第19話 オメガくんの右手は粒子砲


「地球出身だって? あの地球? あそこの生き物は全部死滅したんだろうが」


 ショウガの鉢にもふもふの腕を回したケラフは、疑いの目を私に向けた。


「なんて言えばいいか……」


 例の地球再生プロジェクトのことだとか、そのプロジェクトが予算不足で凍結しているだとか、そう言うのって軍の機密情報のような気がする。


 運良く地球滅亡の前に誘拐されたとでも言った方がいいかな。

 ほら、牛とかよくさらわれてたじゃない。UFOに。


 私はオメガくんに助けを求める視線を向けた。


「彼女は銀河平和維持軍第57支部が研究する記憶再生技術によって蘇生した最後の地球人です」


 あ、言って良いんだ。


「僕の型番を見れば分かるでしょう。僕はΩ500型。銀河平和維持軍が所有する最新型のアンドロイドです」


 それからオメガくんは着ていたグレーのジャケットを脱ぐと、白いシャツの袖を捲った。

 オメガくんがケラフに向けて差し出す右前腕。

 そこには、アジア人らしい少し黄色みがかった肌の上に、ぼんやりと滲む光の文字が浮かび上がっていた。


 それは宇宙公用文字で書かれた彼の型番。


「Ω500型……あの対外宇宙生命体用の軍用アンドロイドっ! テメエ、ンな高性能アンドロイドだったってのかっ」

「これで信用していただけましたか?」

「……、そんなもん見せられたら信用するしかねえだろ」


 ぎりり、と私にも聞こえる位の大きな音で、ケラフは歯を食いしばる。

 それから生き生きと葉を広げるショウガを睨み「畜生!」と叫んだ。


「あの野郎! オレを騙しやがってっ! 一鉢500万クレジット支払ったんだぞ! だってのにっ!」

「落ち着いてください、ケラフ」

「うるせえ! アンドロイド! オレの全財産をこんな意味の分からねえ植物にしやがったあのクソ野郎を許せるかよっ!」


 しばらくキジトラ模様の背中を震わせていた彼だったが、しばらくしてはっと何か天啓でも受けたような顔で面を上げると、「へへ、決めた」と吹っ切れた様子で言った。

 うん、危なそう。


「奴らに一泡吹かしてやるよ……っ! アイツらの根城のカジノぶっ壊してやらあ!」

「ですが、この船は役に立ちません。どうやって行くというのです?」

「そりゃお前らの船に決まってんだろ。アレで突っ込んで、捻れヅノの連中皆燃やしてやらぁ」


 ケラフがホルスターに差したレーザー銃に手をかけたところで、動いたのはオメガくん。


 それは一瞬の出来事だった。

 気が付いた時には、オメガくんの右手は銃身に変形し、ケラフの頭に照準を合わせていた。


 ぶわっとケラフの毛が逆立ち始める。

 耳がイカのミミみたいにへたりと倒れ、怒りのうなり声を喉で鳴らしている。


 一触即発。


「待って!」


 そんな空気に、私はいてもたってもいられなかった。


「二人とも落ち着こう、ね?」


 一つの兵器と変貌したオメガくんの腕と、レーザー銃に手をかけるケラフの間に立つと、私は大きく息を吐く。


「……まず、ケラフが騙されたのは本当に気の毒だと思う。怒りでいっぱいになる気持ちは分かるよ。でも、怒りにまかせてそんなことしても、ケラフが危険な目あって終わりだと思う」


 仮に、あのキッチンカーに燃料を満載して突撃しても、正直なところ、これだけ文明が発展している宇宙の施設を火の海に出来るかどうかも怪しい。


 そもそも、私のキッチンカーを怒れる猫ちゃんの特攻の足にするのはお断り。

 そんなことをしても、ケラフのためにならなかったし――私のためにもならない。


「ここにショウガがあるってことは、他のスパイスとかもその黒山羊会バフォメットってところが隠し持ってるかもしれないってことでしょ?」


 私が何を望んでいるのか分からないと言う様子で綺麗な眉の間に谷を刻むオメガくん。

 だから、はっきりと私は言った。


「オメガくん、私はどうしてもスパイスが欲しいの。ショウガ以外の全部が欲しい。ううん、もし、他の野菜があるなら、それもひっくるめて全部欲しい」


 私がこよなく愛する庶民の味、カレーライスを作るにはスパイスが必須だ。

 このショウガを始めとした約12種類のスパイスが。


 いや、それだけじゃない。

 スパイスはより素材の味を引き立てくれる立役者。

 今後沢山の地球グルメを再現する上で、絶対に必要な食材だ。


 このチャンスを捨ててはいけない。


「ですが、ソラさん、危険ですよ。黒山羊会バフォメットは銀河平和維持軍でも手を焼く反社会組織です。貴方のような一地球人では……」

「それは承知の上だよ」


 私は無力だ。

 ケラフみたいにレーザー銃も持っていなかったし、オメガくんみたいな高機能な腕もない。


 だけども、食への渇望と執着に関していえば、この全宇宙において右に出る者はいない。


「おい、どういうことだ? アンタ、オレを手伝ってくれるってことか?」

「流石にカジノを燃やす協力は出来ないけど、何とかマタタビが手に入らないかやってみようと思う」


 そこで私は自分の手を叩いた。


「ね、行ってみようよ! そのカジノ〝夜会サバト〟に。特攻するんじゃなくて、交渉しにさ」




「……あれが、例のカジノ?」


 運転席でハンドルを握りながら、私はその暗い宇宙空間に漂う、巨大な遊園地のような島を見て呟いていた。

 島はさながら一つの恒星であるかのように目映く輝いている。

 何ともケバケバしい人工の星だった。


「ああ、そうだ。移動式のクソッタレカジノだよ。連邦政府に見つかったら空間ジャンプして、島ごと遠くに逃げるのさ」


 運転席と助手席の間に、窮屈そうに座るケラフが吐き捨てるように言う。


 さて、あれから2週間ほどの時間をかけて、私たちはこの移動式カジノ島〝夜会サバト〟を探して宇宙を突き進んでいた。


 このカジノ島は、先ほどケラフが言った通り、軍の摘発を恐れて宇宙中を飛び回っている。

 そんな雲のようにつかみ所のない浮遊島ではあるものの、カジノの会員については、島の位置情報を得られる特殊な受信機を手に入れることが出来るのだとか。


 そしてケラフはこのカジノの常連。

 だからこそ、こうも早くカジノ島にたどり着くことが出来たというわけだ。


「ソラ」

「どうしたの、ケラフ?」

「いや、そろそろ検問だからな」


 ケラフが私に見せるのは、薄い一枚のカード。

 例の会員証だ。傾けると虹色に輝くホログラム加工が施されている。

 ケバケバしいカジノらしい会員証だ。


「これを、警備ロボットに見せるんだよ。ほら、来たぞ」


 ケラフが金色の目を細めて、フロントガラスの向こうを睨む。

 間もなく、捻れたツノのようなものをくっつけた球体の飛翔体が、私の操縦するキッチンカーへと迫ってくる。


 目玉のようなカメラが一つと、派手に光る捻れたツノ、それから機関銃のようなものをぶら下げた物騒な警備ロボットだ。


『会員証ノ、ゴ提示ヲ、オ願イシマス』


 キッチンカーのオーディオから聞こえて来る、いかにもな合成音声。

 捻れツノロボットの要請に応えるように、ケラフが虹色に輝く会員証をフロントガラスに貼り付けた。


 ぴぴぴぴ……


 ロボットは目玉のようなカメラから光を放つと、会員証とケラフをスキャンする。


『ラヴ=ケラフ、サマ。生体認証完了。ドウゾ、ゴ友人ト、楽シイ一時ヲ、オ楽シミクダサイ。船ノ停泊ハ、看板ノ誘導ニ、従ッテクダサイ』


 そう言い残してロボットはキッチンカーから離れていく。

 遠くの星のように小さくなっていく球体の姿を目で追って、オメガくんはぽつりとこぼした。


「第67世代のレーザー機関銃とは、優秀な警備ロボットですね」

「それって凄いの?」

「我が軍の最新装備です。僕の外骨格でも融けるだけの熱量を持っています」

「わあ」


 銀河連邦の最新装備をロボットに装備させているとは。

 しかし、その最新装備を前にして、私が臆するかと言えばそうじゃない。


 むしろ、胸は高鳴っている。

 スパイスが目の前まで迫っているのだから。

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