第2章 スパイスのためなら宇宙ギャングも何のその

第15話 もふもふ宇宙海賊に襲われています!


 銀河平和維持軍第57支部の拠点であるアメノトリフネを出て、早3日。

 宇宙空間をキッチンカーで走るという前代未聞の運転は、思いの外簡単で快適だった。


 そもそも私が運転する必要性はほとんどない。

 どこぞの有名自動車会社が開発した自動運転のように、指定した場所に向かって勝手に走ってくれるのだ。


 うーん、楽ちん。


 助手席にオメガくんを残して、私はキッチンカーの厨房で手持ちの食材でさらに美味しい料理が出来ないか色々考えを巡らせたり、例のバニラ味の完全栄養クッキーを改良してみたりと、まあ、快適な時間を過ごしていた。


 つい先ほどまでは。


「――おらぁ! その珍妙な船ごと蜂の巣にされたくなきゃ、大人しく船から下りてこい!」


 現在、私、和泉ソラとこの旅の相棒であるΩ500型ことオメガくんは、宇宙海賊の襲撃を受けている最中だった。



 遡ること1時間ほど前――



 キッチンカーが惑星オプス目がけて順調に宇宙を進んでいたところ、ばったり遭遇したのは一隻の宇宙船。


 船艦アメノトリフネほどとは言わないが、キッチンカーなど容易く収容出来そうなほどに巨大な船との遭遇に、私は少しばかりテンパっていた。


「自動操縦で航路が重なることはそう珍しいことではありません」


 とはオメガくん談。

 接触事故を起こさないためにも、私は自動操縦から切り替えてハンドルを握り、宇宙船に道を譲ったのである。


 そのまま先に行かせたつもりが、宇宙船はキッチンカーの背後に回りベタ付け。


 うそ、宇宙でも煽り運転?


 そんな考えが過ったところで、宇宙船からの電波をキッチンカーは受け取った。

 どこぞの星からキャッチしていた音楽番組のヒットチャートを押しのけて、オーディオ機器から流れるのは男の声。


 宇宙船の持ち主の声だろう。


『大人しく運転を止めて、投降しろ!』


 と、まあ、そんな音声と一緒に、宇宙船に搭載された小型レーザー砲を向けられては、どうしようにもない。

 結局、エンジンを止めて、私たちは大人しくその宇宙船の指示に従うこととなった。



 ――そして今に至る。



 あれよあれよという間に、キッチンカーごと宇宙船に格納された私とオメガくん。


「おらぁ! 下りろぉ!」という、粗雑なアナウンスの言葉通りに車を降りたところで、私たちを出迎えるのは、どことなくガレージっぽい見た目の船内。

 それから見るからに宇宙海賊然とした格好の宇宙人。


 某海賊洋画の主人公が被っていたような海賊帽子に赤い腰巻きを身につけて、どこからどう見てもオレは宇宙海賊だ!と自己主張している。


「……5世代前のレーザー銃ですね。僕の外骨格であれば防ぐことが出来ますが、ソラさんが当たればひとたまりもありませんので、ご注意を」


 オメガくんがそんなことを耳打ちしてきたけど、注意って無理では?

 とにかくやばそうな時は、オメガくんの後ろに隠れれば良いのだろうか。


 さて、地球に生まれてこのかた銃を向けられた事がない私だったが、こういうときの対応は宇宙も地球もそう変わらないらしい。


 私はオメガくんに倣って両手をあげた。

 ホールドアップである。


「いいか、変な動きすんじゃねえぞ?」


 見るからにならず者、といった語調の宇宙人。


 しかし、いまいち緊張感に欠けるのは、私に注入されたナノマシンによる感情制御によるものだけではないだろう。


 何というか、ほら、可愛いのだ。


 ピンク色の鼻の周りからぴんと伸びる白い髭。

 全身には思わず撫でてしまいたくなるようなふわふわもふもふの毛。

 小さな二本の足の間をゆらりゆらりと不機嫌そうに揺れるのは、同じく毛に覆われた長い尻尾。


 さらに海賊帽子を挟むように生える三角形の耳。

 光線銃を握る小さな指にはピンクと小豆色の肉球が……!


 これは猫!

 間違いなく猫!

 二足歩行の猫!


 宇宙海賊っぽい服を着た、ハチワレラインの愛くるしいキジ白の猫ちゃんだ。


 大きさは世界最大の猫ことメインクーンが二足歩行しているくらいのサイズ。

 人間で言えば小学校1年生の児童ほどの身長だ。


「何にやついてんだ? 自分の置かれた立場ってのが分からねえらしいな!」


 猫型宇宙海賊は、長い尻尾をふっくらさせて威嚇するようにシャーと鳴いた。

 ここまで猫そっくりだと何だか涙が出てきそう。地球が懐かしくなってくる。


 だけども、このままではいけない。

 銃を突きつけられていることは、忘れないようにしないと。


「オレ様はいま最高にイラついてんだ。おら、手出せ。ふん縛ってやる」


 私は言われるがままに、猫型宇宙海賊に向けて手を差し出した。

 私の身長が165センチほどなので、猫ちゃんはぐっと背伸びをして、必死に私の手首に手錠と思しきものをかけていく。


 この姿も可愛い。


「……あなたの目的は何ですか? 燃料? それとも食料? この船に現金もなければ金目のものもありませんよ」


 そう訊ねながら、無抵抗に両腕を差し出すオメガくん。

 彼に手錠をかけながら、猫型宇宙海賊は「何だって良いだろ」と乱暴に言った。


「これからお前らの財産はこれから全部オレのもんだからな。この珍妙な船もなっ!」


 いくら口の悪い可愛い猫ちゃんでも、私の大切なキッチンカーを盗られては困りもの。

 何とかしてこの窮地を抜け出さなくては。


 厨房に続くドアを開け、ずんずんとキッチンカーへと入っていく猫ちゃん。

 先の黒い猫の尻尾が見えなくなったところで、私は「オメガくん」声量控えめに訊ねていた。


「君、軍用のアンドロイドなんだよね?」

「はい」

「ここを上手いこと切り抜けたりって出来る? どかーんってかっこよく」


 オメガくんは「ええ。どかーんと行くことは出来ます」と冷静な声色で答える。

 こんな時でも表情一つ変わらないのは、流石アンドロイドと言ったところ。


「ですが僕が所持している小型粒子砲を使うと、この宇宙海賊の船とあなたのキッチンカーもろとも吹き飛ぶ可能性があります。最悪、真空の宇宙空間に放り出されて――ソラさんは死にます」

「うん、別の方法を探さないとだね」


 流石、軍用。強すぎる。


「どうやら乗組員は彼一人だけのようですし、隙を見てシメてやりましょうか。この程度の手錠であれば簡単に……」


 オメガくんがそこまで話したところで「何だよこの船!」猫型宇宙海賊の怒鳴る声が、キッチンカーから聞こえてくる。


 間もなく、厨房の方からひょこりと顔を出す猫ちゃん。


「滅茶苦茶な内装してるじゃねえか。おい、メシはどこにあるんだ? あのバーだよ! どこに隠してるっ?」


 猫ちゃんは厨房をざっと探しただけで、床下ハッチの存在に気付いていないようだった。

 シュテン大佐たちから貰った食料こと完全栄養食は私の居住空間の方にしまわれている。過保護な大佐が渡してくれた量と言えば、ざっと1年分ほど。


「お腹空いてるの?」

「うるせえ! 自動操縦モードがぶっ壊れて、もう、何日もメシ食ってねえんだよ!」


 なるほど、宇宙を漂流し、すっかり飢えていたところ、偶然遭遇した私のキッチンカーにロックオンしたというわけか。


 そうだ!


 私の脳に稲妻のごとき平和的解決案が閃いた。


「ね、私、あなたに酷いことはしないと約束するから、この手錠外してくれない?」

「ああ? 何でンなことしてやらなきゃなんねえんだよ」


 お月様みたいな金色の目を訝しげに細める猫ちゃん。

 私は彼の警戒心を解くように、決してにやつくのではなく優しく微笑みかけた。


「腹ぺこの君に美味しいご飯、作ってあげる」


 丁度、作ってみようと思っていた料理がある。

 ここで披露するのも良いかもしれない。

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