24 江郷逢衣は拒絶する。
血眼になっていた大助からの説教を受けたその後の翌日。時刻は午前八時十六分。逢衣が教室に入ると、剣道の朝練を終えて先に教室に入っていた雄太が一直線に彼女の元へと駆け寄ってきた。
「江郷!! 野上はどうなったんだ!?」
昨日の神妙な面持ちで物静かに語っていた時は打って変わり、いつもの大きな声量で話し掛けてきた。
「……きっと来ます。来なくても私はずっと待ちます」
「つまり説得はして来たって事だな!! ありがとな!! 俺もずっと待つ事にするぞ!! ワッハッハ!!!」
さっきまで不安そうな表情は雲散し、雄太は忽ち朗らかな笑みを浮かべ、大笑いを上げた。よく分からないまま逢衣も負けじと平坦な声で笑い声を上げていると、彼の頭上に衝撃が走った。
「朝っぱらからうるさいんだよバカ共」
「野上!! 来るのが遅いぞ!!」
雄太の一言により、クラスメイト達は一気に麻里奈の方へと向けた。彼女は気怠そうな態度と共に自分の席に座った。直ぐに追いかけて近くで立っている逢衣の顔を見るなり、素っ気なさそうに目を逸らした。
「野上さん」
「言っとくけどね、またアンタが学校で馬鹿やって誰かに迷惑掛けてないかを見に来ただけだから」
「……ツンデレ、ですか?」
「違うっつってんでしょうが!!」
彼女のとぼけた発言にカッとなり怒声を浴びせつつ逢衣の方を睨む麻里奈。その後ろから毎日昼食を共にしていた三人が現れた。
「麻里奈……」
「……悪い事は言わない。もうあたしには関わらない方が良いよ」
「ウチら、麻里奈ちゃんにちゃんと謝りたくて」
「……はぁ?」
「……ごめん。麻里奈の事も知らないで、その、私達、軽々しく言っちゃってたなって」
過去を聞いた上での三人の出した答えに対して彼女は目を丸くしていたが、直ぐにいつもの表情へと戻った。そして頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
「……アンタら、本当に馬鹿だね」
「そ、そんな言わなくたっていいじゃん――!」
麻里奈が顔を上げると、自身や他人を欺く為に使う笑みでは無く、自然でありのままの笑みを浮かべていた。今まで見たことが無い彼女の表情に全員が驚愕していた。
「アンタらは謝る必要無いのに謝ってんの。……そんなの、損するだけだよ?」
「ウチらは謝りたくて謝ってるだけだから~!」
「損とか得とかそんなん関係無いっしょ!」
「てなわけで、また今日から昼ご飯付き合いなさい。後、裏表無しのままで恋話もね」
底無しの馬鹿だね、どいつもこいつも。麻里奈は何処か嬉しそうにしながら悪態を吐く。それを見届け終えて立ち去ろうとした雄太を彼女は呼び止めた。
「……アンタは本当に余計な事を口走ってくれたよね」
「そうだな! けど俺は謝るつもりなんて無いぞ! お前が妹の事で悲しんでいる顔はもう見たくなかったからな!」
「……ならせめてこれだけ言わせて。……ありがとう」
「……おい、野上!? 今、ありがとうって言ったか!? 俺、初めてお前に感謝された気がするぞ!? もっかい言ってくれ!! な!?」
「あーもううざい!!」
興奮気味に雄太が絡み始める。それを鬱陶しがる麻里奈。更にそれを見て笑う沙保里達。直立不動で観測していた逢衣はこれからもこの状態が続けばいいと思った。
「……ふん」
ふと遠くの方へ見やると、馬鹿騒ぎしている麻里奈達に対して織香達が不服そうに眺めていたのを発見した。逢衣は至急彼女達の元へと向かった。
「……早舩さん達」
「悪い江郷。いくらアンタの頼みといえどもそれだけは聞けない」
まだ何も言っていないのに織香は先手を取って逢衣の発言を封じた。それに同調する形で黒子も紗仁も、隆司も頷いていた。
「アイツの過去は分かった。ウチらの事が憎んでいたのも理解は出来た。……けれど納得出来るかは違う」
「今まで私達にやってきた事を踏まえても野上の事は許せないし、野上を許している奴らとは仲良く出来ない。……江郷は別だけどな」
「……ごめん、江郷さん。僕も野上さんに関しては金輪際関わりたくない位なんだ。だから君とは距離を置こうと思っている」
「私は――」
「分かってる。アンタは優しい子だから。アタシ達はアタシ達でアンタの味方で居るつもりだよ。安心しな」
憤りを零し終えた四人は麻里奈達から遠ざかる。そして少し寂しそうな表情と共に逢衣からも離れていく。何度も呼び止めようとしたが、聞き入れてくれずに距離は広がっていく一方だった。
人間社会というものは
――この不本意に対して、逢衣は嫌だと思ったのであった。
To Be Continued...
※
同時刻。東京から少し離れた場所にある国際電気電子工学特別研究センターにてセンター長は目の前にあるモノを眺め、不気味な笑みを浮かべていた。
「後ちょっとだ。後ちょっとでこの長い悪夢から目が覚めるよ」
――メイ。
男がメイと呼び掛けたモノは、逢衣と瓜二つの生首であった。頭は様々な所から電極を繋がれ、まるで眠っている様に目蓋を閉じていたが、男の呼び掛けに応じてゆっくりと開眼したのであった。
To Be Continue...
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