17 江郷逢衣は観測される。

「ほんっっとうにアンタら使えないよ、ねッ!」


 三人を校舎裏へ呼び出した麻里奈は黒子の鳩尾みぞおちに思い切り拳を入れた。折檻の理由は隆司を不登校にさせる際に起きた不手際を犯した為である。

 腹部を抑えながらうずくまり、呼吸困難となっていた黒子は何度も噎せていた。苦しんでいる友人の背中を擦りながら織香と紗仁は麻里奈を恨めしそうに睨んでいた。


葛木教諭バカが屑教師で尚且つあたしが城戸隆司の噂を流してなかったら任務は失敗してたんだよ? もうちょっと脳ミソ使ってくれないモンかなぁ?」

「……いつか殺してやる」

しつけが足りないみたいだね、このワンちゃん」


 瞬時に間合いを詰めて織香の頸動脈を片手で締め付け、そのまま壁へと押し込んだ。腕を掴んで引き離そうとしているが、抵抗虚しく気道を確保出来ずに意識が飛びそうになっている。

 落ちる寸での所で解放させると、織香はぐったりして動けなくなっていた。残りの方へ見やると、紗仁は既に戦意喪失していて麻里奈から目を逸らしていた。


「この事をチクってもあたしは構わないよ? どうせ無価値なアンタらの無価値な言葉なんて誰も聞く耳持たないと思うけどね」


 麻里奈は語る。悪というレッテルを貼られた人間はその時点で負け確定だ、と。自分の周りに何かあれば真っ先に猜疑さいぎを掛けられ、自分の身に何かあっても誰も助けてくれない。社会は悪をゆるそうとしないし、寧ろ排除しようとする。不良という存在はそれをわざわざ自分から買って出る様な馬鹿と彼女は定義している。


「……まぁいいや。取り敢えず終わったからアンタら当分好きにしてていいよ。せいぜい負け犬同士傷の舐め合いでもしたら?」


 倒れている織香を軽く蹴りつけて麻里奈は去った。これで暫くは平穏な学校生活を送れると、この時は思っていた。


 ※


「今から転入生を紹介する」


 教諭の言葉に思わず麻里奈は耳を疑った。折角最近になってクラスメイト達の情報を収集し終え、ほぼ全員と友好的な関係を築けた。そこに一手間加えられるとなると堪ったものでは無かった。


「江郷逢衣です。これから宜しくお願いします」


 東北から来た転入生は江郷逢衣と名乗った。見た目は地味だが色白で綺麗な顔をしている。

 悔しいが容姿は7か8って所だろう、その無愛想な感じさえなければ8か9は余裕だというのに、と麻里奈は早速逢衣に対して分析を始めていた。


「何か学校の事とかクラスの事で分からない事があったらあたしに聞いてね! 分かる範囲なら教えるから!」


 面倒と感じつつも麻里奈は烏合の衆を軽く追い払いながら転入生に対して親切心をダシにして探りを入れてみる事にした。


「……有難う、ございます」

「ていうか敬語じゃなくていいって! 同級生なんだしタメでいいよ!」

「……分かりました」

「って全然分かってないじゃん! カタいなぁ、江郷さんって」


 ほーん、成程。そう簡単にはらの中を見せるつもりは無いって事ね、と麻里奈は堅い態度を崩さない転入生に対して内心侮れないと警戒していた。

 


「じゃあこの方程式を……ええっと、江郷さん解いてみてくれる?」

「分かりました」


 数学の授業。逢衣は黒板に書かれている応用問題に出てくる方程式を容易く解いていた。少し意地悪するつもりで出していたらしく、教諭は驚いていた。


「I always read a news paper when I wake up in the morning.……です」

「Oh~! Your English is surprisingly good!」


 英語の授業。逢衣は綺麗な発音と共に英語を話していた。これには英語の教諭はおろか、外国人のALTすら感激していた。


 ふうん、勉強は優秀なんだね。今の所9かな。これはテストとかでないと明確な判断が出来ないから一旦保留かな。


 麻里奈は何処かつまらなさそうに逢衣を遠くから観察し、点数を付けていた。


 体育の授業。女子生徒達が紅白に別れてバスケットボールの試合を繰り広げている中、逢衣だけがコート内でぼーっと突っ立っているだけであった。


 運動は苦手なんでしたくありませ~ん。って? 何かムカつくしちょ~っと一泡吹かせてやろっと。その顔が歪む所を見てみたいし。


 偶然にもパスが回ってきたので麻里奈は手を滑らせたフリをして逢衣の顔面目掛けて勢い良く投げてみた。すると彼女は難なくキャッチし、さっきまで直立不動であった人物とは思えない程のステップとドリブルでコート前までボールを運び、シュートまで決めてしまった。


「江郷さん凄~い! バスケやってたの~?」

「やっていません」

「でもさっきの動き、素人じゃないっしょ」

「今見て覚えました」

「今見て!? 冗談キツいわよ、もうっ」


 あ~~最っ高だね。最っ高のクソだよ、転入生。百歩譲って勉強もできるし運動も出来るし見た目もいいってのは認めてやるよ。だけどその顔! その無表情でそれをやってんのがムカつき度高いんだよ。まるで出来て当然、みたいな顔。脅威性は間違いなく断トツだよ。あたしは上でアンタは下でなきゃいけないの。分かる?


 麻里奈は気付かれないように舌打ちを入れつつ、江郷逢衣を不穏分子として狙いを定める事にしたのであった。


 ※


「ちょっといい?」


 麻里奈の顔を見るなり、織香達は恐怖の眼差しを向けていた。ちょっとやり過ぎたか、と彼女は憫笑していた。


「例の転入生、どう思う? 率直な意見を聞かせて欲しいな」

「どうって……何でも出来てる所が何か腹立つっていうか」

「うん……。あの涼しい顔でやってる所とか、余計ムカつくっていうか」


 まさか自分と思っている事とドンピシャだとは思わなかったのか麻里奈は下僕共に思わず拍手を送ってしまった。


「最初で最後かもね、アンタらの事を好きになれそうだと思ったのは」

「……それで、何をどうしろって?」

「簡単だよ。あの転入生にするだけだよ、でね」


 こうして麻里奈は逢衣に対して織香達を送り込ませ、反応を見てみる事にした。だが期待は大きく裏切る形となる。何をしようが何を言われようが逢衣の表情は全く変わらない。余裕の表れなのか、転んだ紗仁に手を差し伸べようとする始末であった。


「完全に遊ばれてんじゃん三人達ばかども


 完全に優位に立っている筈の逢衣。しかし何故か織香が放ったいたちの最後っ屁に何故か従い、自動販売機のミルクティーを買って差し出していた。これには長年人間を様々な観点から分析していた麻里奈も理解出来なかった。


「平和に、穏便に、学校生活を送りたいのなら、あまり出しゃばらない事ね」


 捨て台詞を吐いて退場した織香達は裏でずっと見ていた彼女に対してこれでいいんだろ、と言いたそうな顔を浮かべてそのまま下校していったのであった。

 まぁ及第点といった所か。最後に転入生の顔でも拝んでから帰るとしよう。麻里奈は偶然を装い逢衣に近付いてみた。


「——どうしたの? 江郷さん?」


 転入生は麻里奈を発見するや否や、手に持っていた紅茶のペットボトルを渡してそのまま帰って行ってしまった。やはり逢衣の表情は変わらないままであった。


「サイボーグでもロボットでもないのならマグロか何かでしょ、アイツ。……本当になの?」


 渡されたミルクティーでお手玉をしながら麻里奈は逢衣の後ろ姿を怪訝そうに見つめていた。予想以上に強敵になるかもしれない。仮面優等生は敵性存在から目を逸らす事無く未開封のペットボトルをそのまま後ろへ投げ捨て、ペール缶へ見事なまでのシュートを決めたのであった。

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