第4話 人工甘味料とアンドロイド
戦争の流れ弾で地球が滅亡し私が蘇生してから、早くも1週間が経過しようとしていた。
そこで分かったことがいくつかある。
まず、この宇宙は二つの勢力——銀河連邦とコール・ハウル・イエル帝国に分かれて、何万年も戦争を続けていること。
銀河平和維持軍は、銀河連邦が所有する巨大な軍であること。
今乗っている船は、銀河平和維持軍第五七支部が率いる戦艦アメノトリフネだということ。
シュテン大佐がこの支部の最高責任者であること。
乗組員にはオグレス人以外の宇宙人が多数存在すること。
シュテン大佐とドクター・メイプル以外の乗組員は地球人にあまり興味がないらしいこと。
現在戦艦アメノトリフネはこの銀河間を移動している何かしらを追っている真っ最中であるということ。
そして——これが一番重要な事実だ——ここで食べられる唯一の食料が、あの地獄のチョークバーのみであるということ。
今や私の口の中は、1週間もあのチョーク味のバーを食べたことで、パッサパサもパッサパサ、さながら乾期のサハラ砂漠と化していた。
どれだけ水を含んでも、どれだけ時間をかけて咀嚼してみても、あの白い地獄を美味しく味わうことは難しかった。
もしゃもしゃと不味さの頂点を我が物顔で陣取る銀河メシを囓りながら、水を呷り、私は深々と溜息を吐く。
「カレー、食べたいなぁ」
地球の食事が恋しかった。
何よりカレーライスが恋しくて、恋しくて仕方なかった。
各種スパイスを掛け合わせて作った特製のカレー粉に、真っ赤に熟したトマトのホール缶を全部入れ、さらにゴロゴロ大きめにカットした野菜を入れて、出来上がるカレーの基板。
そこに入れるメインのタンパク質は、牛肉でも良かったし、豚肉でも、合い挽きミンチでも、赤エビでも良かった。
あえて動物的な味を遠ざけて、瑞々しいズッキーニや茄子をメインにした野菜カレーも美味しいだろう。隠し味にソースや生クリーム、チョコレート、魚醤を入れても美味しい。
カレーは最高の庶民料理だ。
インドが生み出し、イギリスが運び、そして日本で完成した庶民の味。
食文化の歴史が生み出した最高傑作だと思っている。
炊きたての粒のたったキラキラのご飯の上に、具材の味が溶け込んだルウをかける喜び!
……じゅるり。
ああ、想像するだけで涎が出てくる。
かっすかすのサハラ砂漠に恵みの雨が降ったところで、殺風景な部屋と廊下を繋ぐスライド式ドアが開く。
シュテン大佐か、それともドクター・メイプルか。この部屋を訪れる人物といえば、その二人ぐらいだった。
だが、私の予想に反してひょこりと顔を見せるのはすらりとした痩身の男性。
「お待たせいたしました。ソラ様のご要望の品はこちらでよろしいでしょうか?」
山積みの箱を積んだ台車を押して部屋に入ってくる彼は、シュテン大佐が身につけている軍服とほとんど変わらないデザインの服に身を包んでいる。
年の頃合いは私と同じくらいだろう。若々しい20代の――
「へ? うそ、あなた、地球人?」
手に握っていたチョーク味の完全メシをシーツの上に放って、私はベッドから飛び降りた。
サイドに並べてあった薄汚れたスニーカーの踵を潰してスリッパのように履くと、そのまま目をしばたかせる青年の元に駆け寄った。
身長は180センチか、それより少し低いくらいだろうか。
彼の肌の色は私の知る黄色人種のそれ。
耳は丸く、額から突起物が出ていることもなく、鼻は高く、瞳の色は琥珀色。触覚もなければ、タコみたいな触手も、虎やライオンみたいな牙や爪もない。
どこからどう見ても地球人だ。
「私以外にも蘇った人がいたんだ」
シュテン大佐は予算がどうのこうのと言っていたが、上手く〝上〟を説得出来たのかもしれない。
しかし、青年は私の期待に反し「いえ」と表情をぴくりとも変えずに首を横に振る。
「僕は汎用型軍用アンドロイド
――アンドロイド!?
こんなに人間そっくりのアンドロイドが存在するだなんて、……と、驚愕したところで、思い直す。
そもそも、記録再生技術とかいう、到底理解出来ない超技術で一人の人間を蘇生させたのだ。
予算の都合さえ付けば、地球そのものだって再生することが出来るほどの技術を持ち合わせている軍が、高機能なアンドロイドを作れないはずがない。
「ですが、あなたの反応を見るに……地球人の姿に寄せるというシュテン大佐の考えは、あなたを落胆させるだけで良い選択ではなかったのかもしれませんね」
「ううん、そんなことない! すごく嬉しいよ」
彼が地球人でないことは残念だが、それでも姿の似通った誰かがいるだけでも十分心強い。
「それなら良かった。では、荷物を下ろしますね」
そう言ってΩ500型は台車に積まれていた白い箱を次から次へと下ろしていった。
「これ、きっとメイプルさんにお願いしたヤツだよね? 調理器具と調味料」
「はい。荷物に関して、ドクター・メイプルより伝言を預かっています」
箱を下ろし終えたΩ500型は、右手の平を天井に向けた。
間もなく、彼の手から青白い光が立ち上り、その光は次第に人の形を取り始める。
ドクター・メイプルだ。
『ソラさん。貴方の記憶からいくつか調理器具と呼ばれるものを復元しましたが、キッチンカーの方はまだ完全に復元出来ていない状態です。それから、生体由来成分から生成する調味料はコストがかかりすぎるため、低コストで化合可能な二点のみ復元しました』
期待に応えられずすみません、と女医が小さく頭を下げたところで、映像は消える。
「以上が伝言です。では、ソラ様、中身の確認をお願いします」
Ω500型に促されるままに、私は白い箱を次から次へと開けていった。
そして感嘆の溜息を吐くことになった。
「包丁に、まな板、フライパン……寸胴鍋に、スライサー、フードプロセッサー、ミルサーまで!」
他にも、ボウルに菜箸、食器類に、カトラリー一式。
ほとんど使うことのなかったたこ焼き器や、ホットプレート、カセットコンロにガスボンベ。
箱の中に眠る調理器具のいずれもが、私が所有していたものとそっくり同じものだった。
いくつか欠けがあるものの、調理器具の方は最低限必要なものが揃っている。
問題は一部しか再現できなかったという調味料のほうだ。
正直なところ、調理器具よりも調味料の方がこの先の宇宙人生により深刻に関わっている。いったい、どの調味料を復元出来たというのだろうか。
期待と不安、その二つを胸に抱きながら、私は箱の最後の一つに手を伸ばす。
「ここに調味料が」
意を決し、封を開ける。
箱の中には二つの袋が入っていた。片方は透明なビニールの袋。もう片方は銀色の袋。
重さとしてはビニールの方が5キロ、銀色の袋の方は1キロほどといったところだろうか。
「……これは、えっと……」
「塩化ナトリウムとアセスルファムカリウムです。塩化ナトリウムが5キロ、アセスルファムカリウムが1キロ入っています」
「塩化ナトリウムは塩でしょ? あせす?」
「アセスルファムカリウムは人工甘味料ですね。砂糖の200倍の甘さを誇ります」
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