第14話 キッチンカー銀河を行く
シュテン大佐の説得を終えて、それからさらに一月ほど経過して、ついに出発の日が訪れた。
アメノトリフネが所有する小型飛行艇が並ぶ格納庫。ここが別れの場所だった。
私とオメガくんの見送りに集まったのは、シュテン大佐とドクター・メイプルの二人だけ。どうやらシュテン大佐が人払いしたようだ。最後に私の料理が食べたいとせがまれては困るだろうから、と。
「本当にあっという間だったな。気を付けて行けよ?」
「外は危険が多いですからね」
「シュテン大佐、メイプルさん、二人とも最後まで心配ありがとうございます。オメガくんも側にいますし、きっと大丈夫ですよ」
そう言って、私は懐から二つの包みを取り出した。
一つはシュテン大佐に、もう一つはドクター・メイプルに渡す。
「最後に、これを。やっと良い塩梅に香り付け出来たんです」
「なんだ、これ?」
「これは、例の香料を使ったものですか?」
「メイプルさんの言うとおりです。バニラ味の完全メシ、完成しました」
「バニラ?」
聞き慣れない単語に首を傾げるシュテン大佐。
そんな彼に私は「どうぞ食べてみてください」と促した。
「メイプルさんも是非」
この二ヶ月の間に、私はエチルバニリンを手に入れていた。
オメガくん曰く、普通のバニラビーンズから得られるバニリンなる香料の2倍ほどの香りの強さを持っているそうな。
その合成バニリンで、例のチョークバーをアレンジし、完全栄養クッキーもどきに風味付けしたものがこれだ。
相変わらず口当たりはいまいちであるものの、バニラの風味と人工甘味料の甘さを手に入れたクッキーもどきは、かなり美味しく食べられるものへと進化していた。
包みを開き、興味深げに見つめていたシュテン大佐は、一枚の歪なクッキーを手に取ると、躊躇うことなく口の中に放り込んだ。
そして、彼は、ばり、ぼり、と小気味の良い音を立てて咀嚼する。
「どうですか?」
「……、そうだな、美味しいよ」
「ええ、とても美味しいですよ」
そう言って、彼は二枚目のクッキーを口の中に放り込んだ。
二枚目が終われば、三枚目も。それが終われば、最後の一枚まで、彼はあっという間に食べ尽くしてしまった。
すっかり空っぽになった包みを見て、シュテン大佐は感慨深そうに溜息を吐く。
「ったく、美味しいってもんを教えてくれたヤツがいなくなっちまったら、暴動が起きるんじゃねえか? アンタの料理、気に入ってたヤツ多かったんだがな」
「大丈夫です」
私はシュテン大佐に向けて、一枚の紙を渡した。
「これは?」
「レシピです。この通り作ればこのクッキーと、宇宙トビウオの塩焼きが作れます。食べたくなったら試してみてください。凄く簡単に作れちゃいますから」
「……俺でも出来るか?」
「ええ、もちろん。もの凄く簡単ですから」
嘘は言っていない。材料さえ揃えば簡単に作れる二品だ。
どれだけ料理に不慣れな宇宙人であっても、きっとこの味を再現することができるはず。
「じゃ、アンタが行った後、挑戦してみようかね」
そう言って、口角をつり上げて笑ったシュテン大佐は「ソラ」私の名を呼んだ。
「気を付けてな」
二人との別れを終えて、キッチンカーに荷物を積み終えると、私は運転席に乗り込んだ。
運転席の中も、私の記憶とほとんど差異はなかったが、いくつか、宇宙飛行に関連する機械が追加されている。操作に関しては、オメガくんが網羅しているので、その点については心配はないだろう。
「荷物に不足はありませんか?」
軍服を脱ぎ、何故かグレーのスーツを身につけたオメガくん。
手元のブリーフケースと理知的な顔立ちも相まって、やり手のサラリーマンにしか見えない。
どうしてスーツなのかちょっと前に聞いてみたけども、これが日本国に住む男の主な戦闘服の一つだからとしか返ってこなかった。
うん、ちょっとよく分からない。
分からないけど、似合っているからいっか。
「ちゃんとチェックしたからね。大丈夫だと思う」
この準備期間の間に、私は色々と今後の料理に役立ちそうなものを調達した。
片付けた居住空間に並べた瓶や樽、山積みの箱がそれだった。
「それで、まずはどこに向かいますか?」
宇宙トビウオの塩焼きは、シンプルな味わいでとても美味しかった。
だけども、地球の料理はもっと奥が深い。どこまでも深いのだ。
その味を、レシピを、歴史を再現するには、もっともっと必要な材料がある。
私がこよなく愛するカレーライスを作ろうとしたら、植物由来のスパイスが必要になってきたし、メインとなるカレーを引き立てるライスも必要だ。
「まずは食材集めから始めようと思うんだ。それでね、オメガくんの高性能な頭で調べて欲しいものがあって」
「かしこまりました。何を調べましょうか?」
「まずは、お米から」
「了解しました。地球の米と類似する食用可能植物を検索しています……しばらくお待ちください……結果が出ました」
うーん相変わらず早い。
私が瞬きを二、三回する間に、オメガくんはお米によく似た食材をデータの海から拾い上げてくれた。
「ここより5光年ほど離れた惑星系に、オプスという銀河連峰所有の巨大な農業プラントの星があります。燃料用の植物を育てているのですが、そこで栽培されているユニワという植物が地球で言う稲に似た性質を持っています」
「じゃあ上手くいけば、食べられるかも?」
「成分を見るに、食用可能かと。少なくとも、貴方に害をもたらすような成分は見られませんでした」
オメガくんの100点満点の答えに私は強く頷くと、ハンドルに手をかけた。
「それじゃあ、惑星オプスに目がけて出発だ!」
…………………………
第1章までお読みいただきありがとうございます♪次話より第2章が始まります。
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