15 江郷逢衣は頭を下げる。
――話は遡る事、入学式から一週間程経ったある日。城戸隆司はその日から織香達の標的にされていた。理由はいつもオドオドしていて、見ていて苛つくから。ただそれだけの理由だった。
『城戸、お前彼女いんの?』
『え? 彼女――?』
『居るワケないよねぇ? お前みたいな陰キャに』
『それは……』
『私が付き合ってあげよっか?』
最初こそは言葉で
『城戸ぉ? お前ってホントにツイてんの?』
『な、何言って――』
『ちょっと見てみよーよ』
『さんせーい』
『ちょっ! やめっ……辞めて!』
織香と紗仁が小柄な隆司の身体を抑えつけて拘束し、黒子が隆司のスラックスを脱がせようとした。
『辞めてってばぁ!!』
いくら非力でも、いくら痩躯でも男の意地がある。二人掛かりで抑えられていた隆司は必死に藻掻いて振り解こうとする。右へ左へと上身体を
『ご……ごめ――』
『このクソヤロウがああああ!!!』
殴られた黒子は忽ち逆上し、謝罪をしようとした隆司を思い切り突き飛ばし、蹲った背中を何度も何度も何度も何度も蹴りつけた。それも常識を逸する勢いで。
それは共犯者であった筈の織香と紗仁が思わず黒子の方を止めようとする程であり、騒ぎを聞きつけてきた教諭が強引に隆司から引きはがそうとしても暫く暴れ狂っていた程であった。
『……要するに、城戸が叩いたから布江は怒って何度も蹴ってしまった。そう言う事だな?』
『先生!?』
『布江はやり過ぎなのは確かだ。だが最初に手を上げた城戸も悪い。……お互い喧嘩両成敗って事でいいよな?』
『ちょっと!? 先生、ちゃんと話聞いてました!?』
『……それでいいスけど』
『……よし、じゃあという事でこの話は終わりだ。もう二度とすんなよ。めんどくせーから』
ようやく怒りが収まった黒子と砂埃まみれになった隆司は職員室で事情を説明した。しかし面倒事に巻き込まれたくない教諭は敢えて事実を歪曲して聞き入れてしまった。隆司は異議を唱えようとしたがそれを遮る様に結論付け、黒子もそれに同調したので話はそれだけで打ち切られた。
『おい、アイツ女子に喧嘩に負けたんだってよ』
『だっせぇよな』
『女の子に手を上げるとかサイテー。布江さん可哀想』
『何であんなクズが生きてんの? 死ねばいいのに』
噂というものは尾鰭が付いて広まっていくものである。真実を知らないクラスメイト達は隆司をとことんにまで貶して、とことんにまで蔑んだ。そうして本来被害者である筈の隆司は居たたまれず耐え切れなくなってしまい、学校に行かなくなってしまった。
噂を知らない者は最初こそ疑問に思いつつも次第に居ない者として受け入れ、噂を知っている者は嫌悪でしかない奴が消えてくれたと清々していた。そして織香達は偶然にも一部始終を目撃してしまったクラスメイトの
※
「——というワケだ。だから皆、城戸の事を金輪際悪く言うなよ。……城戸、本当にごめん。……って言ったって今更謝ったって許して貰えるワケねーよな」
今日までずっと知らない真実を明かされ、クラスメイト達は動揺を隠せずにいた。隆司は織香達の話を黙って聞いていたが、眼鏡越しに大粒の涙を流していた綾に気付いて驚いていた。
「城戸君……私からも本当にごめんなさい……!! 私が皆の誤解を解いてたらこんな事にならずに済んだのに……! ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
「そんな、小泉さんが謝る事じゃ……」
隆司と同じく気弱で引っ込み思案だった綾は、悪に屈してしまった。そしてずっと罪悪感に苦しんで学校に通っていた。隆司は申し訳なさそうな顔を浮かべて慰めようとしたが、彼女の涙が止まる事は無かった。
もはやHRどころではなくなった。そんな中、織香達は呆気に取られていた教諭の方へ身体を向けた。
「……先生、話を聞いていた通りです。城戸は何も悪くありません。悪いのは全部アタシ達です。ムシのいい話だって思われるのは承知の上でお願いがあります。……城戸が今まで欠席してた分を全部取り消してください」
「な、何言ってんだお前ら――」
「ウチら、トイレ掃除でも雑草抜きでも何でもやります!!」
「何なら停学でも退学でも何でも受け入れます!!」
お願いします!! 元不良少女達は深々と頭を下げて嘆願した。怠惰な教諭はどうしていいか分からずに、なあなあな態度で織香達の頭を上げさせようとした。今朝三人が言っていた償いを補佐するべく、逢衣はわざとらしく椅子を鳴らしながら立ち上がった。
「……私からもお願いします、先生。トイレ掃除や雑草抜きが必要ならば私もやります。……お願いします」
逢衣も最敬礼と共に頼み込んだ。教諭は驚いていたが、一番驚いていたのは織香達であった。
「……どうする?」
「無関係な筈の江郷さんがやるってんなら私らもやるしかないっしょ」
「逢衣ちゃんがやるならウチもやる~!」
「やっぱそうなる? ……まぁでも、こういうのも悪くないわよね」
沙保里と美也子と莉奈もゆっくりと立ち上がり、逢衣に便乗する形で頭を下げた。それに釣られて、一人また一人と立ち上がる。そして一人を除くクラスメイト全員が立ち上がり、校舎内に轟き渡る程の声量で懇願した。
「な、何なんだよお前ら……!? 急にそんな事頼まれたって困るんだよ……! 城戸も何か言ってやってくれ! お前だって急にそんな事言われたって、困るだけだろ……!?」
適当にあしらい、面倒事だと決めつけて見て見ぬフリをし続けていた教諭は孤立無援となる。唯一座って静観していた隆司に助けを求めた。だが少年は許すつもりは無いようだ。
「……先生、別に僕は今更出席日数がどうとか内申点がどうとか、そんなのはもうどうだっていいんです。早舩さん達は正直に話してくれた。皆は誤解だと気付いてくれた。僕はそれだけで十分なんです。……自分のやってしまった事から逃げないで下さい。ただ、それだけです」
静かに怒りを露にする隆司。今まで見た事の無い、少年の怒気に何も言えず思わず言葉を詰まらせていた。暫くの沈黙が続いた後、チャイムが鳴り響き、それに乗じる形で教諭は逃げる様に教室を出て行ってしまった。
「……城戸、今まで悪かった」
「城戸君、ごめんなさい。私達何にも知らなかった……」
「そんな。謝らないで。もう過ぎた事なんだし――」
噂を鵜呑みにして誹謗していた生徒達は一斉に隆司の元へ集まり、自分達の過ちを悔やみ謝罪し、隆司もこれをしかと受け止めた。これで晴れて彼の不登校生活に終止符が打たれる事となる。
「江郷。その……ありがとな。やっぱアンタには頭上がんないよ……」
「……早舩さん達、何故泣いてるのですか?」
「な、泣いてねーし!」
「いえ、泣いてます。しっかり目から涙を流して――」
「そういうとこ! アンタはすぐ揚げ足を取る! 友達無くすよ!」
「……申し訳ありません、以後気を付けます」
「分かってねーだろその顔ぉ!」
ヘッドロックを決められながら逢衣は説教される。頸部を締め付けられても、減らず口を叩かれても、逢衣は相も変わらず無表情であった。それを見て可笑しくなったのか織香達は笑い、近くに居た沙保里達も笑い声をあげていた。
人間は笑い合い、笑い声をあげる。笑いの明確な動機が何なのかはまだ分からず仕舞いであったが、自分も笑声を出してみれば何かあるのかと思い、アンドロイドも真似して笑い声を上げてみたのであった。
――この時、逢衣達は知らなかった。大団円で終わりそうな教室内に、唯一不満を募らせている者が存在しているという事に。
To Be Continued...
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