夫! お姉ちゃんこそ一人で大丈夫? 私が居なくても学校行ける?」
「……こいつ、言うようになっちゃって!」
「ひゃああ! ごめん! ごめんってばぁ!!」
減らず口を叩く奈津季の脇腹付近を
「……お姉ちゃん、大好きだよ」
「……はいはい、明日はアンタも始業式なんだしもう寝なさい」
あたしも大好きだよ。そう言い返そうとしたが、何故か照れ臭く感じてしまった。それにまた
――この時は、まさかこんな事になるとは思わなかった。あの時、自分も大好きだと伝えておけば。麻里奈はそういつまでも、ずっと後悔しているのである。
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