episode2:Friends

16 江郷逢衣は敵対視される。

 隆司が登校したその日の放課後。夕焼け色に染まった空き教室内で織香は突き飛ばされ、整列されていた机に衝突した。


「痛ったぁ……!」

「織香! 大丈夫!?」


 突き飛ばした犯人は尻餅をついている織香とそれに駆け寄る黒子と紗仁を見下ろしていた。


「……どういうつもり? って言いたそうな顔してるな?」


 ほくそ笑みながら立ち上がり、織香は減らず口を叩く。それでも尚、彼女の前に立っている生徒は何も言わずに苛立っている表情で睥睨しようとしていた。


「優等生サマのクセに察しが悪いんだな。ウチらはアンタと手を切るんだよ」

「朝言った通り、。そういう事にしておいてやるってんだよ」


 話を勝手に終わらせ、次々と彼女の横を擦り抜けて教室から出ていく。最後に織香が出ようとした時、振り返った。


「江郷には手を出すなよ。あの子に何かしようってんなら刺し違えてでもお前を止めるぞ」


 野上麻里奈。捨て台詞を吐き終えると、織香は麻里奈を残して教室の戸を勢いよく閉めた。静寂の中、彼女の舌打ちが鳴り響いた。


「……負け犬共のクセにあんなのにほだされちゃって。つくづく厄介な存在だよね、江郷逢衣」


 ポケットからボールペンと手帳を取り出し、ページをめくる。白い紙は何枚も文字の羅列で黒く埋め尽くされていた。その中でも江郷逢衣という名前だけが記載された項目を開けた麻里奈は今まで探りを入れて集めた情報を書き記していくのであった。


 ※


 野上麻里奈には生活する上でちょっとした癖がある。それは彼女が独自に定めた項目をそれぞれ数字パラメータ化し、それに伴い分類化カテゴライズ格付けレイティングを周囲の人間に行う事だ。


「あ、おはよう。野上さん」

「……おはよっ! 脇谷さん」


 脇谷わきや久美子くみこ。頭脳6、運動4、容姿3、協調性4、脅威性2。勉強だけ平均以上に出来るだけでそれ以外は平均以下の凡人。特に特出すべき点は無し。脅威は無い分、何の実りも無いので相手にするだけ時間の無駄だ。

 散々な酷評を叩きつつも麻里奈は微笑みながら挨拶を返す。それだけでも自身への好感度は上がるのだから相当御目出度おめでたい頭なんだろうな、と心の底では鼻で笑っていた。


「よぉ野上!! 今日も早いな!! お前も朝練だったのか!? 精が出るな!! ワハハ!!!」

「……朝から無駄に元気だよね、日野君は」

「おうとも!! 剣道は気合が大事だからな!! ワーッハッハッハ!!!」


 日野雄太。頭脳1、運動8、容姿4、協調性5、脅威性3。前世は駝鳥ダチョウニワトリのどちらかだろう。底無しの馬鹿だが神様ってのはこんなのでも取り柄を与えるらしい。剣道においては全国大会ベスト8という戦績を残している。単細胞故に同性相手には評判が悪くないのだろうがデリカシーの無さから異性からの評判はどん底。麻里奈自身も生理的に受け付けない方である。


 何故クラスメイト達を格付けするのか。それは麻里奈が円滑な学校生活を望んでいるからだ。そしてそれは、という形式でしか望んでいない。どいつもこいつも凡人かそれ以下なのだから手駒にして利用すればいいだけ、と考えている。


「武田沙保里……、食うだけしか能の無い飯田美也子と授業中寝てばかりいる茨木莉奈とは中学一年からの付き合い……ねぇ。頭脳7、運動6、容姿6、協調性6、脅威性は……5と言った所かな。軒並み平均以上だけどあたしの敵じゃないし、色ボケ具合に目をつむればマトモな方か。この一年はコイツと仲良くしておこうかな……。残り二人もついでにって感じになるけど、まぁいいや」


 入学式から一週間が経過し、麻里奈は誰も居ない昼休みの空き教室で一通りのクラスメイト達の情報を集めた後、手帳に細かく記載していた。

 そしてこの一年間をどう過ごすかを企てている最中に着信が邪魔しに来た。思わず舌打ちして応答ボタンを押すと、さっきまでの険しい顔は瞬時に変貌し、張り付いた様な笑みを浮かべていた。


「……もしもし? あぁ、久しぶり。そっちの学校生活どうって? あたし? あたしは中学の時と変わんないよ。……あぁそういえば――」


 表面上だけ仲良くしていただけの友人からの電話に辟易しながら通話をする麻里奈。無駄話に付き合わされるハメとなり、顔は笑みを浮かべつつも額には青筋を立てていた。


「――へぇ~そうなんだ。……あっ! あたし、先生に呼ばれたから切るね! じゃあまたね~!」


 三文芝居と共に終了ボタンを押した麻里奈はイライラを募らせていた。そのイライラを抑えるべくガムを噛む事にする。ポケットに入れた瞬間、彼女は顔を蒼白させた。


 命の次に大事なあの手帳が無い。間違いない。あの教室内に忘れてしまったんだ。


 優等生である筈の麻里奈はさっきまでいた教室目掛けて廊下を駆ける。そして勢いよく戸を開けると、そこには居る筈も無い男子生徒が何故か居た。


「の、野上さん?」


 城戸隆司。頭脳6、運動2、容姿5、協調性6。脅威性は1から10へ。昼休みも一人で黙々とスマホゲーをやっているような陰キャが手帳を持っていた。

 状況は最悪だ。麻里奈は平然を保つだけでも精一杯だった。取り敢えず手帳だけでも戻しておかなければならない。彼女はそう判断した。


「……これ、私の手帳なんだ。城戸君が見つけてくれたの?」

「あ、う、うん。教室間違えちゃってさ。そしたらこれがあって……。か、返すよ」

「ありがと。……ところでさ、手帳の中、見てないよね?」

「み、見てないよ」

「…………そう。良かった」


 嘘を吐け。しっかり見ちゃいましたって顔に書いてあるんだよ。麻里奈は隆司の顔を見るだけで虚偽を看破した。特段恨みは無いがどうにかして排除しなければならない。運が悪いと思って高校卒業は諦めて貰おう。


 ※


 放課後。麻里奈は誰も居ない校舎裏で屯している不良三人組の所へと向かった。


「……あぁ? 学級委員長サマがこんな所に何の用で?」

「……早舩さん達。どーしても貴女達に頼みたい事があるの。やってくれない?」

「はぁ? 手伝う義理なんかねーよ。優等生サマはさっさと失せろ」


 ——ああ、全く。社会に出ても何の役にも立たないプランクトン以下のカスはどうして無駄な抵抗をするのかな。……仕方ない、コイツら相手ならバレても問題無いよね。


「……いいからさっさという事聞いておいた方が身の為だよ? 痛い目に遭いたくないならね、ド底辺共」

「あぁ!? ふざけんな、クソ女!!」


 瞬間湯沸かし器の如く布江黒子はあっさり挑発に乗り、殴り掛かってきた。麻里奈は余裕綽々で避け、擦れ違いざまに空いていた方の手の小指一本を握り、甲の方向へと伸ばした。


「痛い痛い痛い痛い!!!」

「布江黒子。短気で喧嘩っ早く常に喧嘩三昧。けれどそれは自分が勝てる相手のみで勝てない相手にはとことんへつらってる小物。……あたしは嫌いじゃないよ? そういう醜くも賢明な生き方」


「アンタいい加減に――!」

「安藤紗仁。オタク趣味の生徒をキモいと馬鹿にしているけれど実は自分もオタク趣味である事を隠しているがバレバレであるから猶更イタい。……同族嫌悪ってヤツ? とことんつまらない人間性だね」


「お前よくも黒子と紗仁を!」

「早舩織香。医者の両親から常に成績優秀な妹と比較され、家では居場所が無いからその憂さ晴らしとして不良行為に走る一族の恥晒し。……悲劇のヒロイン気取りって感じでなかなか泣かせるじゃない」


 それなりに喧嘩をこなしてきた筈の不良、しかも三人纏めての相手を麻里奈は軽くあしらい、動けなくなるまで痛めつけた。


「どう? みーんなアンタらを敵対視してる人達から聞いたの。あたらずといえども遠からず、でしょ?」


 心も体もバッキバキにへし折り、地面に平伏ひれふしていた織香達は言葉を失い、半泣き状態となっていた。こうなったらもう準備は完了した。


「さぁて、ワルぶってるだけの負け犬さん達? ……あたしの言う事、聞いてくれるよね?」


 優等生という名の仮面を被った悪人は小悪党達の差し金となり、自分の手を汚さずに隆司を不登校にまで追い詰めたのであった。

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