08 江郷逢衣は笑顔を作る。
早舩達と多少のいざこざがあったが、それ以上の出来事は発生しないまま無事に今日の授業が全て終わった。逢衣は昨日と同じ様に家に帰ろうとしていると、後ろから呼び止める声が聞こえてきた。正体は此方へ目掛けて駆ける麻里奈の声であった。
「江郷さん、途中まで一緒に帰らない?」
「分かりました。一緒に帰りましょう」
聞けば今日の部活動が休みらしく、そのまま帰ろうとした時に見掛けたから声を掛けてみたらしい。断る理由も無かったので逢衣は麻里奈と共に駅を目指した。
「……江郷さん、何か困った事とか無い?」
校門を出て、肩を並べて歩いていると麻里奈が唐突に訊ねてきた。何の事を聞いているのか不明瞭であった為、答えを出せずにいた。それを察してか彼女は言葉を続ける。
「あぁ、その、江郷さんこっち来て日が浅いでしょ? 何か分からない事あるかなぁって思ってね」
「……今の所、不備は有りません」
「……そっか。何かあったらいつでもあたしに言ってね。あたし、これでも一応は学級委員長だから!」
隆司の事、一番クラスの事情に知ってそうな野上麻里奈に聞いてみるか考えてみたが、芳しくない結果になるであろうと結論付けた。あれ以降早舩達に一日中警戒されていた。今聞けばあの三人に漏洩する可能性が高い。仮定の話になるが、彼女にも危険が及ぶ事が想定される。今は状況が悪いのでもう少し見計らってからが妥当と判断した。
「ありがとうございます。頼りにします」
「ほんっとうにカタいなぁ江郷さんは」
そんな話を繰り広げている内に逢衣が利用する駅に到着した。麻里奈は駅に乗らずそのまま歩いて帰るらしい。彼女はT字路を曲がった。
「じゃあまたね、江郷さん」
「ええ。また明日、です」
麻里奈が手を振りながら離れていく。彼女が角を曲がって姿が見えなくなるまで逢衣も小さく手を振った後、改めて駅へと向かった。
改札前まで進むと、柱に背中を張り付かせながら此方を見ている何かが居た。もし不審者ならば人間社会において秩序を乱す存在である為、見逃してはならない。逢衣が臆する事無く肉薄すると、謎の存在は素っ頓狂な声を上げた。
「……城戸さん?」
「や、やややや、やぁ、江郷さん。きっ、ききき、奇遇だねぇ」
その正体は今朝出会ったばかりの隆司だった。逢衣に見つけられた事に気付いた少年は何故か激しく取り乱しており、胸元を手で抑えながら壊れた玩具の様に吃っていた。
「大丈夫ですか? 何処が具合が悪いのですか?」
「だ、大丈夫大丈夫!! 大丈夫だから!!」
様子がおかしい隆司の体調を確認するべく逢衣が顔を覗き込んでみると、彼は慌てて距離を取り何度も深呼吸して息を整えた。気が弱くて、いつもオドオドしていて、落ち着きが無い。雄太の隆司に対する評価は概ね一致していた。
「……そういやさ、江郷さんって野上さんと仲良いの?」
共に電車に乗り、走り出してから暫くして隆司が聞いてきた。駅近くまで一緒に歩いていた所を見ていてその事を聞いているのだろう。逢衣はそう判断した。そして逢衣は改めて野上麻里奈という人物を昨日今日と短くはあるが纏めてみる事にした。
野上麻里奈。出席番号は三十三番。性格は明るく活発的。運動も勉強も出来る。覇気の無い担当教諭の代わりに学級委員長としてクラスを纏めているので皆から頼りにされている。彼女の特徴を上げれば、非の打ち所がない人物と評する事が可能だ。
「……まだ昨日今日としか出会っていないので判断材料が足りていませんが、クラスの皆様を先導するに値する方だと思われます。なので良好な関係を築きたいと考えています」
「あぁ……、江郷さんもか……」
「私も……?」
「ううん何でもない! ……そうだよね。野上さんは凄い子、だよね……」
「……何か言いたい事でもあるのですか?」
「えぇ!? い、いや無いよホント!! うん!!」
隆司はまたしても何か言いたそうに口籠った。言いたい事があるなら言えばコミュニケーションは円滑に進む筈だ。何かを伝えたい意思は表情を見れば明確である。それなのに彼は黙秘している。
人間には不便であるが、視点を変えれば便利な機能を搭載しているのだと判明した。雄太の件、早舩達の件、隆司の件。挙げた人物は思考が表情に出ていた。端的に言えば何を考えているのか分かりやすい。秘匿性に欠ける点は不便であるが、逆を言えば表情を出せば言葉を介さずとも意思疎通が可能という点は利便性があると捉える事が出来る。
「…………」
「……江郷さん、何してんの?」
アンドロイドである自分も大助や琢磨の様に笑ってみれば、人間の心情に何かしら変化を与える事が可能なのか。逢衣は検証するべく両人差し指で口角付近を突き上げてみた。
「……どうですか、何か感情に変化はありますか?」
「……あははははは!!」
隆司は電車内であるにも関わらず抱腹絶倒した。同じ車両に居る利用者達は忽ち彼女らに注目している。それでも彼は笑いを抑えられずにいた。
「はははは……! あー笑った……! ――ありがとう江郷さん、何か元気出たよ」
「そうですか。お役に立てれたのであれば幸いです」
明るく晴れ渡ったような表情となっている隆司を確認した後に逢衣は作り笑いをやめ、いつもの無表情へと戻した。
そうこうしている内に電車は降りる駅に到着しそうだったので逢衣はドアの近くで待機を始めた。
「……あのさ江郷さん、ちょっとライン交換してくれない?」
「ライン? 何故ですか?」
「ほら僕、口下手なの江郷さん知ってるでしょ? 文章なら上手く言いたい事言えそうな気がしてさ」
話がしたいのであればメッセンジャーアプリを利用しなくとも平日の同じ電車に乗って会えばいいだけである。逢衣は利用する理由が無いだろうと判断していたが、隆司の言い分は非常に合理的であった。直ぐにラインを起動し、隆司と友達登録した。
丁度電車が停まり、ドアが開く。逢衣はスマホをポケットに仕舞って降りると今朝と同様に隆司が呼び止めた。
「今日はありがとう。江郷さんに会えて、良かった」
「……また会いましょう」
逢衣は電車と共に遠く離れていく隆司を見えなくなるまで見送った後、大助達が待っている家へと向かうのであった。
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