第8話 貴重なタンパク質ゲット!

 虫の羽音のようなオノマトペが聞こえてきそうな動きで迫るのは、大きく胸びれを広げたメタリックな魚群だ。

 さらにその後方には、アンドロイドたちが燃やす燃料が光が瞬いて見える。


 アンドロイドたちに追い立てられた魚の群れは、一度、戦艦のカメラの側まで接近すると、ぐるんと方向転換。


 電磁パルスの網の存在を察知したのか、それとも気まぐれに方向転換したのかは分からない。

 しかし、その方向転換を読んでいたかのように、先回りしていたアンドロイドがいた。


 オメガくんだ。


 地球人の姿に飛行機の翼のような羽根を生やした彼は、巧みな動きで宇宙トビウオたちを誘導。

 他のアンドロイドたちも彼に続き、宇宙トビウオの群れを電磁パルスの網の方角へと誘っていく。


「……流石は最新型のΩ500型だな」


 シュテン大佐の感嘆の溜息が私の耳に届いた時には、もう宇宙トビウオたちの運命は決定付けられていた。

 メタリックな輝きを鱗に宿した魚群は、次々と姿を見せる人影を嫌って渦を描くように泳ぎ続け、ついに――電気の網の中にゴールイン!


 ばち、ばち、とそんな音が聞こえてきそうな閃光が次々と迸り、宇宙トビウオたちはあれよあれよとパルスに痺れて動きを止めていく。


 気が付けば、モニターの画面は宇宙トビウオの姿でいっぱいになっていた。


 気絶した魚の姿は、私が知るトビウオの形とよく似ていた。

 鱗が緑がかったメタリックカラーであるという点を除けばそっくりだ。


 ごくり、と私は喉を鳴らす。

 これは……いけるかもしれない。


「よし、粗方捕獲出来たな」


 満足そうにシュテン大佐は顎を引き、手元のマイクに呼びかけた。


「アンドロイドたち、聞こえるか? トビウオをコンテナに回収して戻ってこい」

「あ、あの!」


 シュテン大佐がアンドロイドに指示を出し終えたのを見計らって、私は訊ねる。


「どうした?」

「いえ、捕まえたトビウオはどうするのかと思って」

「ああ、アレならそのまま炉に入れて船の燃料にすんのさ。害魚も減って、船のエネルギーも補填される。そうだな、あれだけあれば展開した電磁パルスの5分の1は補填できるかもな」

「その、宇宙トビウオを食べたりはしないんです?」


 さらに投げかけられた質問に、シュテン大佐は大きく顔をしかめた。


「食べる? 食べるって、あのトビウオを、か? 完全メシがあるってのに、食べるのか?」


 彼は信じられないと言う様子で首を振っている。


 やはり、彼ら宇宙人と私との間には、食に対する価値観の相違があるようだ。


 あんなチョーク味のバーを平気で一日三本も食べられるのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。


 いずれにせよ、今の私は、あのバー以外のものを口に出来るのであれば、それで良かったのだ。


 それが緑色に輝く宇宙トビウオであったとしても。


「可能であれば、食べてみたいんです。バーは確かに健康的なのかもしれませんけど、地球人にはちょっと味が淡泊過ぎて……」

「だが、あのトビウオをあんたが食えるかどうか」


 シュテン大佐の言うとおり、あの宇宙トビウオが食用可能かどうかが重大なポイントだった。

 あの色に、宇宙空間を飛び回るという特性。

 人体に害をなす何かが含まれていてもおかしくはない。


「――おそらく食べられると思いますよ」

「オメガくん!」

「Ω五〇〇型、早いな。もう戻って来たのか?」


 コックピットの入り口に立つ痩身の青年。

 モニターに映っていた鋼鉄の翼は消え、普通の地球人の姿となってそこにいるオメガくん。


 彼の手には白い袋が握られていた。

 底の部分がしっとりと緑色に濡れた謎の袋は、もうこれ以上は何も入らないというくらいにパンパンに膨れている。


「僕がいなくとも回収は容易でしょうから。それに今の僕の仕事は、ソラさんの身の回りの世話ですからね。大佐が僕に命令したのでしょう?」

「まあ、そうだが……」


 早足にコックピットの艦長席へと急ぐオメガくん。

 シュテン大佐の前までやってくると、かちっと踵を揃えた正しい立ち姿で制止する。


「さて、ソラさんの疑問にお答えしましょう。ドクター・メイプルから頂いた地球人のデータを参照した結果、宇宙トビウオが持つ成分が人体に影響を与えることはないと判断しました。十分食用可能かと」

「Ω500型が言うなら、間違いはないだろうがな……」


 オメガくんは琥珀色の視線を緑っぽい色に染まった袋へと落とした。

 中には多分、例の害魚が詰め込まれているのだろう。


「わざわざ私のために持ってきてくれたの?」

「ソラさんが見学に行きたいと言った時点で、もしかしたらと思いまして。違いましたか?」

「全然。合ってる」

「では、こちらをどうぞ」


 ずいっと差し出される袋。

 それを受け取れば、命の重さがずっしりと腕にのしかかる。


 袋の口を開けて覗き込めば、モニターに映し出されていた宇宙トビウオと全く同じ姿をした魚がこんにちは。


「さ、魚……しかも、食べられる魚……」


 私の口内には、食欲の泉が溢れていた。

 もう魚という形をしているだけで、旨そうに見える。


「シュテン大佐! これ、いただいてもいいですか? それから、ありったけの氷と保冷できる箱が欲しいです」

「まあ、別にいいが……どうやって食うんだ? まさか、生で食うのか?」

「……生はちょっと心配なんで、料理するんです。ドクター・メイプルからいただいた調理器具と調味料を使って!」


 魚の料理方法と言えば、基本は塩焼き。

 そう、塩さえあれば、基本的にどんな魚も旨くなるはずだ――



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