第20話 黒山羊さんを探そう!

 停泊所にキッチンカーを停めて、カジノ〝夜会サバト〟の敷地内へとついに足を踏み入れた私は、すでに息が上がりそうになっていた。


「遠くから見ても凄かったけど、ほんとにギラギラしてる」


 目の前にそびえる黄金のビル。

 電飾で飾られ灯台のように明滅を繰り返しているこれが、カジノの本館だ。


 カジノとか人生初めての経験だ。

 生まれてこの方、料理と食事にしか興味なかった私である。


 ゲームセンターならいざしらず、賭博なんて無縁も無縁。

 競馬だって競艇だってパチンコだって私の興味の範疇外。

 ソーシャルゲームのガチャすら興味なかったのだ。


 目映すぎて、目が潰れてしまいそうだった。


 なにより、この人の数!


 しばらくお世話になっていたアメノトリフネの乗組員を遙かに凌ぐ人の海に、飲み込まれてしまいそうだ。


 銀河平和維持軍に目を付けられている違法カジノだというのに、この盛況ぶり。

 宇宙の平和は簡単には実現しなさそうだなと思った。


「それで、ここからどうするんだ?」


 もふもふの腕を組んだケラフが、まん丸な二つの目で私を見上げて訊いてくる。


「とりあえず、カジノに入ってみないことには何も分からないでしょ? ケラフにショウガを売りつけた人……」

「パン」

「パン?」


 ——なんて美味しそうな名前!


「……ソラ、あんた凄い顔してるぞ」

「あ、いや、そのパンって人に直接会ってみないとね。ここにいるんでしょ? 見た目とかはどんな感じなのかな?」

「クソ野郎だよ。捻れヅノのニグラス人。顔はまあ、種類によるが、パンの場合はあんたらみたいなタイプの顔。肌が青黒くって、つるつるで、髪は白くて、縮れ毛だ。上半身はあんたらみたいに毛がなくて、下半身は毛でふさふさ。足に蹄もあるぞ」

「……?」


 ツノと蹄と青黒い肌……?

 頭に出来た想像図は化け物だ。

 疑問符が浮かぶ私に助け船を出すのは、やはりオメガくん。


「ニグラス人の容姿は地球でいうところの、半人半獣といいますか。上半身がツノの生えた人型で、下半身は山羊のそれです。基本は地球人のような顔立ちをしていますが、上級種は頭まで山羊の形をしています。黒山羊会バフォメットの構成員のほとんどがニグラス人だと言われています」

「流石オメガくん、分かりやすい」

「そうそうパンのツノは右側が手前に捻れて、左側が後ろの方に捻れてんだ。それで判別がつくだろう」


 ケラフの追加情報。

 パンという人物には、ツノに特徴があると。覚えておこう。


「パンは黒山羊会の中堅だ。いわゆる違法植物——ハッパの取引を担当してる。ボスのシュブとは従兄弟だって話だ」


 ふむふむ。ボスの名前はシュブ、と。


「んで、どうするんだ? 途中、軍事基地によって色々やってたみたいだけど」


 そこまで口にして、糸のように細くなっていた瞳孔をかっぴらくケラフ。


「……まさか、軍の連中をカジノに呼ぶってんじゃ……」

「流石にそんなことはしないよ。もし、軍を呼んで、カジノ滅茶苦茶にするだけに終わったら……大変なことになるでしょ?」


 宇宙的常識のない私でも分かることだ。

 下手にちょっかいをかければ私たちが大変なことになる。


「軍の施設に立ち寄ったのは、作戦を立てるため。追加で色々送ってもらったし、他にも確認とかとったりね」

「……作戦ねぇ。どんな内容だかしらねえが、あのカリカリをうまいこと食わせりゃワンチャンあるかもな」

「とにかく、悪いことにはならないと思うよ」


 無策で宇宙ギャングの根城に乗り込む度胸なんて私にはない。

 その分、策は色々と練ってきた。

 仮に交渉決裂になったとしても、痛い目を見るということはない……と思う。


「さ、行こう!」


 私は遊園地のナイトパレードみたいに輝くカジノの本館を目指して歩き出した。




 カジノは音と光に耽溺していた。

 スロットマシーンみたいなものに、ルーレット、それからトランプのようなもの。宇宙人たちが興じている遊びのルールも仕組みも分からないけど、私が思うカジノとそう変わらない光景が広がっている。

 様々な賭場がずらりと並ぶホールの中では、多種多様な宇宙人たちが賭けに興じて一喜一憂していた。


「ここからパンを探すのは骨が折れそうだね……」


 音と光、そして宇宙人。

 ごった返す人の中から、目的のパンというバイヤーを探すのは簡単ではなさそうだ。


「こっちのキラキラしてる方にゃいねえかもな。アイツの仕事は、ここらに集まるワル連中にハッパを売りつけることだからな。裏の方で仕事中かもしれねえな」


 もし、裏で作業中だったら探すのは困難かもしれない。

 ただ表にいないという保障もない。


「オレはここに慣れてる。オレとお前たちで二手に分かれてパンの野郎を探そう」


 ケラフの提案に乗って、私たちは二手に分かれてパンを探すことにした。

 あらゆる情報を網羅するオメガくんが側にいれば、初めてのカジノもきっと大丈夫。


「どう? それっぽい人見かけた?」

「いえ、カジノ運営に携わっていると思しきニグラス人は見かけますが、例のパンという人物は……」


 カジノ内部を歩き回り、キョロキョロとパンを探す。

 本当にギラついた場所だ。

 地方都市の繁華街にも出かけたことのない田舎娘にはあまりに刺激が強すぎる。


 私は目が眩んでしまいそうになりながらも、パンを探した。

 カジノの一階には無数の賭場が並んでいて、奥には豪華な装飾が施された舞台がある。そこで音楽隊が生演奏の真っ最中。


 一階のホールは吹き抜けとなっていて、二階や三階からもこの生演奏を楽しめるようになっている。二階、三階には何があるのかは分からないけど、多分、一階と同じ賭場が並んでいるのだろうと思う。


 このホールでパンが見つからなかったら、二階を探すことになる。

 二階の欄干にもたれかかって、音楽隊の演奏を楽しんでいる人の中に、彼と思しき人物がいないか見上げていると――


 あれ?


 一人の宇宙人と一瞬だけ目が合った。

 柱の陰から私を見下ろしているのは、山羊頭の……男?


「ソラさん、どうかしましたか? 急に立ち止まっては……」

「オメガくん、あの人がこっち見てて……あれ、いなくなっちゃった」


 私が山羊頭の男が立っていた場所を指し示しても、もう、そこには人影は見当たらない。


「どのような人物でしたか?」

「山羊の頭をしてたと思う」

「話を聞くに、ニグラス人の上位種のようですが」

「……何で私なんか見てたんだろう。偶然目が合っただけだって思いたいんだけど」


 ほとんどの宇宙人たちが賭け事と音楽隊の演奏に夢中になっている中、あのニグラス人だけが、一階を見ていたのだ。

 何だか気になる。


 私の意識が二階に向いていた時だった。

 ぐわんと大きく視界が揺れた。


「――わっ、わ、わ」


 後ろから誰かがぶつかったのだと気付いた時には、そのまま私は赤いカーペットの上に倒れ込んでいた。


「おいお前! ぼさっと突っ立ってんじゃねえぞ!」


 振り返ってみれば、黒スーツを身に纏ったニグラス人が、苛立たしげに吐き捨てるのが目に留まる。

 捻れたツノに青黒い肌。白く縮れた毛。忙しなく絨毯を踏みつける蹄。

 だけども、ケラフの言う特徴的なツノはしていない。


 彼はパンではないようだ。


「ソラさんっ、大丈夫ですか?」


 差し出されたオメガくんの手を取って立ち上がる。


「どこか怪我は?」

「大丈夫だよ。ちょっと手が痛いくらいだから」


 とっさに突いて赤くなった手の平をオメガくんに見せて、私は大丈夫だと口角を上げてみせた。


「何だ、お前、見かけねえ種族だな。しけた格好しやがって、どこの星の蛮族だ?」


 苛立った様子のニグラス人は、私たちの格好が気に食わないらしい。

 まあ、ラフな私服だもんね。オメガくんはビジネススーツ着てるけど、カジノに相応しいかと言うとそうじゃない。


 対して、この怒りんぼのニグラス人は目に鮮やかな赤いシャツに、ラメの入った縦縞のスーツを着ている。

 うーん、派手!

 見るからに気質カタギじゃない!


 あーあ、面倒な人とぶつかってしまったな、と頭の中でどうしようかとシミュレートしていたところ――


「止めて。ぶつかりにいったのは貴方でしょ?」


 割って入ってくるのは、鼓膜が溶けそうなほど美しいソプラノボイスだった。


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