第39話 灼熱のヤキモチはヤバい

「な、なんだよ、ありゃ……いや、ちょっと待て……ありゃあ昔――」


 バエルはムカデに心当たりがあるのか、首をひねっている。自分にも当然見覚えはある。あれはジャンにも巻きついていたヤツだ。


「クラヴァスくんっ、大丈夫っ?」


 声掛けにクラヴァスの目が開く。その瞳はいつもの青い光を帯びているが虚ろだ。


「……あぁ、レオさん……ひどいよ、レオさん……」


「ひ、ひどい……?」


 急な言葉に唖然とする。自分は昨日のデートからの短期間でクラヴァスを傷つけることをしただろうか……そういえば先程、彼の後ろ姿を見たが。


「俺、レオさんのこと、マジで大好きなのに。でもレオさん、ダメだって言うし、だから大人になるまで我慢するって決めたのに。レオさんは他のヤツとはくっついているんだもん……」


 その口調はふてくされた子供そのもの。不機嫌な彼の顔の近くにはドクロムカデがいるものだから、不気味と怖さがマックスだ。

 そして“やはり”というべきか。彼の額にはあの黒い紋様が現れていた。


(黒い紋様とドクロムカデはセットなんだ……ん、ちょっと待って。それによる効果って……ジャンの時……)


 クラヴァスがパチンッと指を鳴らした。その途端、緑一色で穏やかだった辺り一帯が赤い炎に包まれた。


「えぇっ⁉」


「レオッ!」


 バエルが即座に動き、自身とレオを囲むように透明なシールドのようなものを張る。それに発生した炎が当たると、ジリジリと燃えるような音がした。


「あっぶねぇー……今のくらっていたら、アンタ黒こげだったぞ」


 まさかのクラヴァスからの攻撃。内容的にはただの“ヤキモチ”なんだけど。それで本当に焼かれるところだった。いつもより容赦がなければ魔法の規模も大きい……山が燃えてしまった。


 そう、これは前回もあったこと。ジャンが同じように黒い紋様を現した時、彼はものすごく魔力が上がったのだ。


(これでわかった……この紋様の犯人はパナ学長だ! 学長は魔力を生む魔法陣の実験をしている。その実験対象は学校の生徒や教員を無差別にだったんだ)


 そして紋様を宿した人物は自我を失うようだ。記憶はなく、ただ目の前にいる人間を攻撃する……のか? いや、そこは違う気がする。

 パナ学長が実験した生徒はクラヴァスに攻撃をした。それはクラヴァスと仲が悪かったらしい。


 ジャンは自分を攻撃してきた。あの時のジャンは自分に日頃の鬱憤を抱えていたから。

 今のクラヴァスは……やはりヤキモチか。


「バエルくん、君は、魔力が高かった。でも強い憎しみがあったから……悪魔に?」


 周囲は依然、炎の渦。バエルは「こんな時にか?」と言いつつ「そうだけど」と返す。


「君は、自我がなくなったことは、ない?」


「……最初の頃は、実は記憶にねぇ。多分、オレが自分のことをわかったのは多分、数年が経っている」


 もしかしたら。魔力を与えるということは。

 相手の憎しみから開花させるもので。

 魔力と憎しみは表裏一体。

 憎しみが強ければ魔力が高ければ、いずれは悪魔になってしまう可能性も?


「魔力を与えると憎しみも生まれ、それは一層強くなる。魔力なしに魔力を与える実験だと、パナ学長は言っていたんだ……まだ実験段階だけど、それって悪魔を生み出すことにもなるんじゃ……」


 そうならば、なんて恐ろしい実験をしているんだ。人間に強制的に魔力を与えると悪魔になる可能性もあるのだ。


「おい、今、パナ、って言ったか?」


 炎の圧力に負けぬよう踏ん張りながらバエルが問う。


「そいつ銀髪? 背高い?」


「う、うん。僕より年上で、ルラ魔法学校の校長だよ? ……見たことある?」


「……昔、同じ名前のヤツがいたなと思って。そいつ、魔力なしでさ……当時はどんなヤツも共学だったから、周りにバカにされていて……オレもバカにしてたんだよな……」


 さすがに言葉を失う。それは自分の過去を彷彿とさせると同時に。その少年が抱く、虚しさや孤独が嫌というほど、わかってしまうから。

 魔力なしと罵られた、パナというバエルの同級生。

 魔力なしに魔力を与えたい、パナ学長。

 これは、偶然か?


「……ってか、とりあえずさ、クラヴァスをなんとかしないと。いつかオレ達、こんがり焼かれるぜ」


 そうだった。目の前のことを先に対処しないと。この炎の向こうにいるクラヴァスをなんとかしなければ。


「ま、前にジャンを静めた時には清掃の薬剤とモップを使ったんだ。あの黒い紋様を綺麗に落としたんだよ」


 だがこのままでは、クラヴァスに近づけない。バエルも動けないし、モップもない。


「クソッ……ただのヤキモチに殺されるなんざ、みっともねぇったら、ありゃしねぇ。だけどオレ思うんだけど。あの紋様を落とすのって掃除道具のせいじゃねぇんじゃねぇか?」


「え、それって」


「アンタの、力――うわっ」


 のんびりと会話していたら。新たな攻撃が加わった。炎に加え、シールドの周囲に炎をものともしない黒い犬が現れ、うなり声を上げながらシールドを攻撃していた。懐かしい頭が三つ……ケルベロスだ。


「あぁ、クソッ! 教えるんじゃなかった! ケルベロスは魔力を食うんだよ! シールドが食われる!」


 マズイ事態だ。こういう時、魔法が使えたらと思う。


(魔法が使えたらっ……!)


 クラヴァスのところに行けるのにっ!

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