18 江郷逢衣は汚される。
麻里奈は逢衣の監視を続けていた。途中、城戸隆司の事を嗅ぎ回っていたのでいつもの様に織香達を使わせて牽制はしておいた。今回ばかりは上手く事が進み、それ以降転入生が探りを入れようとはしてこなかった。
「おー!! 江郷!! 何だお前デートするのか!? いつも無愛想な顔してるのに意外だな!! 相手は誰なんだ!? 気になるから俺に教えてくれ!!」
ゴールデンウィーク前日、雄太は逢衣のスマホの画面を覗き込むなりいつもの馬鹿でかい声で言いふらしていた。勿論、教室内に居るクラスメイトは確実に耳に入る事となる。
不感症のクセにデートとか正気? まぁ飯田美也子なんぞと付き合おうとする
話のネタになるかもしれないと踏んだ麻里奈は勘付かれない様に逢衣と雄太を追跡していく。随分と念入りに足取りを消そうとしているが、幾度と無く情報収集をしてきた彼女の尾行術では無駄な事である。
「城戸とデートしに行くのか!! それはいいな!! アイツは多分悪い奴じゃないから喜ぶと思うぞ!!」
思わず声に出して驚きそうになった。しかし、雄太の肉声は確かに城戸と言った。
何で江郷逢衣が城戸隆司と? マグロと陰キャの逢引きなんて屁が出る程つまらない絵でしかないと普段なら鼻で笑ってる所であるが、今は笑ってられない状況であった。
不登校児とどうやって関係が出来たのか甚だ疑問でしかないが、兎に角不安要素は徹底的に排除しなければならない。今回ばかりは
全く、つくづく厄介でしかしないよね、転入生。初めてだよ、此処まであたしを邪魔してくるお馬鹿さんは。
「……もしもし? 早舩さん達? 取り敢えず放課後教室集合ね」
最っ高のデートを最っ悪にしてやろう。そして江郷逢衣の心を完膚無きまでに折って仲良く不登校にさせるまで追い込もう。麻里奈は織香達を使って逢瀬を台無しにするように指示をした。
しかしいざゴールデンウィークが明けたら逢衣は普通に登校してきたし、織香達は何を思ったのか更生しようとしているし、隆司は再登校しているしで状況は最悪なモノとなっていた。どれもこれも全部例の転入生の所為に違いない。
自身の平穏の為にも不俱戴天の存在と化した江郷逢衣を亡き者にしなければならない。野上麻里奈はそう心に誓ったのであった。
誰も居なくなった空き教室で麻里奈は此れまで集めてきたの逢衣の情報を手帳に纏めていた。知れば知る程中々付け入る隙が無い。何か弱味を握ろうにも浮ついた話は見つからないし、寧ろ評判はあの無表情な所以外は男子にも女子にも良い方だ。下手に仕掛けたら矢面に立つ羽目になるだろう。
「……取り敢えず様子を見るしかないのかな」
「……まっず!!」
恰好つけてみたものの麻里奈は思わず口に含んでいた異物を吐き出してしまったのであった。
※
麻里奈は大した成果も得られず、六月に突入した。穏やかな初夏から鬱々とした梅雨の季節となり、不快指数と共に彼女の苛立ちも昇りっぱなしであった。
それでも誰にも自分の本性に勘付かれない様に学校生活を送らなければならない。例え宿敵と共に机を並んで食事を共にしていたとしても、である。
「――そういや皆は知ってるかしら? 河原先生の事なんだけど」
化学の
「河原先生がどうかしたの?」
クラスメイトは優等生で通っている為、
「チクらなそうな女の子にセクハラとかしてくるんだって。ヤバくない?」
「マジなの? ヤバいっしょ」
「怖~い!」
「……でもあくまで噂なんでしょ?」
予想通りの結果だったので思わず麻里奈は笑いそうになっていた。その事について白々しく思いつつも信憑性を沙保里に問うた。噂が黒なのは周知の上であるが、便乗して悪口を言っている事を万が一にもチクられると厄介だから中立を装っているだけである。
「それがねぇ、結構マジなのかもしれないのよ。だから皆気を付けて、特に美也子と江郷さん」
「ウチはジュンイチが守ってくれるから大丈夫~!」
「分かりました。気を付けます」
あ~くだらない。実にくだらないよ。何でこんなしょうもない事を面白がってるんだか。まだマシってレベルの武田沙保里でもこんな生産性の無い話しかしないんだからね。クラス替えガチャが待ち切れない位だよ。
出てきそうな欠伸を噛み殺していると、教室内で昼食の男子が騒ぎ出していた。類人猿に退化したのか鬱陶しい鳴き声を上げながら動き回っていたので殺意が芽生える程であった。その事を気にしているのは麻里奈だけであり、残りのメンバーは気にせず井戸端会議に華を咲かせていた。
「お前、マジでやめろって!!」
ふざけていた男子がそう叫びながら腕を振る。その弾みで手に持っていた中身入りの弁当が宙を舞い、放物線を描く。その軌跡をクラスメイト達が見上げていた。そして弁当箱は逢衣の頭目掛けて逆さまに墜落してしまった。
「きゃあ!」
「ちょっ、何!?」
「……?」
沙保里達の悲鳴が上がった時には様々なソースや食べ物が逢衣の髪や肌や制服を彩っていた。この惨劇に全員が犯人の男子を睨みつけていたが、当の被害者は何が起こっているのか分かっていないのか依然として無表情のままであった。
「ご、ごめ――」
「さいってー!!」
「アンタ!! 何考えてんの——」
沙保里と莉奈が怒るよりも先に織香達が激怒し、加害者の胸倉を掴んで鋭い目付きで睨んでいた。
「アタシらの江郷に何してくれてんだ? あ?」
「いっぺん死ぬか?」
「取り敢えず土下座して江郷に謝れコラ」
すっかり逢衣の味方となった織香達は男子を引っ張っていき、尋常じゃない程に汚れた逢衣の目前で土下座させた。逢衣はしゃがみ犯人の目線を合わせると、罪悪感で震えていた背中を辛うじて汚れていない方の手でそっと触れた。
「私は気にしていません。汚損したのならば洗浄すれば済むだけの話です。だからもう謝らないで下さい」
「江郷さん……! いや、江郷様……!」
男子は涙ぐみながら添えられていた逢衣の手を包む様に握り何度も謝罪と感謝を述べていた。本人が許した筈なのに取り巻き達は腑に落ちていない様である。
「江郷アンタマジで甘過ぎだって!」
「そうだよ! 一発位ぶん殴ってやった方が――!」
「早舩達はこれ以上首突っ込むなっしょ」
「イライラしてる時はチョコレート~」
無関係な筈なのに焚きつけようとする元不良達を莉奈と美也子が抑えた。その時の麻里奈はというと、嫌いな奴が不幸に遭っていい気味だと本来は思っていた筈なのに、目の前の存在に理解出来ずに居た。
織香の言う通り、逢衣は甘い。もし
「……ていうか江郷さん、取り敢えず制服どうにかしよっか」
「分かりました」
逢衣は立ち上がると突然ブラウスのボタンを外して制服を脱ぎ始め、肌を露出させる。それも男子がまだ居る教室内で。この行為には全員驚いていて、麻里奈も例外では無かった。
「ちょっ……! 江郷さん!? 何してるの!?」
「制服が汚れていたので脱いでいます」
「まだ男子が居るでしょうが!! 更衣室に行くよっ!!」
慌ててボタンを留め直して下着を隠し終えると、麻里奈は逢衣の手を引いて教室を後にした。
本当に意味が分からない、と麻里奈の思考回路はグチャグチャにこんがらがっていたのであった。
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