第28話 次こそ目指すは惑星オプト
カジノ〝
宝石がちりばめたように輝かしい舞台の上で、テルクシさんが歌っている。
心臓を大きく震わせるような、迫力満点の声量でカジノの来客たちを魅了している。
素敵な歌声だった。
途中、歌声が途切れることもなければ、咳がこの旋律を乱すこともない。
「……そろそろ植物たちの積み込みが終わる頃でしょうか」
2階の欄干に腕を突き、階下のテルクシさんを見下ろしていると、不意にオメガくんが話しかけてきた。
彼の精巧な電子頭脳は、シュブの配下たちがスパイスを運ぶ時間をきっちりと計算しているようだ。
私が提供した〝マタタビよりイイものフルコース〟を食べたシュブは、結果として彼のコレクションの一部――私が求めるスパイスたちを譲ってくれた。
その積み込み作業が、テルクシさんの舞台の裏で行われている。
出来れば私もその作業に同行したかったのだけど、テルクシさんがどうしても歌を聴いて欲しいんだって。
だから、今、こうしてカジノの2階から舞台を観賞しているというわけである。
「しかし、今後の移動が心配ですね。単純所持は……」
「違法だって言うんでしょ。大丈夫、そっちの方も考えてあるから」
考えって言うか、ただの屁理屈みたいなものだけど。
「その考えとは?」
「そもそも、その法律って特定保護惑星に関する法律なんだよね? でも、地球はこの宇宙に存在しない。それって、つまり地球はもう特定保護惑星じゃないってことでしょ。存在しないものは保護出来ないわけで。だから、所持していても問題はないんじゃないかなーって」
「……まあ、確かに、すでに地球は保護されていませんが……」
オメガくんは釈然としない様子だ。
銀河を護る平和維持軍のアンドロイドなのだから、この法の穴を突いたようなやり方はあまり好きではないのだろう。
「それにね、地球の植物がそのままここにあるってことは、だよ。今後、地球再生プロジェクトが再始動するときに、再生コストが下がるんじゃないかって思ってさ」
0から1を生み出すことは難しくても、1を10、100に増やすことはそう難しいことではないだろう。何もないよりかは、何かあった方がいいに決まってる。植物は人や動物と違って、比較的容易に増やすことができるしね。
私が生きている間に、地球再生プロジェクトが再始動することは多分ないだろう。宇宙人たちの時間感覚は私たちの何倍も遅い。
でも、もし、その日が来たとして――きっとこの植物たちはプロジェクトの役に立つはずだ。
「これはきっと地球再生プロジェクトを助けることに繋がりますって、メイプルさんに熱弁しておいたんだよ。この間、基地の拠点に寄った時にさ」
あの時、作った魚醤と一緒にケラフが持っていたショウガも一株アメノトリフネに送っていたのだ。きっと将来、プロジェクトの役に立つだろうから、と。
「あの時寄ったのはそのためですか? 合成香料を手に入れるためだけではなく?」
「そう」
「ソラさん、貴方はとても強かな女性ですね」
「そうかな? ナノマシンのおかげじゃない? それともこの3ヶ月とちょっとのおかげかな。昔よりずっと動じなくなったような気がするよ」
私がそう言い終えたところで、ぱたりと歌声が止んだ。
しんと会場が静まったかと思うと、間もなく、万雷の拍手がカジノ一帯に広がった。
セイレーンの歌姫の歌唱が終わったところで、私はオメガくんと一緒にカジノの外に出た。
そのまま停泊所に向かう最中で、可愛い猫ちゃんと遭遇した。
ケラフである。
ケラフは見るからに不機嫌そうな顔をして、どかっと私のキッチンカーの前に座り、ぱし、ぱし、と長い尻尾を振っていた。
「あれ、ケラフ。ここにいたんだ。てっきり中で寝てるかと思ったよ」
「あの捻れヅノ連中、
ケラフはシュブの吸っていたマタタビ煙草の煙ですっかり泥酔していたので、VIPルームにそのまま残してきたのだった。
シュブが「植物たちと一緒に運ばせておきましょう」と言っていたからね。まあ、起こすのも可哀想かと思って、ケラフについては彼らに任せたのだ。
まさかそこら辺に放り出すとは思わなかったけど。
「ケラフはこれからどうするの? 自前の船はそれこそスペースデブリになったわけだし」
「まぁな。今更あそこにゃ戻れねえわな」
「最初に言ってたみたいに、どこかの星まで連れて行ってあげようか? 言ってくれたら、そこまで乗せていくよ。ケラフのおかげでスパイスと出会えたみたいなものだしね」
ケラフとの出会いが、私を夢に近づけてくれた。
神様っていうものは何となく信じているようで信じていない私だけども、この出会いに関しては神様に感謝して、その頬にキスしたいくらいだった。
だからケラフを乗せて行くことには抵抗はない。
彼が暴れん坊の猫型宇宙海賊だとしても。
「……おまえ、あの汁とかカリカリよりも〝美味しい〟ものを作るんだろ? あのハッパ使ってよ」
「うん」
「じゃあ、オレも同行するぜ。オレも食ってみたいしな。お前の言ってたカレーライスってやつ。それに汁とカリカリ食ったら、あのバーなんて食えたもんじゃねえしよぉ」
オメガくんの琥珀の瞳がやめておいた方が良いと訴えかけてくる。
途中で下ろすならまだしも、ずっとなんて止めておけ、と。
確かにオメガくんが不安に思うのも分かる。
ケラフは宇宙海賊。ならず者だ。
でも――
「オメガくん、連れて行こうよ。食卓に着く数は多ければ多いほど良いし、私の料理の味見して貰うのはどう? 宇宙人の感性ってちょっと私たちと違ってたりしそうだし」
「おう! それって、カリカリとかも沢山食えるってことか? 最高じゃねえの」
しおれていたケラフの髭がぴんと立つ。
対照的につまらなさそうな表情を浮かべるのは、なんとオメガくん。
「主人の言葉は絶対ですのでこれ以上は何も言いません……が、料理に関して、ソラさんのお役に立てないのはとても残念です。貴方の警護と身の周りの世話を担当しているというのに……こんな宇宙海賊に……」
「そう落ち込まないでよ。オメガくんの知識のおかげで、ここまで上手く行ってるんだしね。オメガくんには感謝してるよ」
「ドクター・メイプルに依頼して食事が出来るようにならないか、依頼してみましょうか……少なくとも美味しいの感覚が分からないのでは、僕の役目は……」
私のフォローをよそに、肩を落としてぶつぶつと呟くオメガくん。
アンドロイドも落ち込むんだなぁと新発見。
確かに、オメガくんもご飯を食べることが出来たら、もっとこの旅も楽しいだろうけどね。
「さ、今度こそ、オプトに行こう。シュブにカレーライスを作る約束しちゃったし」
約束を反故にすれば、多分、私は夜空に打ち上がることだろう。
この広い宇宙のどこかでお星様になってしまったパンと一緒に、仲良く宇宙遊泳だ。
意気揚々と体を跳ねさせるケラフと、まだ落ち込んだままのオメガくん。
厨房に続くスライドドアを開けて、二人と一緒にキッチンカーに乗り込もうとしたところで「――待って! ソラ!」美しいソプラノボイスが私を引き留める。
「テルクシさん!」
「これ……貴方にも渡そうと思って。あの美味しいのお礼にね」
長いドレスの裾を引きずりながら、私の元へと駆け寄るテルクシさん。
彼女の手にはほんのりと発光する薄い札のようなものが握られていた。
札を受け取り、いったい何の札だと覗き込めば「あのリゲイア=カリュドーンのライブチケットじゃねえか!」とケラフが興奮した声を上げた。
「このチケットがあれば、あの子の舞台を特等席で観劇できるわ。今から、3ヶ月後、わたしたちの故郷アンテ・モエッサで」
「いいんですか? こんな貴重なチケット……」
「ソラは美味しいを届けるのが仕事なのでしょう? リゲイアのイベントには連邦中の宇宙人が集まってくるわ。きっと沢山の人が貴方の美味しいを味わってくれると思うの。その日、私も行くから、是非、ソラの〝美味しい〟を味わわせてちょうだいね」
「……テルクシさん」
私が感動に胸を震わせていると「つまり、タイムリミットは3ヶ月ということですよ」と、冷たいニグラス人の声が降りかかる。
シュブだ。
「……ワタクシのコレクションを分けるのですからね、期限を設けさせていただきました。地球人の寿命はとても短いですからね。死に逃げされては困ります」
シュブは白い手袋で覆った指で、自分の顎を撫でながら言った。
「この日、リゲイア=カリュドーンのイベントが始まるその日までに、貴方の美味しいを造り上げることです。でなくては
ひえ、とケラフが恐怖の吐息を吐き出した。
なるほど、タイムリミットか。
「……3ヶ月……分かりました。必ず貴方を唸らせる料理を作ってみせます」
「約束ですよ……さあ、テルクシ戻りますよ」
テルクシさんとシュブ、二人の姿が見えなくなったところで、私は自分の頬を叩いた。
3ヶ月なんてあっという間だ。急がなくっちゃ。
「オメガくん、オプトまではどれくらいで行ける?」
「ここからなら空間ジャンプを多用すれば1週間足らずで行けるかと」
「――よし、再出発だ!」
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