第35話 ユニワ5トンの大損害
「ハニ! 第8エリアの惨状は何だ?」
六畳の狭い室内に乗り込んできたゴズ大佐は、額から伸びた一本にツノの先っぽまで緑色に染めながらハニ伍長に詰め寄った。
私の胃袋がきゅっと縮むくらいの怒声だったけど、ハニ伍長はどこ吹く風と言った具合。実の兄が相手だからか、慣れているのだろう。
私と話していた時とそう変わらない朗らかな笑顔で、憤怒の兄を出迎えるハニ伍長。「宇宙クマが暴れたからさ」と彼女はオメガくんへと視線を向けた。
「あのアンドロイドがやっつけてくれたんだ。小型粒子砲で」
「小型粒子砲だと?! そんな兵器を使えばどうなるか火を見るより明らかだろう!
ヒステリックに叫ぶゴズ大佐。
怒りの炎に燃える赤い瞳で部屋の片隅で待機していたオメガくんを睨み「貴様がやったのだなっ!」唾を飛ばして距離を詰める。
「はい。主人を護るため、手段を選んではいられませんでした」
あっけらかんと答えるオメガくんに、ゴズ大佐は大噴火。
スーツの胸ぐらを掴むと、オメガくんの首が落ちそうな勢いで揺さぶり始めた。
「このポンコツアンドロイドめがっ!」
「ちょっと、やめてよ兄ちゃん! Ω500型はソラちゃんのために……」
「たった一人の宇宙人のために、ユニワを5トンも! ただでさえあの宇宙クマのせいで収穫量が減っていたというのにいいいいいいっ!」
「〝絶滅種〟の地球人です。シュテン大佐の命令通り彼女を護ることが僕の……」
「ユニワは連邦の糧そのものだぞ! 不良品め! シュテンが情けをかけなければ、貴様はとっくの昔に宇宙ゴミになっていたのだぞ! ここでスクラップにしてくれるっ!」
懐に手を突っ込むゴズ大佐。おそらくレーザー銃がそこに収まっている。
——これはマズい!
危険な空気に突入しそう!
「ちょっと止めて! 私の部屋狭いんだから暴れないでくださいっ!」
ゴズ大佐の腕にしがみつくと、声帯を力任せに震わせて私は叫んでいた。
「何だ貴様っ!」
「オメガくんは私の大切な相棒です。すぐに銃から手を放してください!」
私は間髪入れずに続けた。
「オメガくんは私だけじゃない、貴方の妹さんも護るために小型粒子砲を使ったんです。場合によっては皆やられてたと思いますよ」
植物性とはいえ、宇宙クマは私の知る熊によく似ていた。
あの爪で殴られていたら、私はもちろん、ケラフやハニ伍長だって危なかっただろう。
「ふん、脆弱な地球人と高貴なるオグレス人を一緒にするな! 我ら軍の庇護がなければとっくの昔に植民地にされていたであろう星の原始人がっ——」
そこで「兄ちゃん!」といつになく真剣なハニ伍長の声が私の部屋に広がった。
「落ち着いてよ。いっつもカリカリしてさ。しょうがないじゃん。ノルマ通りの収穫量じゃないって、頭に来るのはわかるけどさ、終わったことでキレてもどうしようにもないんだし……このΩ500型をここでスクラップにしてユニワが元に戻るの? 戻らないよね?」
「だが、俺たち第108部隊の使命は……」
常に向日葵みたいな明るいオーラを身に纏っていたハニ伍長の剣幕に、ゴズ大佐は呆気に取られている。
「焦る気持ちはわかるよ。兄ちゃん、聞いてよ。確かにΩ500型のせいで被害は拡大しちゃったよ? でもね、あの小型粒子砲のおかげで、いいニュースを手に入れたんだ!」
「いいニュースだと?」
「あの厄介な宇宙クマの処分方法についてだよ」
今の騒動で机の上に散乱してしまった漆黒チップスの一枚を摘むと、ハニ伍長伍長は「兄ちゃん、これを食べてみて!」と兄の口元に目掛けて突き出した。
「これ、きっとイイ解決方法になると思うんだよねぇ」
「はぁ? なんだその怪しい黒いブツはっ!? それを食えだと!?」
チョークバーしか食べてこなかった宇宙人にとって、真っ黒で硬そうなブツなど到底食べられるものには思えないのだろう。
怒りとはまた別の感情に顔を緑色に染めたゴズ大佐は、イヤイヤ期の2歳児のように首だけを背けている。
「食べたら分かるから! ほら、兄ちゃん!」
「止めろ! ハニ!」
「……オメガくん、ゴズ大佐を押さえて」
もともとこのチクチク軍人にはむかっ腹が立っていた。
散々オメガくんやシュテン大佐たちをポンコツ呼ばわりしてきたしね。
この人も地球の料理に毒されてしまえ。
「了解しました」
私の指示に従うと、オメガくんはゴズ大佐の背後に回り込む。
それからそのままゴズ大佐を拘束する。対外宇宙生命体軍用アンドロイドの力には、高貴なるオグレス人も敵わないようだ。
「Ω500型! 俺はお前の上官だぞ、ハニっ、お前もだ! は、反逆罪に……」
「関係ないよ。はい、あーん」
「ぐうううううううう」
唸り声をあげて口を閉ざすゴズ大佐。
うーん、すごい絵面だ。
ツノの生えた男に、大の大人二人がかりで黒いポテトチップスもどきを無理やり食べさせようとしている。地球で暮らしていては、一生見ることは出来なかっただろう光景だ。
私も加勢したかったけども、私の力でゴズ大佐に口をこじ開けることは体力的に難しそう。
「お? うるさい声で目が覚めたと思えば、なんか愉快なことになってんな!」
私のベッドですっかり寝入っていたケラフが、ここで目覚めたらしい。
まん丸な金色の瞳で絡み合う宇宙人とアンドロイドの姿を捉え、瞳孔をかっと大きく広げる。彼はすぐに状況を把握したらしかった。
「何だ? あいつの口ん中に、カリカリをねじ込めばいいのか?」
「うん」
「よっしゃ、このケラフ様が手伝ってやる」
こう着状態にあった3人の元に飛び込むと、ケラフはするするとゴズ大佐を抑え込むオメガくんの背中を登っていった。
それから、オメガくんの肩から足を下ろして肩車の形になると、背後からゴズ大佐の顔面に手を伸ばす。
ゴズ大佐は必死に口を閉じていたが、ケラフとハニ伍長の力には敵わなかった。
声にならない声を上げて全身で拒否の意を表していた彼だが、最後は——チップスを食べることになったのだった。
ローテーブルの横、神妙な面持ちで黙りこくるのはゴズ大佐だ。
彼はハニ伍長と同じ真紅の瞳で、机の上に残る漆黒チップスを見下ろしている。
「思ったより悪くなかっただろ? な、兄ちゃん」
「未知の経験で頭が混乱している。いったいなんなんだ。これは……」
「宇宙クマのコアで作ったチップスです」
「宇宙クマのコアだと? これが、あの……」
私の返答に大きく目を剥くゴズ大佐。
そんな彼に、ハニ伍長は快活でエネルギッシュな笑みを向ける。
「驚きだよね。燃料にも堆肥にもできない、燃やせばユニワのストレスの元になる。地下茎のせいで、駆除しても駆除しても出てくるし……負債は貯まる一方だけど。宇宙クマのコアはこうやって食べることができるんだよ! ソラがいうには、コア以外も使い道があるかもしれないみたいだし」
宇宙クマを覆う葉っぱからは芳しいハーブの香りがした。
例のコカトリス毒なるものが、葉の方に含まれていないことはすでに確認済み。実際に飲んでみないことには味のほどは分からないけれど。
「宇宙クマの根絶は無理でも、邪魔な死骸の活用法があるって連邦政府に説明できれば……」
力強く力説するハニ伍長。
ぐっと握り拳を作った彼女は、かつて私がアメノトリフネの自室でそうしたように天井へと突き出した。
「これでボクたちのオプトを救えるかもしれないよ!」
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