キッチンカー銀河を行く〜万能アンドロイドともふもふ宇宙海賊と行く宇宙食材まったり探索紀行〜

アズー

第1章 え? 地球滅んだんですか?!

第1話 地球、滅んだらしいですよ


 キッチンカーの厨房でカレーライスをよそっていたら、私、和泉いずみソラは見ず知らずの空間に飛ばされていた。


「へぇ?! ここ、どこ?」


 天井を見上げながら声を上げる。

 まったく身に覚えのないまっさらな天井が、私を見下ろしている。


 え? え? どういうこと?

 なんでベッドに寝てるの、私!


 慌てて体を起こして周囲を確認。


 私が寝ていた部屋は、四方八方が真っ白に塗られていて、殺風景。なんだかやり過ぎたミニマリストの部屋みたいだった。


「いつの間に移動したの? え? まさか私の部屋なわけないし、病院?」


 もしかして、キッチンカーの中で気絶して、ここに運び込まれたのだろうか。


「でも、病院にしても、なんもなさすぎるし……」


 昔、O157に感染して死にかけた時お世話になった病院の個室に、ちょっぴり雰囲気が似ている。色合いとか、空気にほんのり漂う消毒用アルコールのようなツンとした臭いとか、その辺り。


 ただ、似ていると感じるだけで、この部屋には病院にあるべき機器やカーテン、ロッカーの類は見当たらない。


 それに、ここが病院ならば、私の体に点滴の一つくらい体に繋がっているのが普通だろう。


 キッチンカーで倒れたというならなおさらそうだ。


 だけども、私の体には何もない。

 見た限りは健康そのものだった。


 状況を把握するべく、私は自分の身につけている服を見た。


 目に飛び込むのは、春物の長袖Tシャツにジーンズ。それから深い藍色のエプロン。エプロンの胸元には〝Izumi's Kitchen car〟の文字が白の糸で刺繍されている。


 これは私の仕事着だ。

 カレーライスの移動販売。この仕事を始めたのはつい1ヶ月ほど前のこと。


 私はここに来る直前までの記憶を必死に思い出していた。


 ——2024年5月5日。こどもの日。


 私が運営するカレー専門店〝Izumi's Kitchen car〟は開業して初めて行列が出来る大盛況。


 こどもの日だからとやってみた〝小学生以下のお客様にはトッピング一つ無料!〟のサービスが功を奏した形だ。


 ここに飛ばされる直前も注文が入って……そう、エビフライのトッピングのオーダーだ。


 林檎と蜂蜜たっぷりの甘口カレーをご飯によそった瞬間までははっきりと覚えている。


 そして、気が付いた時には、もう私はこの部屋のベッドで横になっていた。


 どうしてこんな殺風景な部屋で目覚めることになったのか。首を捻っても何も思いつかないし、何の心当たりもない。


「う~ん、悩んでても仕方ないか……」


 頭の中でぽこぽこと浮かんでくる疑問符を一つでも潰してやろうと、私はさらに周囲に視線を巡らせた。


 どうやら現在時刻は夜らしい。


 ベッドの左手にある、なんだか近未来的な丸っこい形をした窓の向こうには、見事な夜空が広がっている。


「うん? なんかおかしくない?」


 私は瞼をこすり、もう一度じっと目を凝らして窓を見た。

 やはり、窓の向こうに広がるのは


 上も下も星空一色。


 それに、この星空、なんだか動いているような……?

 まさか宇宙? いや、そんなことは……


「お目覚めですか? 元気そうでなによりです」


 窓に夢中になっていると、不意に、後ろから凛とした知性を感じさせる女性の声がした。


 慌てて振り返ってみれば、身長170センチほどのスレンダーな女性がそこに立っている。


 彼女は白衣を羽織り、細いフレームの眼鏡をかけている。華奢な手にはカルテのような、電子端末のようなものが握られていた。


 見るからに仕事のデキる女医、といった体の彼女だが——


「あの、それ、なにかの、コスプレ……ですか?」


 思わずそんな質問をしていた。

 だってそうだろう。


 ……この人、髪が真っ赤だし、何よりツノが生えてんだもん!


 女医の額、やや右の位置から彼女の炎のような赤い髪を割ってにゅっと伸びるのは一本の長いツノ。

 悪魔のツノというよりかは、漫画やアニメに出てくるような鬼のツノのよう。


 ぽかんと口をあけて唖然とする私を見て、女医はふ、と頬を緩めて笑う。


「ああ、これですか? あなたには見慣れませんものね。まあまあ、今はとにかく落ち着いてください」


 いやいや落ち着いていられるか!


 ……とは思ったものの、私は女医の言う通り落ち着くほかなかった。


 ここでパニックになっても仕方ない。

 女医が私に敵意を持っているようには見えなかったし、少なくとも、今すぐなにかされる、ということはないだろう。


 多分。


「さ、リラックスしてくださいね。ほら、深呼吸して」


 女医の指示通り、私は大きく深呼吸した。

 肺いっぱいに消毒液風味の空気を吸い込んで、ゆっくりと吐いていく。

 それを二回ほど繰り返した。


「では、私の言葉はわかりますか?」

「は、はい。わかります」


 私の答えを聞いて、女医は満足そうに頷いた。


「それでは、これからあなたについて、軽く質問しますので、答えてください」


 はいかいいえで大丈夫ですよ、と女医は告げ、じっと手元のカルテらしき端末へと視線を落とした。


「えー……あなたは和泉ソラさんで間違い無いですね?」

「はい」


 女医が電子端末の画面を私に向ける。


 発酵したパン生地のごとく膨れたボブカットの下、じっと無表情にこちらを見つめているのは平均的な日本人女性。

 紛れもない、私、和泉ソラの顔である。


 青い背景を見るに、免許証の証明写真を切り出したものだろう。


「日本国石川県金沢市在住。年齢、満25才。誕生日、12月24日。血液型、O型。独身。一人暮らし」

「はい」

「高校を卒業後、県内の調理師学校に通い、調理師免許を取得。その後、いくつかの飲食店でのアルバイトやパートタイムで経験を積みつつ、2023年に中古のキッチンカーを購入。2024年4月より、キッチンカー〝Izumi's Kitchen car〟にてカレーライスの移動販売業を始める」

「……は、はい、間違いはないです」


 女医が読み上げる私のプロフィールは怖いくらいに完璧だ。

 だからこそ、聞いてみようと思った。


「その、いったい私に何があったんですか? 交通事故に遭ったとか……? それとも人に襲われたとか?」


 ここがもし本物の病院の一室で、コスプレっぽい女医が本当の女医だったとしたら、私の身になにかが起きていたのは間違いない。


 はねられたか、刺されたか。


 突然移動したように感じられるくらいに記憶がぱったり途切れているのも、何か事件に巻き込まれたからではないか。


「ソラさん、落ち着いて聞いてください」


 女医の涼やかな声に、私はごくりと喉を鳴らした。

 明らかに普通じゃない見た目の女医から告げられる言葉とはなんだろう。


 シーツの上で握り拳をつくっては、私は身構える。

 どんな言葉が飛び出しても耐えられるように。


「あなたがお住まいでした地球は滅びました」

「はい?」

「あなたがお住まいでした地球は滅びました」


 二度繰り返されたその言葉。

 残念ながら、私は耐えられなかった。



…………………………



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

サクサク読めるゆる〜いSFグルメ小説です。

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