第13話 それでも銀河に行きたいんです!
「……ドク、ソラ……話があると聞いて、きてみたら……外に出たいだぁ?」
太い腕を組み、いぶかしげに白眉を顰める軍人の声が、第4研究室に広がった。
私は決して臆することなく、「はい」と答える。
「外がどんだけ危険な場所か知ってるだろ? それに、アンタは貴重な地球人だ。それを忘れて貰っちゃ困る!」
「無茶なことを言っているのは承知の上です。でも、どうしても、私はキッチンカーをやりたいんです!」
語気を強めるシュテン大佐に負けじと、私も声を張って返す。
「料理が生きがいなら、この船で料理すりゃいいだろう? 嬉しいことに、アンタの料理は食い手にゃ困っちゃいないんだ」
「料理だけに焦点を絞ればそうかもしれません。でも、キッチンカーは私の子供のころからの夢でした。この子と一緒に色んな場所にいって、私の好きな味を広めるのが、私の夢だったんです!」
一つ、ブレスを挟んでから私は続けた。
「地球が滅んだ今、私にとって、地球を感じられるのは夢に触れているこの時だけなんです!」
私の言葉に、シュテン大佐は口元をまごつかせる。
そんな私に援護射撃を行うのは、隣でやり取りを聞いていたドクター・メイプルだ。
「シュテン大佐。行かせてあげてはどうでしょう? 彼女の意思は私たちにどうこう出来るほど柔なものではありません」
「だがな、ドク……コイツは最後の地球人なんだぞ?」
悩ましい頭を労るように、シュテン大佐は目頭を揉む。
「地球が生まれた46億年前から、第57支部は代々地球を護ってきたんだ。出し抜けに植民地化を狙う星のヤツからも、原産動植物の密輸を狙う密猟者からも護ろうと尽力してきた。全ては新たな知的生命体の進化を見届けようっていう連邦政府のありがたい取り決めのためだ」
シュテン大佐は大仰に溜息を吐いてみせた。
「その地球が吹っ飛ばされて、コイツは最後の一人だ。ただでさえ地球人は弱いんだぞ。ストレスがかかればすぐ死んじまうんだ。俺が73年前に飼ってたツノウサギみたいにな。だってのに、宇宙空間に飛び出すなんて自殺と一緒だろうが」
コイツは宇宙のうの字も知らないんだぞ、とシュテン大佐。
彼の言うことはもっともだ。
私はこの宇宙のことなんて何も知らないのだ。
そんな状態で移動販売業をしたいだなんて、馬鹿げていると思われても仕方ない。
だけども、私の意志はもう固まっている。
「そうかもしれませんが、だからといって、彼女が老いて死ぬまでここに閉じ込めておくのですか? 彼女たち地球人は長く生きても僅か100年前後。たった100年ですよ? 自由にさせてあげた方が、彼女のためになるのではありませんか? 彼女は最後の一人なのですよ?」
ドクター・メイプルの言葉に、ついにシュテン大佐は閉口してしまう。
長らく地球を見守ってきた彼にとって、最後の地球人という存在はとても大切なものなのだろう。
「実際、キッチンカーに触れていた際の彼女の幸福値は、ここで宇宙トビウオを調理しているときの数万倍良い数値を出しています。僕はドクター・メイプルの案を支持します」
「おいΩ500型。お前までソラの味方か? ったく、困っちまうね」
口をへの字に曲げて、シュテン大佐は白い後頭部をガリガリと乱暴に掻いた。
「シュテン大佐。私の命を救ってくれたことは、心の奥底から感謝しています。でも、もう、私には帰る場所がありません」
地球再生プロジェクトは、結局、凍結したままなのだという。
材料は揃っていても、予算がなくてはどうしようにもない。
この第57支部に予算難を引き起こしている、連邦と帝国の何万年も続いている戦争が、私の残りの人生数十年の間に終結するとも思えない。
仮に終結したとしても、出し渋っている政府が地球の再生に金を出してくれるとも限らない。
「地球が復活する希望もないのなら、私は、自分のやりたいことをやって、自分の人生を全うしたいんです」
彼らとの会話を鑑みるに、地球人の寿命は他の宇宙人と比べてもとても短いもののようだ。
きっと宇宙においては星の瞬きのように、あっという間に私の命は終わるのだろう。
そんな短い人生なのであれば、私は私の時を生きたいのだ。
そこで、やっとシュテン大佐は「……、分かった」折れてくれたようだった。
「お前の意志は固いんだな。俺が止めたところで、アンタは飛び出しちまいそうだし……、おい、Ω500型」
シュテン大佐が鋭い視線をオメガくんに向ける。
「今からお前の所有者は和泉ソラだ。登録しろ。お前は銀河連邦が開発した最新のアンドロイドだ。お前ほど頼りがいのあるヤツはいねえ。いいな、ソラを護るんだ」
「了解しました」
上司の突然の指令に顔色一つ変えることなく、オメガくんは静かに返事をすると、私の方へと向き直る。
「では、ソラさん。今後の宇宙の旅でも、この僕、Ω500型をよろしくお願いします」
まさかの申し出に私は歓喜に打ち震えていた。
このオメガくんが旅に付いてきてくれるというのだから、これ以上に力強いこともない。
「そんな、オメガくんまで……! シュテン大佐、ありがとうございます!」
「だがな、一つだけ条件がある」
シュテン大佐は太い指を一本差し出して、真摯に私を見つめた。
「は、はい」
「万が一、危険を感じた場合。旅を続けられないと感じた時、その場合はここに戻ることを約束してくれ」
彼の言葉に私は強く頷いた。
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