07 江郷逢衣は調査する。

 多少のイレギュラーは発生したものの、本来の予定時刻から著しくズレが生じる事無く殿羊高校の最寄り駅に到着した。電車から降りる逢衣に続いて隆司も降りようとしたが、一歩が踏み出せず、そのまま電車に乗り続ける形となった。

 江郷さん! と少年は電車に乗ったまま、駅から出ようとする彼女を呼び止めた。


「また……会えるよね?」

「……平日の同じ時間帯にこの路線に乗っていたら会えます」


 振り返りながら逢衣がそう告げると、隆司は少しばかり眉尻を下げながら笑った。直ぐにけたたましく発車ベルが轟き、場内のアナウンスと共にドアが閉まる。

 窓越しから少年が彼女に対して何か言いたそうに唇を震わせていたが、電車は容赦無く二人の距離をどんどんと離していった。隆司を見送った逢衣は顔色一つ変える事無く学校を目指したのだった。



「江郷さん、おはよう!」

「よぉ江郷!! 相変わらず無表情だな!!」

「おはようございます。野上さん、日野さん」


 時刻は八時二十一分。電車の急停止もあって少しばかり遅れてしまったが遅刻には至らなかった。教室に辿り着くと、先に登校していた麻里奈と雄太が挨拶をしてきたので逢衣も直ぐに挨拶を返した。挨拶は基本中の基本。出来ない奴は社会で生活する価値無し。大助が生活を送る中で教えてくれた教訓の一つである。

 ふと逢衣は二人の後ろを見ると、四月二十六日に取り囲んできたあの三人が下品な笑い声を上げて駄弁っている姿を見つけた。左から順に布江ふえ黒子くろこ早舩さふな織香おりか安藤あんどう紗仁さに。名前と顔の情報を一致させた逢衣は三人の元へと向かった。


「……何?」

「おはようございます。布江さん、早舩さん、安藤さん」

「んだよウゼェな向こう行けよ――」


 三人は不可解そうな表情と共に逢衣を睨んでいた。リーダー格と思われる早舩が機嫌が悪そうに悪態を吐いた瞬間、何かに気が付いた様で直ぐに口を噤んだ。


「……おはよう」


 そして借りてきた猫の様にしおらしくなった後、不本意そうに挨拶を交わした。ふと後ろを振り返って見ると先程の二人が居て、麻里奈は逢衣の手を引いて早舩達から遠ざけていく。


「江郷さん、早舩さん達に話しかけるのは止めておいた方が良いよ」

「何故ですか?」

「えーっと、ほら、アレだ! あの三人はあのグループでもう完成してる様なものだから割って入らない方がいいんだぜ!」


 定まらない視線と共に雄太が麻里奈の代わりに返答する。この表情、この目の動きは心理学的観点からして虚偽を述べている場合が多い。何故嘘を吐くのかと逢衣が問い掛けようとした時、チャイムが鳴り響き、他のクラスメイト達と教諭が次々と教室に入っていく。その流れに乗じで二人は逃げる様に自分の席へと向かっていってしまった。最優先事項は時間内の着席であるので逢衣も急遽自分の席へと向かい椅子に座った。


「出席を取るぞ。来てない奴いるか?」

「先生、城戸君が来てません」

「城戸ね、ハイハイ……。後は皆来てるな? じゃあ今日も一日――」


 いつもの事か、とばかりに教諭は隆司の欠席にも気に留めず閻魔帳を開いて記載していく。まるで最初から居ないのものとして同然の扱いであった。一同もまたそれに異を唱える事も無く同調している。一人、江郷逢衣を除いて。


「……城戸さんはいつも学校に来ないのですか?」

「城戸君? さぁ……最初は見かけてたんだけどいつの間にか来なくなってたよね、何でだろ?」


 教諭の話を遮らない様に小音量で近くの女子生徒に聞いてみても有力な情報にはならなかった。何かある。逢衣はそう結論付けて、休み時間を利用して他の生徒達や先生に話を聞いて情報を収集してみる事にした。


「城戸の事何か知ってるかって? ああ!! アイツは気が弱くていっつもオドオドしてて落ち着きが無い奴だったな!! 剣道やれば多少は根性身に付くかと思って誘ってみたんだがあっさり断られたな!! 残念な限りだワハハ!! それで思い出したんだが江郷は剣道に――っておい江郷!? 何処行くんだ!? 剣道の見学ならいつでも待ってるからなー!!」


 雄太からは隆司の為人ひととなりを教えてくれた。話の途中で剣道の勧誘になってしまったが、情報収集が優先事項だったので話を聞かずに直ぐに移動した。


「城戸? あー……、悪いがその話についてなんだが俺に聞かないでくれるか? 色々と面倒だからな。俺も俺で色々と忙しいしで、転入生のお前は気にしないでいい話だから、な? 分かってくれるよな? な?」


 教諭は隆司の話題について難色を示し、目を背けようとしていた。逢衣は大助と教育の過程で一緒に観たドラマで登場する熱血教師と目の前に居る事勿ことなかれ主義の教諭と比較して、作品の世界と現実の世界とは一致しないものだと知った。一向に役に立たない人物と判明し、逢衣は再び教室へと戻った。


「城戸君について? ……ごめん。私、何にも知らない――」


 クラスメイトに聞いてみると、何故か目を逸らして言い淀んでいた。何か隠している可能性が高いと判断した逢衣が問い質そうしようとした時、誰かが後ろから彼女の肩を叩いたので、瞬時に振り返った。


「転入生ちゃーん、悪いんだけどちょっと来てくんない?」


 後ろに居たのは昨日の小悪党三人組だった。何か言いたそうな表情と共に此方を睨んでいる。有無を言わさず逢衣の背中を力強く押していき、教室を出ていかされ、廊下を歩かされ、女子トイレに入れられると、そのまま壁に目掛けて突き飛ばしてきた。逢衣が両手で庇い、振り返ると早舩達は苛立っている様な表情を浮かべていた。


「言ったよねぇ? 平和に穏便に学校生活を送りたいならって。……もしかして記憶力悪いの?」


 昨日の発言に関してならば撤回や訂正が無ければ出しゃばらなければいいだけの話である。三人に問い詰めたわけでもなく、三人について聞いているわけでもない。極力関わらない様にしてはいる。それなのにこの仕打ちは矛盾している。


「……城戸さんについて聞く事が早舩さん達と何か関係があるのですか?」

「ッ! ……そういやさぁ、最初から気に食わなかったんだよねぇ。その顔!」


 三人は一瞬だが少し動揺した素振りを見せた。それを誤魔化す為なのか、三人の内の一人、布江黒子が詰め寄ると逢衣の髪を鷲掴みにして彼女の無表情な顔を覗き込む様に睨みつけてきた。


「その怖いモノなんか何一つありませんって顔! ほんっっとうに気に食わないんだよ! ……本気で痛い目に遭わしてやろうか?」

「……私は貴方達と何か関係があるのかと聞いているのですが」

「このっ……!!」

「やめな黒子。いっぺん頭に血が昇ると加減出来ないのがアンタの悪い癖。それでもバレたんでしょうが」


 早舩が諫めた事により、布江は振り上げた握り拳をそのまま降ろす。そして腑に落ちない様子で逢衣の拘束を解くと、やり場のない怒りを個室トイレのドアをぶつけるべく蹴りながら出て行ってしまった。


「……転入生。これ以上城戸について嗅ぎ回るな。これはアンタの為でもあるんだよ」

「……どういう意味ですか?」


 早舩達は彼女の問い掛けを無視してきびすを返すと、暴走している布江を追い掛けるべく逢衣から去っていった。城戸隆司の一件はあの三人が根深く関わっているようで疑問が大きくなる一方だ。それと同時に懸念点も発生してしまった。慎重に、内密に、早舩達に勘付かれない様に情報を集めなければならないようだ。


 逢衣は乱れた髪を元に戻し、制服を整え、リボンを結び直すと何事も無かった様にトイレを後にしたのであった。

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