第2話 蘇生されたの私だけってマジですか?
私はホラー映画、あるいはホラーゲームの登場人物さながらの絶叫をあげていた。
「あらあら、困りましたね。ソラさん、落ち着いて」
ツノ女医は親戚のお姉さんのような落ち着いた声色で私を宥めようとする。
「お、おち、おち、落ち着いて、い、い、いられますか?! ド、ドッキリですよね?! テレビとか、配信者の悪ふざけでしょ?」
ベッドの上で私は取り乱していた。
地球が滅んだなんてにわかには信じられない。
だけども、私がここにやって来た瞬間の異常性だとか、ツノ女医の見た目や丸っこい窓の向こうに広がる宇宙みたいな夜空が、彼女の言葉に信憑性を与えている。
信じたくない。
でも信じるしかない。
この二つの感情に私の脳はもうぐちゃぐちゃだ。
「この、窓のむ、向こうも、なんか上手いことやっていい具合に宇宙空間っぽく見せてるんですよね?!」
——ドッキリ大成功!
そんなレトロなパネルを持った人間が現れるのを私は願った。
願って、願って、ついにその願いが届いたらしく、部屋の片隅にあるスライド式のドアがするりと開き——
鬼の形相の男が姿を見せた。
「ドク! 何があった?!」
彼は女医と同じツノを持った大柄な男だった。
女医と違って、男の髪は白く長くぼさぼさで、額から伸びるツノは二本。190センチほどあろうかという大男で、軍服風味の制服と帽子を着用している。年の頃合は40代から50代といったところだろうか。
春の土筆のごとくにゅっと伸びているツノにさえ目を瞑れば、アメリカ海軍に所属する白人男性に見えたことだろう。
「この地球人を一人蘇らせるのにとんでもない金がかかってるんだぞ! 自殺でもされたら困る!」
白髪の大男は唾を飛ばしながら、ドクと呼ばれた女医の元へと駆け寄ってくる。
ツノも相まってまさに鬼のような気迫の彼に対し、女医は平然と答える。
「シュテン大佐。大丈夫ですよ。彼女に注入したナノマシンが働いて、今に落ち着くはずです。翻訳機能も申し分ないようです。私たちの銀河公用語も理解していますし」
眼鏡の奥で切れ長な双眸を細めて笑うと、ドクはちろりと私の方を見た。
「ほら、落ち着いてきたでしょう?」
ドクの言葉通りに私の脳内で吹き荒れていた混乱の嵐は収まり、ハッカ味の飴を舐めた時のような爽快感が残されていた。
見知らぬ部屋で目覚めたというのに、不思議と落ち着いていられたのは、女医のいうナノマシンなるもののおかげだったのかもしれない。
「……はい」
なんとも不思議な心中に首を傾げながら、私は答える。
ほっと安堵の息を漏らすシュテン大佐。
「ああ、良かった。この地球人に100万クレジットもかかったんだぞ。ドク、分かってるだろうが地球人はストレスにめっぽう弱いんだ。俺たちオグレス人と違ってな。仕事でノイローゼになって自殺するくらいヤワなんだ」
「分かっていますよ、大佐。だからこそ、ナノマシンを注入したわけです」
「あ、あなたたちは……、いったい誰なんです?」
私の問いに、先に答えるのはシュテン大佐だった。
「俺はこの銀河平和維持軍の後方支援及び惑星環境観測保全活動及びバイオテクノロジー・記録再生技術研究開発部隊の総責任者、シュテン大佐だ」
長々と並べられた肩書きの一つも理解できなかったが、彼が軍人で、さらに何やら色々と兼任しているらしいことは分かった。
「こっちは俺の補佐官にして、あんたを蘇らせた偉大なドクター——」
「私はドクター・メイプル。記録再生技術の研究を行っています。今回、あなたを蘇生させたのも私です」
ドク、とは名前ではなく、その肩書きを縮めて読んでいただけのようだ。
しかし、蘇生って……私を生き返らせたってこと?
「ソラ、ドクから説明があったと思うが、あんたが暮らしていた惑星地球は滅びちまった。簡単に受け入れられることじゃねえと思うが、それは覆しようのない事実だ」
「……ど、どうして滅びたんですか? 確かに地震とか異常気象とか色々地球もヤバい感じでしたけど、そんな急に滅びるなんて!」
私が住んでいた地球は、私が産まれた時からずっと環境破壊だの、異常気象だの、超大型地震だの、巨大台風だの、豪雪だの、山火事だの、まあ様々な異常気象に悩まされていた。
いつかは人が住めなくなるとは思っていたが、まさか突然、地球がぽっくりと逝くことになるだなんて。
シュテン大佐は白い髭を蓄えた顎に手をやって、言いにくそうに口を開いた。
「……流れ弾に当たったんだ」
「流れ弾?」
「俺たち銀河平和維持軍は、ならずもの銀河こと、コール・ハウル・イエル銀河帝国軍と長いことやりやってる。まあ、進化観測モデルとして、観測されてただけの地球人は知らないだろうがな」
戦争……宇宙空間でも知的生命体のやることは地球とあまり変わらないみたいだった。
「そんな帝国軍と平和維持軍のどんぱちやってた弾が明後日の方向に逸れて、偶然できた時空間ホールに入り込んで、何千億光年も離れた地球に運悪くぶち当たって」
はぁ、と大佐はため息をついた。
それから憐れみの目で私を見る。
「地球は滅んじまったのさ。俺たちが必死こいて記録とってた100億の人類も1億を超える種も、全部、蒸発して消えたよ」
「……、じゃ、じゃあ、どうして私はここに? なんで私だけが生きているんですか? 私を〝蘇生〟したっていうのは」
今度はドクター・メイプルが答える。
「私たち銀河連邦は地球が誕生した46億年前から、その記録を取り続けてきました。海の発生、生命が発現し進化する過程……そして、2043年5月5日に地球が滅びる直前までの記録を」
な、なるほど?
よく分からないけど、とにかく地球の全てを記録していたらしい。
「その記録を元に、あなたを蘇らせたのです。あなたのお好きなゲームで例えるなら、セーブポイントから再開した状態といいましょうか。帝国が撃った粒子砲が当たる直前、5月5日午後3時3分55秒にセーブされた記録から、あなたはゲームを再開したのです」
噛み砕いた説明のおかげで、何となく分かってきた。
もちろん、どうやってゲームを再開できたのか、詳しい原理はまるで分からないが、とにかく、その記録から人間を蘇生することを可能とする技術を彼らは持っているのだ。
こうして私を蘇らせたように。
それはつまり!
「だったら、私以外の地球人も蘇生できるってことですよね! 地球の記録があるなら、地球も!」
「理論上は。実際あなたはこうして蘇ったわけですしね」
「よかったぁ……!」
涙が滲んできた。
地球が滅んだと聞いたときはどうなることかと思ったが、蘇生できるというなら話は別だ。
しかし、銀河平和維持軍の二人の表情は芳しくない。
「……喜んでるところ、悪いんだが」
「はい?」
「今すぐに地球全部を元に戻すことは不可能だ」
「へぇ?」
風船から空気が漏れ出るような、そんな間抜けな声が私の口から漏れ出した。
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