第5話 激マズチョークバーをリメイクしてみよう

「人工甘味料!」


 生物由来の調味料は難しいと聞いていたから、砂糖のような甘味調味料についてはまるで期待していなかったが。

 そうか、人工甘味料というものがあった。


 ――アセスルファムカリウム。


 その文字が度々買っていたスーパーの洋菓子の成分表示に載っていたのを思い出す。


「ありがとうオメガくん。ドクター・メイプルにもお礼を言わないとだね。塩気と甘味があれば、人間生きていけるから!」

「お、オメガくん?」


 私が勝手に命名したあだ名に、Ω500型ことオメガくんは目を丸くさせていた。


「あ、ごめんなさい。同じ地球人の見た目なのに、型番で呼ぶのって、何だか変な感じがしちゃって」


 オメガくんはどこからどうみても地球人の男性だ。そんな彼を、機械のように型番で呼ぶのには抵抗感があった。


 ぴたりと物体のように体を静止させたオメガくんは、困惑した様子で「まあ」と平均的な唇を動かした。


「貴方の呼びたいように呼んでくださって結構です。僕の役目は貴方の身の回りの世話を通じてストレスを軽減することですから」

「じゃあ、よろしくね、オメガくん」

「はい、ソラ様」

「あ、ソラ様はなしで。私はソラでいいよ。様付けされるような出来た人間じゃないし」


 様付けは何というか、圧倒的な上下関係があるようで、あまり好きじゃない。


「……では、間を取ってソラさんで。それでよろしいですか?」

「うん、それでお願い」


 そう言って私はオメガくんに笑いかけた。

 オメガくんもぎこちなく笑い返してくる。

 アンドロイドは表情筋を動かすのが苦手なようだった。


 それから、私は手に入った調味料へと視線を戻した。


 塩とカロリーゼロの甘味料。

 この二つがあれば無味乾燥のチョーク味バーも、多少はマシな味付けが出来るはず。


「……一つ訊ねて良いですか?」

「何?」

「いえ、調理器具をドクター・メイプルに依頼したと聞いた時から気になっていたのですが、これで完全栄養食をどうするのですか?」

「これを使って、あのバーをクッキーにリメイクするんだ。ちょっとでも食べやすくなるようにね」

「クッキー……ただいま地球アーカイブスよりクッキーを検索しています。なるほど、クッキーというものを理解しました」

「地球アーカイブス?」

「銀河連邦が取ってきた地球のデータのことです。そこにアクセスする権限を与えられたので、地球のことであれば適宜調べることが可能です」

「凄い、オメガくん。地球のデータなら何でも調べられるの?」

「アクセス出来る範囲であれば、ですが」


 それは、つまり、地球滅亡と共に失われたレシピも、オメガくんがいれば検索可能ということでは?


 この人工甘味料の利用上の注意も聞くことが出来るだろう。

 使ったことのない調味料に不安感があったが、これで俄然やる気が湧いてきた。


「ね、オメガくん、この調理器具を使えるようにできる? それから、調理用のテーブルもあれば欲しいんだけど……」

「はい、お任せください」


 オメガくんは私の依頼通りに、あっという間に準備をしてくれた。

 彼が用意してくれたのは、足がしっかりとした白い天板のテーブルと、調理機器に配電するためのコードだ。

 もちろん、地球の電子機器の規格と宇宙船の規格が一致するはずがないので、多分、その辺りの問題はドクター・メイプルが色々と上手くやってくれたのだろうと思う。


「さて、やるぞ! クッキー作り!」


 テーブルの上には、電源に繋いだミルサーと麺棒、それからいくつかの容器に、人工甘味料の袋が一つ。カセットコンロに、フライパン。キッチンスケールが並んでいる。


 理想を言えば、電子レンジやオーブンレンジが欲しいところだが、復元されたリストの中になかったので、そこは諦める。依頼したキッチンカーがまだ完成していないのを見るに、大型で複雑な機械を作るのには中々時間がかかるようだ。


 高機能のレンジがなくとも、これだけあれば十分だ。

 私が作るものは、完璧なクッキーではなく、クッキーなのだから。


 参考レシピは以前作ったプロテインクッキーのそれである。


 昔、アルバイト先の鮮魚店で懇意にしてくれていたおばさまが、女性向けジムに通って購入したはいいものの、消費しきれずに余ってしまったココア味のプロテインを私にくれたことがあった。

 ありがたいことに四袋も。


 全てを水に溶かして飲み切る前に飽きがきてしまったので、どうにか消費しきろうと考えついたのが、粉プロテインのクッキー化である。


 レシピは簡単。

 プロテインに少し水を足して、練って、成形して、焼く。

 味付きでないプロテインの場合は、少量の甘味を混ぜる。以上!


 誰でも作れる簡単レシピである。


「まずはバーを粉にしなきゃね」

 

 そう言って腕まくりをすると、私はシュテン大佐から貰ったバーを包みごと麺棒で砕き始めた。

 この一週間分の食の不満をすべてぶつけるように、力一杯砕いていく。


 ばんばんばんばんばん……


 静かな部屋に、物々しい音が鳴り響く。


「……良ければ手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫だよオメガくん。これで全部粉にしようってわけじゃないから。そこで見てて」

「了解しました」


 粗方砕いたところで銀の包みを破り、ぼろぼろになった中身をミルサーに投入。蓋をしっかりと閉めて、あとはスイッチを入れるだけ。


 さて、ぽちっとな。


 電源が入ると同時に、ミルサーの刃が高速で回転し始める。

 麺棒で砕いただけではいくつかの大きな塊があったが、その塊もあっという間に砕かれ、ミルサーを起動して数十秒後にはすっかり粉末状になっていた。


 ここまでは順調。

 問題はここからだ。


 この粉末と化した完全栄養食に人工甘味料を混ぜるのだが、砂糖と同じ気分で使えばとんでもない目に遭うことになる。

 さて、どれくらいの量が適量か。


「砂糖の200倍の甘さだから、1グラムで200グラム分……」

「この粉末の体積から考えられるに……そうですね、0.2グラム程度が最適かと」

「計算早いね」

「最新のメモリを積んだアンドロイドですから」


 何だかオメガくんは自慢げだった。


 彼の言葉通りに、キッチンスケールを用いて計量。0.2グラムというごく少量の人工甘味料を容器に移す。


「アセスルファムカリウムは水に溶けやすい性質を持っています。ですので、少量の水で溶かし、その溶液を粉末に混ぜるのが良いかと」

「その案良いね。やってみる」


 彼のアドバイスを参考に、人工甘味料が入った容器へごく少量の水をたらし、スプーンでかき混ぜる。するとあっという間に白い結晶は水に溶け、すぐに見えなくなった。


 その水を今度は別の容器に移した粉末にたらし、練る。


 練る。練る。練る。練る。練る。

 ひたすら練る!


 練って、練って、練って、練りまくり、甘さが均等に生地に行き渡るようにさらに練る!


「こんなもんかな」


 じんと腕に疲労と熱が宿り始めたところで手を止めて、私は水を含んでドロドロになった生地を見下ろした。これぐらいで十分だろう。

 後は準備したカセットコンロに火をつけて、フライパンを熱して、そこに生地を落として焼くのみだ。


 サラダ油も何もない状況。フライパンのフッ素樹脂加工が働いてくれると信じ、生地を投入。


 ホットケーキを焼くようにスプーンで生地を流し込み、中火でじっくりと水分を飛ばしていく。


 片面を5分ほど。もう片面を3分ほど焼いて、白い表面にほんのり焦げ目が付いたところで、私はフライパンの火を止めた。


「クッキーもどき、完成!」

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