第12話 お帰り、愛しのキッチンカー

 結果として、宇宙トビウオの塩焼きは戦艦アメノトリフネにおいて大成功を収めた。


 私を動物園の動物のように遠巻きに見ていた乗組員たちが、手持ちのクレジットを叩いて私が作る宇宙トビウオの塩焼きを食べ、旨い旨いと絶賛してくれた。


 この経験は、私に希望を与えてくれた。


 そう、ただの塩焼きがこれだけ好評を博したのだから、これが私のこよなく愛するカレーライスだったらどうだろう。


 いや、カレーでなくとも、地球の人々が長い歴史で培ってきた地球グルメであったらどうだろうかと。


 きっと、銀河の人々も気に入ってくれるのではないか。




 さて、あれから、体感2ヶ月ほどの時が流れた。

 シュテン大佐率いる銀河平和維持軍第57部は、銀河を荒らす宇宙トビウオの駆除のため、私の知らない銀河を駆けている。

 彼らは担当銀河に発生した宇宙トビウオを駆除することで、宇宙災害を未然に防ごうと日夜働き続けていた。


 そんな彼らに、私はアメノトリフネの一員として宇宙トビウオの塩焼きを振る舞う。そんな日々だ。


 もちろん、彼らに美味しいと言って貰える喜びもあったが、何より欲しかったのは――現金な話だけども――彼らが対価に支払ってくれるクレジットだ。


 気付けば30万近くまでクレジットが溜まっていた。

 これが多いのか少ないのか、正直なところ、宇宙初心者である私には何となく程度にしか分かっていない。


 それでもこれからの〝旅〟のことを考えると、資金は多くあった方がいいだろう。

 そして、私が夢想する〝旅〟は、今、ここで現実のものになろうとしている。


「長くお待たせしてしまいましたね」


 果てがないかと錯覚するほどに伸びた白い廊下。

 私の前を進む片ツノの女医は燃えるような赤い髪を揺らしながら、普段、私が寄りつかない宇宙船のエリアへと進んでいる。


 ここら一帯は、彼女、ドクター・メイプルの区画にして縄張り。他のどの乗組員も、アンドロイドも寄りつかない場所だった。

 代わり映えのしないドアをいくつか通り過ぎ、そして、一つのドアの前で彼女は立ち止まる。


「こちらは私の第4研究室です」


 ドクター・メイプルがコードを打ち込み、ドアのロックを解除。


「ソラさん、Ω500型。どうぞ、こちらに」


 そのまま真っ直ぐに進む彼女の後に続き、そして――


〝Izumi's Kitchen car〟


 まっさらな部屋の中央に停まるレモン色の車体。その横っ腹にプリントされた白の文字を見、私は歓喜に体を震わせずにはいられなかった。

 喜びで言葉を失う私の後ろで「これがソラさんの言っていた……」と口を開くのはオメガくん。


「アーカイブスにあるキッチンカーと寸分違わない姿ですね」

「うん、私のキッチンカー。そのまんまだよ」


 2tトラックを改造して作られたキッチンカーがそこにあった。

 手持ちのお金と相談して、中古で売られていたこの子を購入して、可愛らしい水色に塗り直して貰った、あの日の喜びが想起される。


 いくつもの飲食店で馬車馬のように働いてお金を稼ぎ、キッチンカーの運営のために勉強を重ねて、資格を取って……この車を手に入れるまで、本当に血の滲むような努力を続けてきたのだ。


 じんわりと目頭が熱くなってくる。

 私の人生そのものが、そこにあるのだ。


「あなたの要望を聞き、さらに改造を施しましたので、随分と時間がかかってしまいましたが……本日やっと完成しました。さ、ソラさん。これがキーです。中を確認してみてはどうですか?」


 彼女から鍵を受け取ると、私は愛車の元へと駆け出していた。

 鍵で後部の調理スペースに繋がるドアを開け、乗り込み、私は声にならない声を上げた。


「炊飯器に、コンロに、冷蔵庫……設備全部揃ってる!」


 地球が流れ弾に当たって滅びる直前まで、私が使っていたキッチンカーの設備そっくりそのままだった。容器をしまっておくための小さな棚も、受け渡しのための窓も、何もかも。


「さて、これだけではただのキッチンカーですが」


 手狭な厨房に広がる凜としたドクター・メイプルの声。


「ソラさんのご要望に加え、居住空間を設けました」


 居住空間?


 確かに私は宇宙の旅に向けて、キッチンカーに長距離トラックに搭載されている仮眠スペースの様な場所を増設して欲しいとは要望を出していた。

 彼女は簡単なことだと二つ返事で受けてくれたが、居住空間とは、いったい。


 私の疑問符に答えるように、彼女は視線を厨房の床に落とした。


 そこには、私の記憶にはなかった、床下点検用ハッチのようなものがある。

 これが彼女の言う〝居住空間〟とやらに繋がっていることは明白だ。


 取っ手に指を引っかけて、ハッチを開ける。

 そしてそのまま伸びる梯子を下りていけば、そこには――


「……私の部屋だ」


 料理雑誌で溢れた私の部屋がそこにあった。

 地元金沢の片隅にある、一戸建て。和泉家の二階奥にある、六畳ほどの部屋。


 それがキッチンカーと同じく、私の記憶そのままに再現されていたのだ。


「凄い、凄い、凄すぎ! いったいどうなってるの? 明らかにおかしいでしょ? キッチンカーの床下に部屋があるなんて……」


 まさに私の居住空間がそこにあった。


「アメノトリフネでも使われている空間拡張技術を応用したまでです。原理を説明するのに数百日は必要でしょうから、それは省きますが――こちらのドアの説明だけはしておかなくては」


 厨房から伸びる梯子を下りてきたドクター・メイプルは、実家であれば二階の廊下に続くドアの元に近づくと、そのままドアに手をかけた。

 開いた先には、なんとこのキッチンカーの運転席が!


「こちらのドアは運転席と繋がっています。運転席への乗り降りにいちいち宇宙空間を経由しては危険でしょう?」


 私は何も言えなかった。

 この感動を言葉にすることが難しかった。


「気に入っていただけましたか? もちろん、あなたの要望の要である――宇宙空間の走行も可能となっていますよ」


 それから、キッチンカーのチェックを一通り終えた後、私たちは一度キッチンカーの外に出た。

 ピカピカのレモン色の車体を見ると、まだ、自分が夢の中にいるかのような錯覚を覚える。本当にあの子が私のもとに戻って来てくれるなんて。


「さて……ここまで設備を揃えておいた身で言うのもおかしな話ですが……本当にここを出て行くつもりなのですか?」

「はい、私、どうしても、銀河でキッチンカーをやりたいんです」


 銀河で移動販売をする。

 彼女に追加でキッチンカーの改造を頼んだのは、そのためだ。


「私の料理で、皆を笑顔にしたいんです。ううん、それだけじゃなくって……」


 そこで私はドクター・メイプルの目を見た。綺麗な緑色の瞳だった。

 彼女は静かに私の次の言葉を待っている。


「私、地球の味を沢山の人に知って欲しいんです。そのためには、ずっとここでトビウオを捌いているだけじゃ……駄目だと思うんです」

「宇宙は危険ですよ。銀河連邦が収めている銀河団とはいえ、宇宙海賊といったならずものや、例の宇宙トビウオのような害のある生命体も多数います」

「それでも、行きたいんです」


 私の返答に、彼女は小さく笑った。


「……貴方の意志は固いようですね。もちろん、私も貴方の意思を尊重したいと思っています。貴方が料理をしているときほど、幸せそうな瞬間はありませんでしたからね」


 そして、真新しいキッチンカーへと目を向け「問題は……」と続ける。


「シュテン大佐が貴方の旅を許可してくれるか、どうか……それ次第でしょう」


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