第16話 作ってみよう、しょっつる汁とせんべいもどき
「変な動きしたら、男の方が酷いことになるからな?」
宇宙海賊猫ちゃんが、オメガくんのこめかみに銃口を突きつけながら凄む。
「大丈夫、変なことはしないよ。ただ、ちょっと色々質問するかもだけど」
しばらくぶりに解放された手首を
「はい、彼はウルタル人です。ウルタル星と呼ばれる惑星固有の知的生命体で、地球でいう猫や犬といった雑食性、肉食性の動物に似た風貌をしています。ただ、似ているというだけで、食生活はオグレス人や貴方とそう変わりありません」
人間が食べられるものは基本何でも食べられるということかな。
「塩分は大丈夫かな? 猫って、ほら、腎臓が弱いでしょ?」
「腎機能については、特に問題もないかと。一部機能を除き、見た目が猫っぽいだけですから」
それなら、きっと今から作ろうとしている料理を食べて体調を崩すということもないだろう。
「おい、何をぺらぺらと喋ってんだ」
「君の体に害がないか確認していただけだよ。そこで待ってて、今、準備するから」
今から作る料理は簡単なものだ。
ただ、材料はハッチの下、私の居住空間に置いてある。
「クソ、下の方にも空間があったのかよ!」
私がハッチを開けて下りて行く姿を見、猫ちゃんは苛立った声を上げていた。
「うん、ちょっと発酵が甘いかもだけど……でも、良い感じ」
居住空間の6畳ほどの部屋の片隅に置かれた小さな機械。
ぶん、と駆動音が仄かに聞こえるそれは、ドクター・メイプルに依頼して作って貰った〝発酵促進機〟である。
特定の菌がより活性化出来る状況を作ってくれる優れもの。
この中には、塩漬けにした宇宙トビウオが入った瓶などが置かれている。
約3ヶ月もの間、この発酵促進機の中に入れられていたため、瓶の中の宇宙トビウオは原型を留めてはいるものの、ほとんどの肉が分解されてしまっている。
瓶の蓋を開ければ、濃縮された魚の匂いが鼻につく。
「う、やっぱり臭いは強烈だね……」
これは
魚醤は端的に言えば、魚を利用した醤油のようなもの。
用意するものは以下の通り。
新鮮な魚と塩——これだけである。
ゆえに作り方も実にシンプル。
魚を熱湯消毒した瓶に入れ、魚の量に対して20パーセント程度の量の塩を投入。しっかり密閉し後は放置。
色々と簡単な代わりに、発酵にかかるまでの時間がかかるのが魚醤という調味料。
一つの魚醤が出来るまでその原材料や室温にもよるけど、基本的に魚醤が完成するまでに最低でも3ヶ月から1年、長いものでは3年を必要とする。
私がこの宇宙トビウオの魚醤の仕込みに入ったのが、ちょうど3ヶ月前。
この3ヶ月の間に、ここまで発酵させることが出来たのも、ドクター・メイプルが作ってくれたこの発酵促進機のおかげだろう。
瓶の中に箸を差し入れ、その先端に付着させた出来たて魚醤をちろりと一つ舐めてみる。
強い塩味と、まろやかな濃縮された宇宙トビウオの味が私の舌を大きく刺激する。
一般的に魚醤と言えば、コクが深く、甘味もあり、やや癖の強い味わいだ。
だけども、今回材料に選んだのが宇宙トビウオということもあってか、味わいはどこかまろやか。さっぱりとしていて、魚臭さも後を引かない。
「ん、味もいいね。完成したら、アメノトリフネの皆にも届けてあげたいな」
きっと気に入ってくれるだろう。
オメガくんに聞いた話によると、連邦領内の特定惑星には平和維持軍の軍事基地があり、そこでならアメノトリフネと連絡することも出来るという。
人工甘味料やエチルバニリン、それから塩が欲しくなったら、そこで連絡をして、届けてもらえるとのこと。
もちろん、これからは今までのようにタダとはいかない。合成や再現にかかるコスト分、クレジットを支払う必要があった。
開けた瓶の蓋を締め直すと、私は発酵促進機の中から魚醤の瓶を取り出した。中々重いので、落とさないよう気を付けながら、厨房に続く梯子を登っていく。
厨房に戻ると作業台の上に瓶を安置し、鍋を二つ、二口コンロの上にそれぞれ置いた。
さて、この魚醤で何を作るかと言えばそれは一つのみ。
しょっつる汁だ。
とは言っても、この魚醤は秋田県が誇る魚醤しょっつるのようにハタハタを原料としていないので、厳密にはしょっつる汁とは言えないかも。
しょっつる汁もどきといこうか。
「よし、まずは魚醤を
鍋にざるを置き、その上に布巾を被せる。そこに瓶の中身を流し込んでいく。汁が鍋に落ち切ったら、ざるを取り、布巾を強く絞る。
最後の一滴まで絞った後の残りかすは、一度瓶に戻し、厨房の冷蔵庫の中にしまう。
残りかすからも魚醤は取れるからね。
そっちは後のお楽しみということで。
残りかすの瓶と入れ替えに、冷蔵庫の中から取り出すのは黄金に色づいた水の入った瓶。
中身は宇宙トビウオのあごだしだ。
調理済みの宇宙トビウオをカリカリになるまで火で炙り、作った焼きあご。
その焼きあごから作ったあごだしは、さっぱりとした宇宙魚の旨みが溶け出し、風味がとても良い。
きっとしょっつる汁もどきの味わいに深みをもたらしてくれるだろう。
「よし、ここからが本番!」
もう一つの鍋にあごだしを適量投入。
そこに瓶に移した魚醤を大さじ二杯ほど。
よく混ぜて、味見。
「うん、いける!」
焼きあごからとった出汁のすっきりとした風味に、魚醤のまろやかなコクが混ざって良い感じだ。
少し味気ないようにも思えるが、さっぱり系のお吸い物と考えればいけなくもないだろう。
これでメインとなる汁は完成した。
後は何を投入するかだけども――まあ、ほとんど決まっている。
私は冷蔵庫内で今日食べようと解凍していた宇宙トビウオの切り身を取り出し、表面に滲んだドリップを布巾で吸い取る。
それから、沸騰させた汁の中に、切り身を投入し、じっくりと火を通していく。
「良い匂いがしてきた」
食欲を刺激する良い香りがしてきたところで、私のお腹の虫も鳴いてくる。
さて、これで汁物はほとんど完成したわけだが、これだけではつまらない。
私は厨房の棚から粉の入ったタッパーを取り出すと、さらなるアレンジ料理にチャレンジすることにした。
このタッパーの中身はミルサーで粉末状にした完全栄養食だ。
こうやってみると、本当にチョークの粉にしか見えないが、これからこの食材はまったく別の姿へと変貌――するはずだ。
粉を適量容器に取り出すとそこに水を少量足し、スプーンでひたすら練る。
ここまでは例のクッキーと一緒の工程だが、今回、味付けは最後。
魚醤を濾すのに使った鍋とフライパンを入れ替え、火をかける。
十分熱されたところで、どろどろになった栄養食を流し入れ、両面を焼く。
水分が良い具合に飛んだところで、登場するのがこの魚醤と刷毛である。
刷毛に魚醤を吸わせて、焼いた栄養食の片面に塗って、焼く。
さらに裏返して、裏面も魚醤を塗り、火を通し、また裏返す。
立ち上る魚醤の香りに焦げた匂いが混ざり始めたところで火を止める。
魚醤の旨味がカリカリになった栄養食に吸い込まれたところで、新アレンジレシピ魚醤せんべいもどきの完成だ。
「おい、長々と何やってんだ? さっさと……」
痺れを切らした様子でがなり立てる猫ちゃんの元に急いで戻ると、トレーに乗せた料理を差し出した。
「お待たせしました。宇宙トビウオのしょっつる汁と、完全栄養せんべい。どうぞ、召し上がれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます