魔法が使えるようになったけど、こんなのは嫌です
第41話 僕の意識がないです
ムカデが身体に巻きつき、身動きが取れなくなる。宙にいたジード、離れた位置にいるバエル。
そして――今の今まで生気を失っていたクラヴァスの青い瞳に光がスゥッと戻り、三人とも目の前の光景に驚いていた。
「レオさんっ⁉ クソッ!」
すぐに事態を察したクラヴァスが手を動かし、ムカデに魔法を放とうとする。
だがそれを阻止したのは――。
ムカデが巻きつき、身体がなぜかものすごく熱くなった。全身が、血が、燃えるようだ。ちょっとだけ息が苦しい。
けれど、なんだろう……気持ちが澄んでいくような、清々しい、この感じは。
自分は腕を振り払っていた。なぜかわからないけど自然と(そうしなければ)と自分の中の“何か”が思ったのだ。
腕を振り払うと風が巻き起こった、優しい風なんかじゃない、飛ばされそうな強風だ。目の前にいたクラヴァスが驚きの表情のまま、後ろへと吹き飛んでいた。
「レオッ⁉ 何してんだよ!」
後ろからバエルの声がする。ふと彼を見てみようと思い、振り向くと。
バエルが言葉を失っていた。
「なんだなんだ、どうしたってんだ!」
今度は宙から声がする、ジードの声だ。
(うるさいなぁ、みんなして)
頭の中の“誰か”が、そう思っている。
そしてまた腕が勝手に動き、風が巻き起こる。強風にジードが態勢を崩したが、バエルは翼を広げて耐えていた。
(これは魔法……! なんで僕が魔法を使えているの……!)
しかもこの三人を相手に。おかしい、こんなことはありえない。
「レ、レオ! なんでアンタが魔法を使えてんだよっ!」
バエルが叫ぶが、そんなことはこちらが聞きたい。だが声が出せないのだ、口が動かない。
「うるさいよ、悪魔のくせに……僕の命を狙っていたくせに、情なんか抱いて。所詮は人間崩れの悪魔だね」
それなのに。自分の考えを無視して知らない“自分”がしゃべっている。まるでこの身体にもう一つの意志が宿ったみたいだ。
「ジード、君もだ。散々イジメて、僕の人生をめちゃめちゃにしてきたくせに。少し弟との仲を取り持ったからって、ケロッと態度を変えて……ただのさびしがりやはそっちだったってことだね、偉大な魔法使いが聞いて呆れるよ」
……ちょっと待って。そんなこと、思ってない! バエルに対してもジードに対しても!
「くだらないよ、みんな……みんな目障りだよ、もう、消えて」
両腕が勝手に動く。すると今度は風と共に焼け焦げた土や葉が舞い、二人に襲いかかる。
二人はシールドを張り、カバーした。だがその表情は苦しげだ。
「レオッ、アンタ――」
「チッ! んだよ! 魔力なしのくせに! なんでこんな強いんだよ!」
何が起きているのか、自分でも謎。ただ身体が勝手に動き、今まで使ったことのない魔法を放ち、頭の中で知らない人物が周りを傷つけている。抗いたいのにどうしようもできない、苦しすぎる……吹き飛ばされたクラヴァスは……?
「おい、ジードって野郎!」
だがバエルがジードに向かって叫んだ内容によって、自分の身に今何が起きているか知ることができた。
「レオの額に黒い紋様が現れてる! あれがあるとレオの意識は消えて、魔力が上がってめちゃめちゃ強くなる! 前にジャンってヤツも一度あったんだよ」
「はぁっ⁉ そんなの聞いたことないぞ! なんなんだ、あれは!」
「んなの知らねぇが、前はレオの力で黒い紋様を消すことができた。さっきのクラヴァスの時もな! レオにはよくわからねぇが魔法を消す力があった! それができねぇんだぞっ、わかるだろっ!」
ジードの歯噛みした表情を見れば彼が状況を理解したことがわかる。
二人が愕然としていた時、状況を打破するために、一人の魔法使いが戻ってきた。
「問題ない……今度は俺がやる。俺がレオさんを助ける」
「クラヴァス⁉」
吹き飛ばされたクラヴァスが黒いススまみれのまま、ふらりと現れた。その表情はレオを見つめ、決意を表すように微笑を浮かべている。
「レオさんには俺、たくさん助けてもらった。今度は俺が助ける」
「でもクラヴァス、どうすんだよ! レオがいなきゃ消す方法が――」
バエルが何かを言いかけた時、その言葉を遮るように、レオの目の前に今度は青いローブの人物が現れる。
「そうですよ〜消す方法なんてないですよ〜」
のんびりとした口調。束ねた銀髪。場にそぐわない笑顔。
「僕の開発した魔法陣ですからね〜そう簡単には消せませんよ〜……って、レオさんが簡単に消せてしまったのは不思議なんですけど、まぁもうできないからいいでしょう。調べるのも、この先自由にできますからねぇ……ふふ」
パナ学長の表情は魔法を探求する者としての好奇心の笑みであり、厄介なものがいなくなったのを安堵する笑みでもある。
そんな者を宿敵として、かつての知人として。複雑な苦笑いで見ているのは黒い両翼の悪魔だ。
「お前、やっぱりパナか……久しぶりだな。あまり会いたくなかったけどな」
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