第34話 大激怒お兄ちゃん

「しょうがないじゃん。手が止まんなかったんだもん」


 うぎゃうにゃと抗議の声を上げるケラフに対して、ハニ伍長はあっけらかんと言った。

 私が作ったチップスはすべて彼女の胃袋の中に収まったらしい。


 想像以上に早い。

 いやそもそもの数が少なかったこともあるだろうけど。


「いやー、いいね。これなら軍の皆でイイ感じに宇宙クマのコアを処分できそうだなぁ。お腹もいっぱいになるし。葉っぱの方もおちゃ? ってのに出来そうだって言ってたよね?」

「おいコラ! はぐらかすな! これだから軍人は嫌いなんだ!」


 牙を剥いてさらに威嚇するケラフ。

 しかしハニ伍長にはまったくといってもいいほどに響いていない。

 まあ私にも全く怖くないもんね。猫ちゃんの威嚇。


 怒りのボルテージが頂点に達しそうなケラフを諌めようと「待って、ケラフ。コアならまだあるし。作ってあげるよ」と私は3本線の入った後頭部を撫でてやった。


「ソラぁ……オレにはお前しかいねえよ」


 そう言って、ケラフは私の手に頬を擦りつけ始めた。

 その横でオメガくんが「コアなら」と口を開く。


「まだ山ほどありますからね」


 そう言って彼は冷蔵庫のドアを開いた。

 ドクター・メイプルの空間拡張技術で広げられた庫内には、オメガくんが小分けにしたコアが宇宙トビウオのあごだしと並んで保管されていた。


 これだけ小分けにしてあれば、しぶとい生命力を持つ宇宙クマも再生することもないだろう。かの植物型侵略者は、他の植物と同じく適度な温度と日光が必要なのだ。


「オメガくん」

「はい」


 コアの一欠片を片手にするオメガくんに、私はスライサーを差し出した。


「……これは?」

「一緒に作ろうよ、チップス。これからたくさん作らなきゃだし、スライスするの手伝ってくれたら嬉しいな。見てたでしょ? 私の作ってるところ」


 オメガくんは地球の知識にアクセスすることは出来ても、料理の技術はプログラミングされていない。だから、料理ができないのだと以前聞いたことがある。


 でも、スライサーでスライスするくらい、最新型のアンドロイドなら簡単にできるはず。コアをナイフで小分けにするのとそう違わないはずだ。


「料理ってさ、食べるのも楽しいけど、作るのも楽しいんだ。誰かがケラフやハニ伍長みたいに喜んでくれるのを見るとさ……あぁ、作ってよかったなぁって思えるんだよね」


 スライサーを受け取ったオメガくん。

 いつも無表情か険しい表情を浮かべている彼の口角がほんの少しだけ上がる。


「……ありがとうございます。僕に気を遣ってくれているのですね。貴方の料理の手伝いが出来ないと嘆いていた僕に仕事を振ろうと……」

「いやいや、別に気を遣ってるとか、そんなつもりはないんだけどさ。一人で棒立ちってのも寂しいかなって」


 それから、狭い厨房の隅でぎゃんぎゃんと言い合いをしている宇宙人たちをチラッと横目で見ては肩を竦めてみせた。


「ハニ伍長は相当な大食らいだからさ、二人が満足する量を作ろうとしたら一人じゃ大変だよ。だからオメガくん、お願い」

「分かりました。僕の腕でよければいくらでもお貸しします」




 それからオメガくんと協力してチップスを大量生産した後、私はケラフやハニ伍長を下の居住区に連れ込んだ。


 私の頭3つ分はあろう宇宙クマのコアを全部スライスして(スライサー一つじゃまかないきれなかったから、最後は包丁で薄切りにしただけ)その全部をチップスにするのは随分と骨が折れた。


 けど。


「はぁ……食った食ったぁ……」


 ケラフがまん丸になったお腹を抱えて、私のベッドの上でごろんと横になっている。その横、ソファには同じく満足そうにお腹をさするハニ伍長の姿が。


 二人の幸せそうな姿を見るだけで、この疲れも吹っ飛ぶというものだ。


「……もふもふの言うとおりだったねぇ。病みつきになっちゃう」


 皿の上に残された宇宙クマのコアチップスのうち一枚を手にして、ハニ伍長は「これなら毎日食べられそうだよ」と笑った。

 ギザギザに尖った歯が照明の下できらりと光る。


 それからおいしそうな咀嚼音がハニ伍長の頬から聞こえてきて、無性に食欲が湧いてくる。


「本当は揚げるともっと美味しいんですけどね」

「あげる?」

「加熱した油に入れて火を通すんです。より高温で火を通すことが出来るので、もっとかりっかりに出来るんですよ。チップスが油を吸って、それがまた美味しいんですよね」


 食用油があれば、コアももっと美味しいチップスにすることができただろう。

 アンドロイド用の機械油ならどこででも手に入るけれども、食用油はどこにもない。バターももちろんないし、牛だっていない。


 シュブみたいにこっそり持ち出している人は宇宙のどこかにいそうではあるものの、その人物を探し出すのは困難だ。

 シュブと出会えたのもケラフに襲われたおかげだしね。


 これ以上の幸運は早々にないだろう。


「油ねぇ……ユニワからエネルギーを取るときに出る堆肥用油とか使えるかもよ? 口に入れても問題はないと思うし……」

「ユニワから油がとれるんです?」

「うん。エネルギー源を搾り取った残りかすに油があるんだ。他にも籾殻とかもあるよ。それもユニワの堆肥にするんだよ」

「……実物はまだ見てないけど、本当にユニワってお米に似てるんだ」


 光るゲーミングお米。

 油や籾殻も光ったりするのだろうか?

 いや、籾殻があるなら米ぬかも作れる?


 他にも色々作れそう。

 料理の幅がどんどん広がるはずだ。


「おーい? ソラちゃん?」

「はい?」

「いや、じっと考え込んでるからさ」

「あ、すみません。ちょっと、ユニワの油が気になって……油があればチップスももっと美味しくできると思うし、ユニワそのものの味も……」

「そういえば、ソラちゃんたちがオプトに来たのって、メイプルの研究のためだっけ? この〝りょうり〟もメイプルの研究の一つだったり?」

「あ、それは……」


 私は部屋の片隅に立つオメガくんへと視線を送った。

 真実を告げるべきかどうか。


 ハニ伍長はホログラムの軍人と違って私たちに好意的だ。

 真実を教えても、すぐにオプトを追い出されるってことはないだろうけど。


「今回、僕たちがオプトに来た理由にドクターは無関係です。ソラさんが目指す至高の美味しい料理——カレーライスの原料にユニワが適している可能性があったためです」

「かれーらいす……どんなものか全然想像できないけど、まさか軍用アンドロイドが軍に嘘つくなんてね」

「ごめんなさい、ハニ伍長。オメガくんが嘘をついたのは多分……」


 そこまで口にしたところで、ハニ伍長は「分かってる、兄ちゃんせいだよね」と笑った。


「さっきから言ってる兄ちゃんって……?」

「ゴズ大佐のことだよ。ソラちゃんも多分、顔見たと思うんだけど。第8エリアに降りてくる前……ほらホログラムで警告してた人。あれ、ボクの兄ちゃんなんだ」

「ああ、あの……」


 あの高圧的な一本ヅノのチクチク軍人か。


 あの軍人——ゴズ大佐がハニ伍長の兄だなんて驚きだ。

 刺々しい物言いに高圧的な態度のゴズ大佐と、朗らかで細かいことはまったく意に介さないハニ伍長。対照的な兄妹だ。


「はは、兄ちゃん口悪いからなぁ。すぐ怒るしね。いっつもユニワの収穫量のことでカリカリしてんの。Ω500型も、兄ちゃんに正面からユニワを譲ってくれって言っても無理だって判断したんだろうね。……っと」


 指についた塩を緑の舌で舐めとっていたハニ伍長は、何かに気付いた様子で軍服のポケットに手を突っ込んだ。


「噂をすれば兄ちゃんからコールだ」


 それから端末を引っ張り出して、先の尖った耳に押し当てる。


「はい、ハニ伍長です。兄ちゃ……あ、大佐……はい? 第8エリアの発着場に来た? え? うん、黄色い船にいるけど? ここを動くなって?」


 ハニ伍長が聞き返す言葉に一抹の不安を覚えた時、「この愚妹がぁっ!」にわかに轟く男の怒声がキッチンカーを貫いた。


「――ハニ?! ここに隠れていたのか!?」


 激しくがなりたてられたその声は、開きっぱなしのハッチから狭い私の部屋へ飛び降りてきた――ゴズ大佐から放たれたものだった。

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