第18話 マタタビは単純所持でも逮捕されるそうです

「マタタビって? 猫ちゃんが触れると泥酔したみたいになるアレ?」


 もしくは宇宙マタタビとかいう、マタタビに似た別の植物か何かだろうか。


「ああ、しかも正真正銘のマタタビの苗木だ」


 本当に、地球の植物がここに?

 私の心臓は早鐘を打つように忙しなく脈打ち始めた。


「もし、マタタビを所持していたとしたら、銀河連邦法第50879条違反ですね。特定保護惑星より違法に持ち出された有機物および無機物の単純所持は、その用途用法にかかわらず罰せられますよ。最大5000万クレジットの罰金か、懲役50年の刑に……」


 矢継ぎ早に法律の知識を口にし始めたオメガくんに対し、ケラフはピンク色の鼻先に皺を寄せてシャーっと威嚇。


「――流石はアンドロイド! くそ真面目だな。ああ、その通り、オレは犯罪者。マタタビジャンキーでね! あれで一服しねえと生きていけねえのさ!」


 ケラフは両手をがばりと広げ、ボロボロのガレージ風の天井を仰ぎ見た。


 外見が猫にそっくりというだけで、後は人間と変わらないと思っていたけれど、マタタビが効果てきめんなのは見た目通りらしい。


 何だか不思議だが、ここは宇宙。

 地球の常識なんて通用しないのだ。


「この船の燃料はもう尽きる。自動操縦システムもおじゃんだ。だが、オレの全財産を叩いて買った、マタタビの苗木だけはどうしてもここに置いていけねえんだよ」

「なるほど、ですが、貴方の申し出を受けることは出来ません。法令違反です」


 軍用アンドロイドであるオメガくんには、どうしても受け入れがたい申し出なのだろう。

 いつになく冷徹な眼差しで、縫いぐるみみたいに可愛い猫型宇宙海賊を見下ろしている。


「でも、オメガくん。ちょっと待って」

「ソラさん?」


 マタタビは猫をリラックスさせるだけの植物ではない。

 人間には鎮痛効果のある薬用植物だったはず。


 昔、飼っていた猫にマタタビを与えていて、この謎の植物の正体が気になり調べたことがある。その時、そんな情報を目にした記憶があった。


 場合によっては料理に有効活用できるかも?


「ケラフ。そのマタタビってどこにあるの? 実物を見てみたいの」

「船の奥、倉庫のとこにあるよ。美味いメシの礼だ。見たけりゃ案内してやるぜ」


 それに、マタタビが宇宙にあるということは、外の地球産の植物も宇宙のどこかにあるかもしれないということで――




「それで、教えて欲しいんだけど、マタタビはどこで手に入れたの?」


 暇を持て余した老人が作ったパッチワーク作品のように様々な金属で補修修理された古い船内を行きながら、前を行くキジ白の猫ちゃんの背中に問いかける。

 長い尻尾がゆらりと揺れた。


「ああ、ここらの銀河の裏を支配してる、宇宙ギャング黒山羊会バフォメットのバイヤーから買ったのさ。カジノ〝夜会サバト〟を経営してるあそこさ。ほら、ちょっと前に、帝国の攻撃で地球がぶっ飛んじまっただろ? ンで地球産のマタタビは暴騰中ってわけ」


 やっぱり宇宙でも裏社会というものは存在するらしい。

 ずっと戦争しているくらいだもんね、ギャングもヤクザもいて当たり前か。


 でも黒山羊会バフォメット……バフォメットって、悪魔の名前じゃなかったっけ?

 山羊頭の悪魔がトップを務めているのだろうか。


「地球産の植物は、これからさらに値段が跳ね上がるって話だからな、オレは今まで蓄えてきた金全部叩いて苗木を買ったんだよ。だってのに、移動中に船はぶっ壊れるわ、散々でよぉ……」


 どこか錆臭く、薄暗い船内を進んで、行き着いたのは大きめのゲート。

 ゲート横、低い位置に備え付けられた電子端末に、ケラフは小豆色の肉球をぺたりと押し当てる。


 承認が済んだと言わんばかりの電子音が鳴り、ぎぎぎぎ、と黒板を爪で引っ掻いたような身の毛のよだつ音と共にゲートが開く。


「う、眩しっ……!」


 私は目を細めた。

 途中の廊下はとても薄暗かったのに対し、この倉庫は光で満ちあふれている。


「植物を育てるにゃ、光と水が必要だろ? だから、ここに船の総電力をぶち込んでるんだよ」


 ケラフは慣れた様子で光溢れる倉庫内へと進んで行った。

 その後をオメガくんが続く。


 私は目が光に慣れるまで時間をおいてから、二人の後を追って倉庫の中へと足を踏み入れた。


「この六つの鉢植えがマタタビの苗木さ! 割に合わねえ海賊業もこれで廃業! 後はマタタビディーラーになって、ウルタル人やら他の宇宙人に売りつけて大もうけってわけよ!」


 にゃはははは、とケラフは豪快に笑った。

 吊り下げられた光源の下に並べられる大小様々な六つの鉢植え。


 そこに盛られた土からは、しばらくとんと見てこなかった鮮やかな自然の緑が伸びている。


「これは……!」


 私は堪らず声を上げていた。


 にょこりと生えたその植物の茎はしっかりとしていて葉は細く、厚みはない。

 何となくトウモロコシの成長過程を連想させる見た目をしている。


「マタタビじゃ、……ない!」


 鉢植えから伸びる植物は、私がスマートフォンで検索した時に見た、マタタビの木の参考画像とはほど遠い。

 多分、いや、確実に、これは地球原産のマタタビではないはずだ。


 マタタビと言えば、細い枝に平たい葉が着いていて、小ぶりな白い花を咲かせる植物だったように思える。


「はあ? な、何言ってんだよ! 正真正銘のマタタビだって、黒山羊会バフォメットの奴が……」


 ケラフは狼狽えながら鉢植えの元へと急いだ。

 そして子が母に抱きつくようにして鉢植えにしがみつく。


「オメガくん。地球のマタタビとこの植物を照合してみて」

「はい……検索中です」


 そして二度瞬きを終えると、オメガくんは「データベースとの照合終了しました」と口を開く。


「結論として、この植物は地球のマタタビ科マタタビ属落葉蔓性本木とは異なるものであると判明しました」

「じゃあ地球の植物じゃない?」


 私が問えば、オメガくんは静かに顔を左右させる。


「いえ、こちらも地球原産の植物です」

「それじゃあ、これは何の植物?」

「……地球アーカイブスによると、ショウガとでました。ショウガ科ショウガ属の多年草で間違いないでしょう」

「ショウガ?」


 ショウガ、ショウガだって?

 私は自分の目の瞳孔がぐわっと大きく拡がっていくのを感じた。


 ショウガ――別名ジンジャー。

 あらゆる料理に使われる万能スパイス。生薬としても使われている。


 ケラフが地球の植物を違法に所持していると聞いた時、もしかしたら……と思っていたのだ。


 もしかしたら、マタタビの他にも、地球原産の野菜やスパイスが宇宙のどこかで栽培されているのではないか、と。


「まさか、ここで出会えるなんて……!」


 米の代替品を探すように、いずれはスパイスの代替品を探そうと思っていた。

 しかし、これだけ広すぎる宇宙の中から、それらしいものを探して旅をしていては、あっという間に私の寿命は尽き果ててしまうだろう。


 だからこそ、こうして今、出会えたことに私は感動している。

 一歩、カレーライスの実現に近づいたということだから。


「ほ、ホントにマタタビじゃねえってのか? これ全部? 何でお前らが分かるんだよ! もしかして、お前たちも違法に栽培してるバイヤーなんじゃねえだろうな?」

「ううん、違うよ」

「じゃあどうして分かるんだよ!」

「私、地球出身なんだ。で、オメガくんは、その地球のデータにアクセス出来るただ一人のアンドロイド。私たちの情報が間違うはずないんだよ」


 その時、ケラフの叫声が倉庫内に響いた。

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