第7話 銀河追い込み漁を見学してみよう!

 オメガくんに案内されたのは、この宇宙戦艦アメノトリフネのコックピットだ。

 多数のメカメカしい機械とモニターが並ぶこの空間の、艦長席に見知ったオグレス人の姿があった。


 雄々しい二本のツノを額から生やした壮年の大男、シュテン大佐。

 彼は太い腕を組み、じっとコックピット上部に設置された巨大モニターを睨んでいる。


 船員たちが慌ただしく行き交う間をするりと通り抜けながら、オメガくんと一緒にコックピットの奥へと向かう。

 ずっとモニターを睨んでいたシュテン大佐だったが、自分に近づく二人分の影にすぐに気が付いたようだった。


「Ω500型、どうしたんだ? お前の仕事は……って、ソラ、あんたも来ちまったのか?」

「ソラさんは駆除の見学をしたいと申し出になられました。今回の見学が、彼女のストレスを軽減すると判断し、大佐の元へ案内を」

「見学だぁ?」

「シュテン大佐、すみません。宇宙トビウオというのが、どんな生き物なのか興味深くって。お仕事の邪魔はしませんから、見学だけでも」


 私の言葉にシュテン大佐は怪訝そうに眉を顰めた。


「見学って、ただの宇宙トビウオだぜ? 宇宙クジラとか、レアな生き物ならまだしも、相手は宇宙を飛び回ってる害魚だ。面白いモンだとは思わねえが……まあ、見たけりゃ好きにしたらいい。あそこのモニターに映るだろう」


 シュテン大佐が太い指でコックピット上部のモニターを指さした。

 モニターはいくつもにも画面分割されており、分割されたそれぞれの画面には代わり映えのない宇宙空間が映し出されている。


 戦艦に取り付けられたカメラの映像をここで監視しているのだろう。


「……では、僕もそろそろトビウオ駆除に行きますので」

「ああ、無茶して壊れんなよ。宇宙服無しに宇宙空間で作業出来るのは、お前みたいなアンドロイドぐらいだからな」

「はい、大佐」


 コックピットを去ろうとするオメガくんに向かって、私も声を投げかけた。


「オメガくん、ありがとう」


 彼は一度振り返ると小さく会釈をして、再び前へと向き直る。

 音もなく開く自動ドアを潜り、地球人によく似たアンドロイドの姿は見えなくなった。


「ちょっと質問してもいいですか?」

「ああ、何だ?」

「話を聞いた感じ、アンドロイドたちで宇宙トビウオを駆除するみたいですけど、どうやって駆除するんですか?」

「やり方は簡単だ。船が展開する電磁パルスの網に引っかけるんだよ。アンドロイドたちが逃げるトビウオを追っかけ回して、網に追い込むんだ」


 まるで追い込み漁のようだった。

 地球の追い込み漁は入り江にイルカや魚を船で追い込み、行き場を失った魚たちを漁獲するというやり方だ。


 しかし、ここは広大な宇宙。

 海に生息する魚と違って、宇宙トビウオは宇宙全体を遊泳するようだ。


 宇宙を三次元的に動くことが出来るのを考えると、追い込むのは少々難しそうに思えるが。


 私は巨大モニターを見上げていた。

 宇宙トビウオとやらは、どんな姿をしているのだろう。

 そして、宇宙トビウオはどんな味なのだろうか、と。


「――大佐、魚影を再探知しました! 宇宙トビウオの群れはこちらに向かってきています!」


 コックピット内部に轟く男の声。

 シュテン大佐と同じく、ツノの生えたオペレーターだ。


「よし、好都合だ。アンドロイドたちも準備出来たみたいだしな」


 シュテン大佐が見つめるモニターには、様々な種族の姿をした人影が映り込んでいた。

 空気もない宇宙空間だというのに、宇宙服を身につけない無防備な姿で宇宙を飛び回るのは無数のアンドロイドたち。


 背中から飛行機の翼のようなパーツを広げているものや、あるいはジェットのようなものを装着した姿で、彼らアンドロイドは宇宙空間を飛び回っている。


「ソラ、あっちのモニターを見てみろ。レーダーの動きを見るに、多分、そっちに映るはずだ」


 シュテン大佐の言葉通り、視線を彼が定めたモニターに固定する。

 胸が高鳴ってきた。


「γ方面に、パルス網展開!」


 シュテン大佐が声を張れば、彼の一言一句を復唱する声が続く。


「γ方面に、パルス網展開!」


 間もなく、モニターに映るのは、目映い光の網だ。

 戦艦よりやや離れた位置に大きく広げられる電磁パルスの網。いくつかのモニターを跨いで映り込んでいることから、網の大きさは相当なものだということが分かる。


「アンドロイドたち、オペレーションの指示に従え。後は頼んだぞ!」


 コックピットのマイクに呼びかける大佐。

 先ほどまでモニターに映り込んでいたアンドロイドたちの姿は、もうすっかり見えなくなっていた。


 代わりに映し出されるのは、電磁パルスの網と広大な宇宙空間だ。


「さて、そろそろ見えてきたな」

「……えっと、どこにトビウオが?」


 私は首を傾げた。

 そこに映るだろうと指定されたモニターを見つめていたが、何も変わらないように見える。


「ほら、見えるだろ? 奥でちらつく光が。あれが宇宙トビウオの群れだ。鱗を光らせて星に擬態して、宇宙空間を高速移動してるんだよ。……ほら、迫ってきたぞ!」


 シュテン大佐が説明する間にも、奥で蠢いていた光の群れがこちらへと迫ってくる。


 ざざざざざざざ……!

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