第11話 大好評に大盛況
「生まれてからこの方数百年、完全栄養食しか食べてこなかったので、いまいち上手く表現出来ないのですが。ええ、そう、美味しいんですね。まだ食べたいと思うくらいです」
「ああ、良かった。気に入って貰えて」
彼女の言葉に、私はほっと胸をなで下ろしていた。
美味しい、と言って貰えることほど嬉しいものはない。
「ちょっとだけ不安だったんです。地球とは食文化も全然違ったから……」
「あの栄養食が登場して数万年ですか。かつてあった銀河の食文化も、もはや見る影もありません。あなたが不安に思うのは当然ですよ」
シュテン大佐が以前、帝国とは何万年とやりやって来たと言っていた。
きっとその間に、食文化がすっかり衰退してしまったのだろう。
確かに全てがまかなえるバーがあるのだ。宇宙船での移動だって時間がかかる。保存が利き、さらに全ての栄養が取れるとなれば、バーに傾倒していくのも不思議ではなかった。
それはとても寂しいことだと、私は思う。
この宇宙で生きていた文化が死んでしまったと言うことだから。
地球人類が繁栄していく過程で発展していったのが食だ。
どうやってより美味しく栄養を取ろうか、そう考えてきた歴史があるからこそ、私は大好きなカレーライスと出会えたのだ。
きっとこの広大な銀河でも、そういった食文化があっただろうに。
「メイプルさん。もし良ければ、私、もっと作りますよ」
「まあ、良いんですか? では、もう一尾、いただいても」
「任せてください!」
そう言って、私が席を立ったその時だった。
「ドク、〝それ〟はそんなにいいものなのか?」
部屋と廊下を繋ぐスライドドアの方角から聞こえて来るのはシュテン大佐の声。
突如として現れた大男の存在に、私は驚くままに訊ねた。
「シュテン大佐、どうしたんです?」
もう宇宙トビウオの回収は終わったのだろうか。
「いや、Ω500型から連絡が入ってな」
ドクター・メイプルの他にも、オメガくんは食卓を囲む相手を呼んでいたようだ。
「それで、ドク。どうなんだ?」
「ええ、そうですね。今まで感じたことのない。感覚でした。この感覚を言葉で説明するのは、私でも難しいことです」
そう言って、眼鏡のブリッジを押し上げながら、涼やかな声で彼女は続ける。
「大佐も食べてみてはいかがです? そうすれば、嫌でも分かるでしょう」
「……ドクがそこまで言うんなら、な」
残りの宇宙トビウオはあと六尾ほど。
この程度なら簡単に調理することが出来る。
鮮魚店でアルバイトしていたときは、鱗取りと内臓出しを何十匹何百匹とやってきたのだ。緑色の血も、もう慣れたもの。グロッキーな気分になることはないだろう。
私は再び腕まくりをした。
「早速準備に取りかかります。少し待っていてください」
こんがりと焼き目の付いた宇宙トビウオの塩焼きは、大分腹の膨れた私でもまた食べたいと思うほどには旨そうな匂いを漂わせていた。
「はい、どうぞ召し上がってください」
さらにテーブルが必要だろうと、オメガくんが持ちこんだ白い天板の机に、私は二枚の皿を置いた。
そこに乗っているのは、焼きたてほやほやの宇宙トビウオの塩焼きだ。
「まあ、美味しそう」
嬉しそうに顔をほころばせる女医の横で、警戒した様子で皿を覗き込んでいるのがシュテン大佐だ。
「匂いは……悪くないな」
ぶっきらぼうな物言いだが、いつも険しそうに顰められている顔がほんのり緩んで見える。
ナイフとフォークを手に、器用に身を解していくドクター・メイプルの所作を横目にしながら、彼もテーブルの上のカトラリー類に手を伸ばす。
それからは無言の間が続いた。
黙々と宇宙トビウオの身を口に運び、ゆっくりと吟味するように咀嚼する。
シュテン大佐がすっかり皮まで食べ終えたところで、私は恐る恐る訊ねた。
「どうでしたか?」
彼は少し黙り込むと、がっちりとした顎を覆う白い髭を掻くようにして撫でる。それから、一度天井を見、それから皿の上の骨を見下ろして「そうだな」と呟く。
「不思議な感覚だな……何というか、悪くはない」
彼の横でふ、と小さな笑声を上げたのはドクター・メイプルだ。
「この味をもう一度食べてみたいと思ったのであれば、美味しいと言えば良いのだと思いますよ」
「……美味しい、か。そうだな、美味しかった。その、なんだ? 舌にじわっとくる感覚が良かった。宇宙トビウオの肉が臭くなかったのも良い。炉に投げ込むときの、腐りかけの生臭い印象が大きかったのもあるかもしれねえが」
よ、良かった~!
私は心の中で強くガッツポーズを決めていた。
シュテン大佐は特に、あのチョークバーを気に入って食べていた人物。おまけに宇宙トビウオを食べたいという私の要望に眉を顰めていたほど、食の価値観が違っていた。
そんな彼が、このトビウオの旨さを理解してくれた。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
じん、と胸に広がる喜びを噛みしめていると「大佐!」「ドク!」「Ω500型から聞いたんですが!」部屋に轟くのは、アメノトリフネの乗組員たちの声である。
「お前らどうしたんだ?!」
ぎょっと目を見張る大佐に対し、乗組員たちは口々に言った。
「いや、お二人がすごいもん食べてるって聞いて」
「気になって……って、それが凄いもんですか?」
彼らの目には、外の星々と同じくらいに輝く期待が込められている。
私はちろりとオメガくんの方を見た。
「食卓を囲む人数は多い方が良いかと思いまして」
手元にある宇宙トビウオはもう残り僅かだ。
ここに集まった人数と比べて明らかに数が足りていない。
仮に数が足りていたとしても、正直、この人数分を一度に作るのは骨が折れた。
さてどうしたものかと頭を悩ませていると、シュテン大佐がおもむろに席を立つ。
「これはソラが料理した宇宙トビウオだ。食ってみたいってんなら……ソラに金を払うんだな」
そう言って、シュテン大佐は懐から電子端末を取り出すと、殺到する乗組員たちに見せつけるようにして掲げた。
「俺はこの宇宙トビウオに1000クレジット支払うことにした。ソラの
「大佐が支払うのですから、私も倣って……二尾いただいたので、2000クレジット支払います」
Ω500型はそれぞれの端末に手をかざし「確かにちょうだいしました」と一礼。
宇宙ではこのようにして代金のやり取りをしているらしい。
「大佐が金出してまで食べてるっていうんだ」
「そりゃ凄いもんなんだろう」
「俺も払います!」
「私も!」
わ、と乗組員たちが部屋へと殺到する。
「……金で抑制するつもりだったんだが、逆に増えちまったな……どうするソラ? 全員分は無理だろう?」
「かなりの人数だけど……」
この部屋に集まった乗組員たちの数は十数人ほどだろうか。
これくらいのオーダーであれば、時間はかかっても何とか処理することが出来るはず。問題は宇宙トビウオの数だ。まだ動力炉に投入されていなければ良いのだが。
「回収した宇宙トビウオって今どれぐらい残ってるか分かりますか?」
「コンテナに二杯分は、残っているかと」
私の問いにすぐに答えるのは最新のアンドロイドオメガくん。
「じゃあ、オメガくん、手伝ってもらってもいい? 今すぐコンテナからトビウオたちを持ってきて。私は今から手元の六尾を調理するから」
「お安いご用ですよ」
そう言って、彼は集まる乗組員たちを掻き分けて部屋の外へと出て行った。
「……よし、やるぞ」
「おい、大丈夫なのか? かなりの数だぞ」
「大丈夫ですよ、シュテン大佐。少し待たせてしまうかもしれませんけど。でも、私は地球でもずっとこんな風にやって来たんです」
だから、と私は続ける。
「こんなに楽しいことってないですよ」
そう言って、私はにっと笑ってみせた。
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