第40話 信じられない助っ人でした
けれど、どんなに望んでも魔法は使えないのだ。なら自分にできることは。
「……バエルくん、僕を、飛ばせる? クラヴァスくんのところへ」
「はっ⁉」と驚きの声と共に、バエルの黄色い瞳が見開く。
「や、やれなくはねぇけど、自殺行為だぞ! クラヴァスの周りも炎に包まれてるかもしれねぇし、オレのシールドもそこまで範囲はねぇ! 送った途端に焼け死ぬぞ!」
「うん、でもこれは僕のせいだから。クラヴァスくんに無用な心配をかけてしまった。だから、いい、やってくれ」
そばではケルベロスがグルルと唸り、シールドに牙を立てている。時間はない。このままではどっちにしろ炎に飲み込まれる。なら助かる可能性に賭けるべきだ。
……いやバエルは死なないから大丈夫だ。自分がどうなるか、だけ。だから怖くはない。
「や、やだって……! オレ、お前が死ぬのなんか見たくねぇっ!」
見た目怖い悪魔の悲観の言葉に、思わず笑ってしまう。
「何言ってんの、バエルくん、悪魔でしょう。どっちにしても僕の命は君にも奪われる可能性はあるのに」
「そ、そうだけどっ。でも、でもさ!」
バエルの戸惑う様子を見たら、それだけ自分を思ってくれているんだと感じて嬉しくなった。今まで好いてくれる人なんかいなかったのに、ここにきてみんなに好かれて、幸せだ。
「大丈夫だよ、バエルくん。だからやって」
自分がどうなろうとも、クラヴァスくんを。今助けられなければ彼は暴走し続けるだけ、いずれ悪魔になる可能性だってあるし、パナ学長に実験台として捕まる可能性だってあるのだ。
「やってくれ!」
ケルベロスの牙がシールドにかかり、バチッと音が鳴る。召喚した悪魔は術者の力も比例するのだろうか、ケルベロスが強くて獰猛だ。
「クソッ! クソーッ!」
バエルが両翼を広げると風が舞い、炎によって熱くなった空気が舞った。バエルの魔力で生ぬるい風が身体を包み、自分の身体は、その場から姿を消す――次に見たのは目の前にいたクラヴァスだ。
「クラヴァスくんっ!」
額には黒い紋様。青い瞳は虚ろ。自分を見る瞳に光はない。
そして周囲にはシールドの周囲同様、炎が踊っている。あっという間に熱が襲ってこようとしていた。
「なんだか知らんが派手なことになってるなぁ!」
ふと声がした。襲いかかると思っていた炎の熱さはなく、自分の身体は……なんともない。
(あれ、これは……)
見れば身体の周りが薄いモヤのようなもので覆われている。それによって炎から身を守られているようだ。
「クラヴァスの心の声に応えてみれば……魔力なしを助けることになってるし……まぁ、いいけどさ、俺ならなんでもできるからなっ!」
この自信に溢れる声は。宙に目を向けると何も足場がない所に青い髪の人物がいた。
信じられない、彼が助けてくれるなんて。
「仕方ないから来てやったんだよ。クラヴァスが“初めて”俺を呼んだわけ。お前を殺してしまうかもしれないから、兄ならなんとかしろ。じゃなきゃ一生恨むからな、ってさ。内容がお前の手助けっつーのが気に食わないけど」
そう言いながらも彼は笑みを浮かべている。その表情にあるのは今までの傲慢さでなく、ただ弟に頼られて嬉しそうな兄の顔だ。
「あと弟が好きだっつーのが俺の同級っていうのもどうかと思う。俺達の年代って、まぁまぁおじさんだろ……? まぁ、好きなら仕方ないし。お前は俺達のわだかまりも綺麗にしちまったからな……いいんじゃない、複雑だけど」
「ジード……」
彼からそんなことを言われるなんて。夢なのかと思ったが、そうじゃない。
「俺は……ただ、誰かに見て、欲しかっただけなんだな……レオ、色々……悪かった」
力なく、つぶやかれる言葉。辺りの木々が炎でバチバチと燃えている中なのに、その言葉ははっきりと聞こえた。
「……ほら、行け。弟はお前にしか心開いてないからな」
もう炎は怖くない。ジードが『やっぱ嘘』とか言って魔法を解いたら、あっという間に全てが終わるけど、そんなことはしないだろう。
一歩ずつ、クラヴァスに近づく。瞳はこちらを見ていないが、彼に巻き付いたドクロムカデはカタカタと骨をかち鳴らしている。
(自我を失う……何も感じても思ってもいないのか。人形みたいで嫌だな)
せっかく世界がおもしろくなってきた彼を、このまま無にしておくわけにはいかない。でもジャンにやったみたいに薬剤で磨くという方法でいいのか。
『アンタの力』
先程、バエルが言いかけていた、言葉。
自分にそんなものがあるとは思えないけど。
(落とせる、のかな)
クラヴァスの額へ、手を伸ばす。無表情だ。いつものクラヴァスなら自信満々に笑ってくれるだろうに。
「クラヴァスくん、今、それを綺麗にしてあげるから」
額に手を触れる。自分の手が熱いのか、クラヴァスの額がひんやりと感じる。
手をゆっくりと下に動かす。心の中で彼の生名前をつぶやきながら。
(君の気持ちに応えることはできないけど。でも君の気持ちは嬉しいよ……だから、いつもの君に戻って――)
少しずつ、手を移動させる。
すると……黒い紋様が、まだ見えない。
(え……?)
手を完全に離した時、全貌は明らかになった。彼の額にあったドクロの黒い紋様がなくなっていた。
同時に彼に巻き付いていたムカデも骨の身体をくねらせ、消えるかと思われたが。
「うわっ!」
なぜか、こちらに襲いかかってきた。
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