第3章 銀河米騒動
第29話 ユニワは光るし歩くらしい
「これがオプトかぁ……凄い、綺麗な星なんだね。青く光ってる」
キッチンカーのフロントガラスの向こう側には、巨大な星――大規模農業プラント惑星オプトが宇宙空間の中でぷっかりと浮かんでいる。
人工的に作られたカジノ島とは異なる、ちゃんとした丸い惑星を間近に見るのは久々だ。
惑星オプトは青い星だった。
ぱっと見は地球と変わらない、水と陸に恵まれた星に見える。
遠く輝く恒星の光を受けて、昼と夜に別れているのも地球と一緒。
日の光が届かない――夜の世界に、陸地の形に沿ってぶわっと光が広がっているのも地球と一緒だ。
「昔、見た航空写真もこんな感じだったなぁ」
記憶の奥から浮かび上がる一枚の航空写真。夜の日本列島。その写真。
東京を中心に、光が血管みたいに日本中に広がっている画像である。
オーディオから流れるのは、テルクシさんの妹リゲイアさんの歌声だった。〝星屑★みるきーうぇい〟とはまた別の新曲。これもアップテンポで可愛い曲だ。
聞いているだけでわくわくしてくる。
「ね、こんなに光が灯ってるってことは、沢山の宇宙人が住んでるってことでしょ?」
この陸の形がはっきりと分かる青白い光も、ここに住む宇宙人たちが放つ生活の明かりだろうと思っていたのだけれど。
「ああ、あれか? ユニワの光だろ?」
ケラフの返答に私は眉を顰めた。
光る?
ユニワが?
だって、ユニワって、お米の代替品になりそうな植物じゃなかったっけ。
私の記憶違いかな?
「……え、ユニワって光るの?」
「光るし、歩くぞ」
歩くって……ゲームに出てくる配管工殺しの人食い花かなにか?
「もしかして私が思っている以上に、ユニワってやばい植物だったりする?」
「そりゃ、あんな大人しい植物しか生息してねえ地球人にとっちゃやばい植物だろうな。動き回るんだからよ」
運転席に座る私と、助手席に座るオメガくん。その間で可愛らしい足を組んでふんぞり返っていたケラフが、可愛いωの口元から伸びる白い髭を撫でながらそう言った。
「……まあだからと言って、ユニワは人に攻撃してくるような危険植物ではありませんからね。管理下に置かれているユニワは大人しいですし」
「だがよ。どうやってユニワを譲ってもらうんだ? またお得意のカリカリ戦法か?」
確かに問題はそこにあった。
どうやってユニワを譲って貰おうか。
オメガくんの話によると、惑星オプトで育成されているユニワは戦艦や船、それからアンドロイドたちが使うバイオ燃料として加工・出荷されているとか。
連邦にとってユニワは大切な燃料源だ。
地球で言えば原油を譲ってくれと頼むようなものかもしれない。
相手が銀河連邦平和維持軍なだけあって、宇宙ギャングの首領シュブほど危険な交渉相手ではないだろうけど、それでも交渉は難航しそうだ。
カレーライスの移動販売をするには、お米は必須。
ユニワを卸してくれるように交渉しなくてはいけない。残り2ヶ月と3週間弱。時間は少ない。
そもそも発光して動き回るゲーミング植物が美味しいかどうかが肝心だけども。
「オプトは平和維持軍の管轄だし、……あ、そうだ! オメガくんは平和維持軍のアンドロイドなんでしょ? オメガくん経由で上手いこと融通して貰うこととかってできないかな」
第57支部を出たといってもオメガくんは平和維持軍のアンドロイドだ。
こうして私の我が儘な宇宙の旅に付き合ってくれているのも、彼がシュテン大佐に命じられたからで。
オメガくん経由で上手く交渉出来ないだろうか。
期待を込めた視線を送ったが、オメガくんの反応は鈍い。
何かを考え込んでいるようだった。
「……オメガくん? どうかした?」
何だか今日のオメガくんは口数が少ないような気がする。
元々、私が話しかける時以外は無口だったけれども、今日は特に話さないような……ユニワの説明だって、ケラフがしてくれたしね。
説明好きのオメガくんが黙るだなんてよっぽどだ。
「いえ、普段なら運搬用の船が出ているのに、今日はどこにも見当たらない……何か不自然です。ユニワの光もここまではっきりと……」
「確かに、私たち以外の船って見当たらないね。前、オメガくんが話した時は、観光用の船だってきてるって言ってたような……」
私はフロントガラスの先に広がる宇宙空間へと視線を向けた。
そこにはほんのり青白く光って見える惑星オプトが無表情で私を見つめ返していた。確かに周囲に船は見当たらない。
「たまたま時間が合ってないだけじゃねえの?」
「いえ、それにしては……静かすぎる」
オメガくんが疑念の声を漏らしたところで、美しいリゲイアさんの歌声が中断。代わりに何やら警告音じみたブザーのような音がオーディオから吐き出された。
「やばいっ!」
「ひゃっ、ちょっとケラフ! 足元は危ないってっ! どうしちゃったの!?」
「第1級警告ブザーだぞ! 頭を低くしろ! 下手なことすりゃぶっ放されるぞ」
全身の毛を逆立てると、ケラフは私の臑と座席シートの間に入り込んだのだ。
宇宙海賊をやっていただけあって、軍の警告音には過敏らしい。
「――すぐに撃ってはこないでしょう。軍の相手は僕に任せてください」
オメガくんがケラフを宥めるように落ち着いた声色でそう言うと、彼は深くシートにもたれかかった。
それから、オーディオから激しいノイズが放たれると同時に、フロントガラスの向こう側にホログラム映像がぱっと映し出される。
腕を後ろ手に組み、にゅっと伸びた一本ツノが特徴的なオグレス人の男性だ。
『……同胞の連絡を受けたが……これは軍の船ではないな? 通行許可証は?』
シュテン大佐のように軍帽を被り、詰め襟の軍服に身を包んだ彼は高圧的な雰囲気をぷんぷんとまき散らす彼は、鋭い眼光で私たちを睨んでいた。
「僕はΩ500型。第57支部指揮官シュテン大佐のアンドロイドです。証明するIDコードをそちらに送りました。確認次第、ここを通してください」
『――シュテンの使い、か。だとしたらお前は例の不良品か? いったい何の要件だ。連絡もなしにやって来るとは、それ相応の理由なんだろうな?』
何だか棘のある物言いをする人だ。
オメガくんは大切な旅の相棒だ。
それを不良品だなんて!
馬鹿にされて良い気はしない。
「ドクター・メイプルの研究実験素材として、ユニワが適していると判断されましたので、ここに」
オメガくんはそんなチクチク言葉も意に介さず、嘘を交えてそれっぽい理由をでっち上げた。
『……面倒な時に来たものだな。まあ、アンドロイドの手数は多い方がいい。それが第57支部のトビウオ追いの役立たずだろうともな。悪いが、ユニワは今すぐに渡せる状態ではない』
他の船がオプトの周囲に見えない理由もそこに関わっているのだろうか。
『とにかく、お前が第57支部のアンドロイドだということはIDから証明された。通っていいぞ。ユニワの話は問題が解決してからだ』
ぶつりと通信が切れるノイズが走ると軍人のホログラムは霧散し、思い出したかのようにリゲイアさんの歌声がオーディオから流れ始める。
「……、あの人、なんか棘が多くない? あんな酷い言い方! 宇宙トビウオの駆除がどれだけ大変なことか……」
つい先ほどまでは、新しい食材と新しい惑星への訪れ、そして一歩一歩と着実に進みつつあるカレーライスの実現に胸を高鳴らせていた。
だけども、今の私の気分は空気が抜けた風船のようにしぼんでいる。
「……慣れた言葉です。さあ、行きましょう。ソラさん。問題とやらがどのようなものかは分かりませんが、ユニワはもう目の前です」
「うん、でもいいの? 言われっぱなしで」
「僕はアンドロイドですから。何も感じませんよ」
そう答えるオメガくん表情はいつもと変わらないように思えたけど。
味見が出来ないことに気落ちする仕草をみせるオメガくんだ、きっと傷ついているに違いない。
あのツノ軍人、絶対にぎゃふんと言わせてやるんだからね。
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