第17話 猫ちゃんまっしぐら
「なんだぁ? こりゃあ」
猫ちゃんは金色の目を大きく見開き、トレーの上の料理を怪訝そうに見つめていた。
「私が作った料理だよ。ほら、食べてみて」
「りょうりぃ? 変な食いもん出しやがって……」
ピンク色の鼻をひくつかせる猫ちゃん。
警戒心は剥き出しだったが、しかし、空腹には敵わない様子。
「まあ、悪くねえ匂いだな。どっかで嗅いだことのあるような、ないような」
トレーからお椀を取り上げ、猫ちゃんは中を覗き込む。
「これ、なんだよ。浮いてるヤツ」
「宇宙トビウオの身だよ」
「はぁ? あの害魚だってのか? これが? で、この汁は?」
「宇宙トビウオから取った出汁と、宇宙トビウオを発酵させた魚醤で作ったしょっつる汁もどき」
私の言葉にさっぱり意味が分からないと言うように首を傾げる猫ちゃん。
「……よくわからんが、とにかく、トビウオ汁ってわけか? ったく、あの害魚を食うだなんて、まるで宇宙遭難者にでもなった気分だな」
「実際そうでしょう? 遭難しかけていたから、僕たちを襲ったのでは?」
猫ちゃんはぎっとオメガくんを睨み付けた。
やっぱり可愛い。猫は不機嫌でも可愛い生き物だ。
「とにかく、食べてみて。汁の方は熱々だから、気を付けて」
「ま、毒が入ってる感じはしねえし……」
猫ちゃんはゆっくりと白い口元をお椀に寄せると何度か息を吹きかけて、少し冷ましてから、ずず、と中の汁を啜った。
不機嫌そうに垂れていた猫耳がしゃんと伸びる。
「おい」
満月みたいにまん丸な目に空いた穴。黒い瞳孔がぎゅんっと拡がった。
「結構」
ずずずずずず、宇宙海賊猫ちゃんはあっという間に汁を飲み干していく。
それから、底に残った宇宙トビウオの身を爪の伸びた指先で摘まんでは、ぱくりと一口。猫らしく、咀嚼する時間も僅かに飲み込んで「……いけるじゃねえか」猫ちゃんは満足そうに呟いた。
空っぽになったお椀の中を物足りなさそうに覗くと、猫ちゃんは私を仰ぎ見る。
瞳孔が拡がった猫ちゃんの顔って、何でこんなに可愛いんだろうね。
「なあ、まだあんのか?」
「お代わりだったらもう二杯ぶんくらいあるかな」
「じゃあ、もう一杯。いや二杯!」
「少々お待ちを」
地球がまだあった頃、キッチンカーでもこんなやり取りをしていたな。
そんなことを思いながら、私はお椀を片手に厨房へと戻っていった。
「……はぁ、食った食った。汁も良かったし、こっちのカリカリもいい」
完全栄養魚醤せんべいの最後の一つを口に放り込み、かりかりと音を立てて咀嚼する猫ちゃん。
相当お腹が空いていたのだろう、猫ちゃんは私が準備した全部の料理をすっかり平らげてしまった。
それから満腹になり、まったりとリラックスした猫ちゃんは、ガレージの床にどかっと座り込む。
最早、最初期のレーザー銃を片手に威嚇する彼とは別人の様相だ。
満足してくれたのは嬉しいし、これだけ落ちついた状態であれば、もう十分だろう。
「ね、これでちょっとは落ち着いたかな」
「まあな」
「じゃあ、オメガくんを解放してくれる? 私たちは君に何もしないと約束するからさ」
「ま、お前たち牙も触手もねえ弱そうな連中だし、船の中に武器も見当たらなかったしな、……草で一服したいところだが……おら」
猫ちゃんがぺたりと肉球を手錠に押しつければ、オメガくんの手錠はあっさりと外れた。
「それでは、お腹も満たされて満足されたようですし、僕たちもオプトに向けて再出発しましょう」
手首の具合を確かめながら、呟くオメガくん。
私としても早く、お米の代替品になり得るかもしれないユニワという植物を見てみたい。
「おい待て」
だが、やはり、猫ちゃんは簡単には帰してくれないようだ。
それもそうだろう。彼は今、この瞬間、お腹を満たしただけで、彼の宇宙船の根本的な問題は解決していないだ。
「何かご用ですか?」
警戒した様子で私と猫ちゃんの間に立つオメガくん。
「折り入って、お前らに話があるんだ。突然、襲いかかったことは謝る。オレも腹が減って頭が正常じゃなかったんだよ」
海賊帽子を被り直す猫ちゃん。
ぺたりと垂れた耳は、反省の意思の表れだろうか。
彼は腰のホルスターに差されていたレーザー銃を取り出すと、敵意はないと言うように床に転がした。
「オレの船は燃料は残り僅か。おまけに自動操縦システムがぶち壊れてる。あんたらをこのまま逃しちまったら、オレはまた誰かがここを通るのを願うだけになっちまう」
「……だったら、オプトまで乗せて行こうか?」
それが一番良い落とし所だと思う。
私には宇宙船の修理は出来ないし、多分、キッチンカーでこれだけ巨大な船を牽引して走ることは難しいだろう。
「オメガくん、オプトって農業プラントの星なんだよね? 宇宙にタクシーとかあるかは知らないけど、そこから自分の星に戻ったりとか出来たりするのかな?」
「観光客船もありますし、最悪、運搬船に乗れば移動できるでしょう。僕たちもオプトに着く前に、途中、別の惑星で燃料を補給しなくてはいけませんから、そこの星で下ろしても良いでしょうし」
「ね、どう? えっと……」
そこで私はこの猫ちゃんの名前を知らないことに気が付いた。
「オレはケラフだ。しがない宇宙海賊だよ」
「そう、ケラフ。どうかな。これが私にとってもケラフにとっても良い話だと思うけど」
私の提案に、ケラフは悩ましげに眉間に皺を寄せた。
そして、ここに私たち以外に誰もいないというにもかかわらず、彼は声量を最小限に落として「おい、……お前ら、口は堅いか?」と尋ねてきた。
「多分、堅いんじゃないかな? この宇宙に知り合いとかほとんどいないし、話せる相手も側にいないし……」
故郷も滅んじゃったしね。
話せる相手と言えば、銀河平和維持軍第57支部の皆くらいだろう。
「そっちはどうなんだ?」
「僕はアンドロイドですので、主人の指令には絶対です。ですので、ソラさんが言うなと言えば、僕は決して話すことはないでしょう」
「アンドロイドね、道理で顔色一つ変えねえ訳だ。じゃあ、話は早い。そっちは、えっとソラって言ったな。聞いて驚くなよ?」
うん、と首を縦に振り、私はケラフの次の言葉を待った。
「オレの船にはマタタビが詰まれてんだ」
……はい? マタタビ?
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