第3話 銀河メシはチョーク味

「それって、どういうことです? 記録があれば蘇らせることが出来るって……」

「あんた一人蘇らせるのに100万クレジットもかかってる。人類だけ蘇らせるにしても、100万クレジットかける100億……10兆クレジットかかるわけだ。ちょっとした地方惑星の国家予算レベルだな」

「じゅっちょう……」

「プラス1億種の生命体に、地球レベルの惑星を再生するとなると、さらに金がかかるわけだ。10兆クレジットどころじゃない金がな。下手すりゃ京までいくかもな」


 ど、ど、ど、と心臓が煩わしく鳴り始める。

 嫌な予感がビンビンだ。


「ただでさえ、帝国軍と何万年もやりあってるんだ。俺たちみたいな軍事産業に関係ない研究観測部門の予算なんてカツカツ。あんたの蘇生の見通しが立ってすぐに、俺も上層部に掛け合ったが……そんな大金すぐには用意できないって突っぱねられちまってね。新型兵器の開発にゃ予算を馬鹿みたいに下ろすくせにな」

「そ、そんなぁ……」


 私はベッドに体のすべてを投げ出した。

 底なし沼にずぶずぶと沈んでいく、そんな気分。


「まあ、あんたには悪いと思ってるよ。さっさと銀河戦争を終わらせられない上層部のせいで、なんの罪もない地球が滅びちまったんだからな」


 シュテン大佐は白いぼさぼさの後ろ毛を気まずそうに掻いている。


「とにかく、せっかく生き返ったんだ。飯食ってゆっくりしたらいい。俺たちにはあんたを蘇らせた責任があるしな。宇宙船内でのあんたの生活は保証する。ストレスは地球人の敵だからな」


 宇宙的に見ても、地球人はストレスに弱いという認識らしい。

 にか、とシュテン大佐は取り繕うように笑うと、かっちりとした軍服の上から胸をどんと叩いた。


「欲しいものがあればなんでもドクに言ってくれ。娯楽用品とか、復元できそうなものは可能な限り復元してやる。最低限の努めだ」


 そう言って、シュテン大佐は軍服のポケットから一本の銀紙に包まれた何かを取り出すと、ぐったりと投げ出されている私の手に握らせた。


「さ、腹が減ったころだろう? これが俺たち銀河連邦の完全メシだ。バー一本食べればたちまち元気になるぞ。悲しみは空腹から生まれるってのは、銀河共通の認識だからな」


 シュテン大佐は踵を返すと「これから通報のあった飛翔体の追跡に戻る」と言い残して、部屋を出て行った。


 大佐という肩書きを持つ以上、彼は多忙なのだろう。


 やり過ぎミニマリストの部屋に残されたのは、絶望に打ちひしがれる私とドクター・メイプルの二人だけ。


「生きているだけでエネルギーは消費されていきます。さ、召し上がってください」

「……そ、そうですね、ここで塞ぎ込んでいても仕方ないし……」


 ドクター・メイプルに促されるままに、私はベッドから体を起こす。

 この短時間の間に色々なことが立て続けに起きていてすっかり忘れていたけど、私の胃袋は空っぽだ。


 手に握る銀色の包み紙を指先で外していけば、出てくるのは長さ14センチくらいある白い直方体。


 まさしく宇宙食っぽい見た目のバーだ。


「……プロテインバーみたい」


 恐る恐る鼻先を近づけて、すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。

 匂いらしい匂いはあまりしない。

 指先で触ってみた感じは、やや粉っぽいという印象。


 どんな食材で出来ているのか、食の探究者としても気になるところだ。


「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ。地球人の胃袋でもちゃんと消化出来ますし、必要栄養素は私たちオグレス人とほとんど変わらないことも分かっています」


 彼女たちと私の違いと言えば、そのツノと変な髪の色くらいで、見た目の差異はほとんどない。ドクター・メイプルの言葉からして、胃の構造もそう変わらないのだろう。


 食べても大丈夫なはずだ。


 銀紙から半ばほど出したバーとにらみ合い、私は小さく頷いた。


 よし、食べるぞ。


 私は大きく口を開けると、バーに歯を立てた。


 ん? 思ったより堅いな。あずきのアイスバーみたいな堅さ。


 ぐっと顎に力を入れて、がぼりとバーを砕き、舌の上に転がして――


 ――なにこれ、まっっっっっっっっっっず!


 私の時間は凍り付いた。


 不味すぎる!


 舌の水分を吸い取って表面がドロドロになったバーの欠片を奥歯でかみ砕けば、食の不快感のびっくり箱がぽんと開く。


 無味無臭の砂ブロックをかみ砕いているような、そんな感覚。


 砂――いや、これはチョークだ。


 小学校三年生の時、漫画で見た〝チョークは炭酸カルシウムの塊だから食べられる〟という話を信じ、チョークをひと齧りしたあの絶望の瞬間を思い出させられる酷さ。


 口内の水分という水分をあっという間に奪い取り、そしてねっとりと歯や口腔内の隙間にヘドロのごとく張り付く地獄の食品。


 嚥下するにも勇気がいる品だ。


「おや、お口に合いませんでしたか?」


 もったりとした動きで一つ咀嚼しては、その不味さに動きを止める私の姿を見て、ドクター・メイプルは首を傾げた。


 私は彼女に救いを求める視線を送った。


「……、おみじゅくだひゃい」

「ああ、そうですね。確かに地球人の唾液の分泌量は私たちより圧倒的に少ないんでしたね。少しお待ちを」


 ドクター・メイプルが小走りに部屋を出、飲料水を持って戻って来るまでの数分の間、私はチョーク味の地獄を味わうことになった。




 ごく、ごく、ごく。

 喉をたっぷりと鳴らして、私は水でチョーク味の地獄を胃袋に流し込んでいく。

 まだ口内の隅から隅にいたって、白いヘドロが張り付いているような不快感が残っている。


 追加で水をお代わりして、カップに注がれた水を飲み干しては、もう一度お代わりを強請る。

 口内の粉っぽさが消えるまで水を飲んで、溜息を吐く。


 やっとバーの全部を食べ終えることが出来た。


 私がこのチョーク味の地獄を完食するまでにかかった時間は、体感30分ほど。


 うーん、マズい!


 味も不味いが、何よりこのバーが、彼ら銀河平和維持軍における通常食だろうということがマズい!


 それはつまり、私はこれから毎日、無味無臭のチョーク地獄を味わうことになるということだ。


 いくら地球の娯楽を復元してくれると言っても、食事がこれではストレスが募りに募る。


「……ドクター・メイプル。私のキッチンカーと調理用具とか、調味料とか、復元できます?」


 私の質問に、ドクター・メイプルは手元の端末を操作し、何かを確認しているようだった。

 それからさらりとした赤い髪を耳にかけ直しながら、静かに答える。


「ええ、ある程度は可能ですよ。コストがかかる地球固有の生命体やそれ由来のものでなければ、大抵のものは復元出来るかと……」

「何でもいいです! すぐにでもお願いします。私の命がかかってます!」

「まあ、それは大変ですね。早急に手配しましょう」


 かつかつとヒールを鳴らしながら、赤い髪のツノ女医はミニマリストの部屋から出て行った。


 途端に静寂が簡素な部屋を支配する。

 私はベッドの左サイドに位置する、丸っこい窓を見つめた。


 窓の向こうに広がるのは広大な宇宙。

 この広すぎる世界に、たった一人の地球人として蘇ったのは、もう、仕方ない。


 規模があまりに大きすぎる。


 でも。


「せめてご飯だけでもまともなものを……!」


 ぐっと拳を作ると、私はそれを突き上げた。

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