第33話 宇宙クマのヘルシーチップス(うすしお味)

 何故、食材に火を通すのか。

 それは何より食中毒を未然に防ぐためである。


 もちろん、黄色ブドウ球菌が出した毒素やヒスタミンのように加熱で不活性化出来ない毒もあるので、火を通せば100パーセント大丈夫ということではないけれども。


 惑星オプト、第8エリアの発着場に戻ると、私はすぐに調理の準備に入った。

 ボツリヌス毒に似た毒――この宇宙ではコカトリス毒というらしいが――は、やはり私の見立て通り、加熱することで失活されるらしい。


 オメガくんが出した加熱の目安は、100度で5分程度。

 思った以上に短時間で失活するというのなら、これを料理しない手はないだろう!


「でもよ、毒があるって分かってて良く食おうって思うな。末恐ろしいぜ」


 ケラフがぎょっとした様子で作業中の私の手元を見上げている。

 万が一のことを考えて衛生手袋をした私の手の中には、オメガくんにお願いして解体してもらった宇宙クマのコアがあった。


「地球じゃ普通のことだよ。食べ方を誤ったら死ぬかもしれない凶悪な食べ物……餅ってのがあってね。それでも日本人は食べるんだよ。美味しいから」

「……モチ……いかれてるな。いや、それくらい頭のネジが外れてなきゃ、あの捻れヅノ連中にあんな立ち回り出来ねえか」


 畏怖を込めたその言葉に頬を緩めながら、私は手の中にある星のない宇宙みたいに真っ黒な断面を見下ろした。

 体毛(葉)やコアの表面と同じく、漆のように黒いコアの内部は水分を含んでいてしっとりとしている。


 オメガくんの小型粒子砲で焼かれていた表面とは異なり、コアの中心部にはほとんど火が入っていない。

 恐ろしいほど耐熱性能が高いのかとも思ったけれど、単純に宇宙クマの樹木部分が熱を遮ったためだとはオメガくん談。


 仮に耐熱性能が高かろうと、薄くスライスすればより火が通りやすくなる。

 それで5分も焼けば、コカトリス毒もより効率よく失活させることが出来るだろう。


「それで、どうするのさ。このコア。その拷問器具みたいなのって何?」


 ケラフと一緒に私の調理風景を眺めていたハニ伍長がふと訊ねてくる。

 第8エリアのユニワが壊滅状態になった上に、他のエリアも酷い状況に追いやられてしまったというのに、彼女が落ち込んでいたのは最初だけ。


 むしろ「やっちゃったもんはしょうがないかぁ」と全てを諦めた様子だ。開き直ったともいうかもしれない。むしろ、宇宙クマの料理風景を興味津々に観賞中だった。


「拷問器具……」


 ハニ伍長の言葉を復唱して、私は思わず破顔した。


「えー何々? 何がおかしいのさ」

「いえ、前も似たようなことを聞いてきた人がいて……」

「本当? ボクと同じ感性を持つとは、さてはソイツ出来るヤツだな?」


 黒山羊会バフォメットのニグラス人だとは言えないので、私は曖昧に笑って済ませた。

 それから彼女の注意を引くように、拷問器具スライサーで手頃にカットした宇宙クマのコアをスライスしていく。厚さは大体1~2ミリ程度。


「これをこうやって使って、こんな風にスライスするんですよ。ぺらぺらにしたら、水分を取って、塩をまぶして……後は焼くだけです」


 厨房の壁にかけてあったフライパンを手に取ると、コンロにおいて火をかける。

 十分にフライパンが熱されたところで、スライスコアを投入。


 片面を弱火でじっくり5分。もう片面はサクッと2分程度。

 オメガくんの言うとおりだったら、これでコカトリス毒も不活化するはずだ。


「おお、カリカリしてきた! カリカリは好きだぞ。食ってて楽しいからな」


 ぴょんぴょんとウサギみたいに跳ねて、フライパンの中身を確認するケラフ。

 宇宙海賊なんてならず者をやっていたとは思えないほどの愛嬌たっぷりな姿を横目に、私は菜箸であちあちのチップスをひっくり返していく。


「うん、イイ感じの匂いがしてきた」


 ほんのりハーブっぽい風味が熱気に乗って鼻先を掠めていく。

 いいね。クレイジーソルトをまぶしたみたいな香ばしさがある。


 漆黒スライスが水分を失って縮んでかりっかりになったところで私は火を止めた。

 最後に軽く塩化ナトリウムを振って、絡めて、お皿に乗せていく。


「これで、宇宙クマのコアチップスのできあがりっと」


 さて、後は実食あるのみ。

 何より心配なのは、コアに含まれているであろうコカトリス毒の存在だ。

 

「オメガくん、どうかな。ボツリヌス……じゃなくて、コカトリス毒、消えてるかな?」


 皿に盛り付けた漆黒のチップスを、作業の邪魔にならないようにと隅っこで置物状態になっていたオメガくんに差し出した。

 彼は琥珀色の目でじっとチップスを見つめると、激しくその眼輪筋を痙攣させた。何かスキャンでもしているのかもしれない。


 しばらくして痙攣が治まると「完全に無毒化されています」とオメガくんは断言してくれた。これ以上に頼もしい言葉もない。


「良かった。それじゃあ、一枚」


 私はかりっかりになったチップスの一枚を皿から摘まむと、口の中に放り込んだ。


 ばり。ぼり。


 堅い歯ごたえが私の顎に心地良く伝わってくる。


 そうそう!

 これこれ!


 チップスの醍醐味はこの食感にある。

 薄くてぱりっとしたチップスを歯で無遠慮にばりぼりと噛み砕く食感。


 じょわっと舌に広がる塩気!

 舌の水分を吸ってしんなりしてきたジャガイモの素朴な味わい!


 ……まあ、今味わっているのはあの巨大な宇宙クマのコアの味なのだけれども。


 コアはジャガイモとはやっぱり違う。

 ジャガイモって癖が少ないからこそ、味付けでその顔を変えるデンプン質の王様だ。


 コアは風味に癖がある。やっぱりどこかハーブっぽいのだ。

 葉から漂っていた濃縮された森のような、胸のすくすっとしたハーブ香。あの香りがほんのりと漂っている。


 だからといってマズいかというとそんなことはない。むしろこの強い癖が食欲をそそるくらいだ。


 もう一枚食べよう。


「おいソラ! 自分だけ楽しむなよ! オレに食わせてくれよっ、なあ!」

「おぉ、この様子を見るに大丈夫そう? ボクにも一枚ちょうだいよ。このもふもふが言うみたいに、完全栄養食が馬鹿らしくなるくらいなのかな?」

「あ、ごめんね。はい、食べてみて。美味しいよ。ここ最近じゃ一番かもしんない」


 物欲しげな二人の視線を受けて、私は慌てて皿を差し出した。

 毛で覆われたもふもふの手と褐色の指先がそれぞれ漆黒チップスへと伸びる。


「おおっ」

「おぉっ?」


 一見すると焦げの塊にも見えなくもないチップスを口に放り込んだ宇宙人たちは、それぞれ目を剥いてうなり声を上げた。


「ねえ、ソラちゃん、これ……」


 ばりばり。


「手が」


 ぼりぼり。


「止まらないんだけどっ!?」


 次から次へと、さながらブラックホールみたいにチップスを口に放り込んでいくハニ伍長。彼女は私の手から皿を受け取ると、そのまま一気に何枚もチップスを頬張った。


 あー、一気に沢山頬張るのも美味しいよね。

 チップスの欠片が口の中に突き刺さるのも一興だ。


「おい、お前食べ過ぎだぞ! カリカリ! オレにも寄越せっ! オレは味見係だぞっ!」


 ふしゃーっ!

 ケラフの威嚇がハニ伍長に炸裂するが、全然効果はない。

 ただ可愛いだけだ。


 そんな二人の様子を見て、私は満足していた。

 チップスは大成功だ。


「ソラ! この脳天気女が全部食っちまった! チクショウ!」


 ……え?

 もう食べちゃったの?!




…………


お久しぶりです。

近況ノートにも書きましたが、被災して3週間経過し、日常に戻りつつあります。

本日より5話を毎日更新します。以降は不定期更新となりますが、最終話まで必ず更新しますので最後までお付き合いくださると嬉しいです。

長期間コメントの返信等できず、申し訳ございませんでした。

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