第38話 ヤバいようです
「……なんですか、それは?」
パナ学長がようやく抱擁を解いてくれたので彼に向き直る。
学長は人の良さそうだが、怪しいとも言える笑みを浮かべていた。
「僕、実は長年実験をしてまして〜。まだね、実験中なんですけど〜。とある特殊な魔法陣を身体に刻むとね、魔力が数段アップするのがわかったんですよ〜。まぁ、それは魔力ある人に刻むことによって魔力を上げるから、元からない人はどうなるかわからないので、まだ実験してないんですけどね〜、ふふっ」
後ろで束ねた輝く銀髪を笑いと共に揺らし、パナ学長は恐ろしいことを言っている。笑顔なのに、話しているのは人体実験のことだ。
「でもそれが完成すれば魔力がない人でも魔法を使うことができるんですよ〜素晴らしいと思いません? レオさんも先日、魔法が使いたいと仰っていたじゃないですか〜。もし完成したら僕の大好きなレオさんに一番に使ってもらいたいなって思ってます〜」
「パ、パナ学長」
不意に、恐ろしい予想が浮かんだ。関係はないかもしれない。ただ突然、長年なんでもなかったパナ学長がそんなことを言い出したのと。今、生徒達が行方不明になっていることがあるから。
「先程、緊急会議、ありましたよね……あの、生徒達がいなくなっていることは、何か?」
関わりがあるのか、そこまでは言えない。パナ学長に疑惑の目を向けるのは証拠がない。
だが学長はずっとニコニコと笑っているだけだ。こんな時にいくら穏やかでも笑っていられるものだろうか。
「ふふ、そこについては大丈夫ですよ〜……ではレオさんのお仕事、邪魔してもなんなのでこれで失礼しますね〜。レオさん、今度良ければゆっくりお話させて下さいね〜」
いつものようにパナ学長は、にこやかに去っていく。いつもならあの笑顔に心がほんわかするのに、この時は信じ難いものを見たように心が張り詰めている。
(学長のあの態度……あからさまにおかしい。魔力なしが魔法を使えるようになる実験? 魔力ある人に刻むと魔力が上がる、そうわかっているということは、そこは実験済ということ)
魔力が上がった……そういえば先日、ジャンがおかしくなった時。彼の魔力はジードやクラヴァスを凌いだ。それにバエルの魔法陣を描いたのは彼だ。その時の記憶は曖昧で覚えていないと言っていた。彼の額には黒い円陣にドクロのような紋様が描かれたものがあって……。
クラヴァスを襲った最初の生徒二人も黒い紋様が。そして一昨日から消えた二人。体調不良という教員……。
(パナ学長が、何か――?)
「おい、レオッ!」
ふと切羽詰まった呼び声がした。校内では聞き慣れない声が、家などでよく聞く声。
「バエルくん?」
廊下の窓の外に、翼を広げて飛ぶバエルがいた。
「なんか、クラヴァスが大変なことになってんぞ!」
その言葉に絶句する。だって今さっき、そこにいたじゃないか。
「な、何がっ」
「わかんねぇけど。魔力が高まってる! 突然オレが休憩してた街外れの山ん中に瞬間移動してきて『ヤバいから離れた方がいい』とか言ってて、わけわかんねぇんだよ!」
街外れの山、学校の外だ。空も飛べる彼なら移動はできるだろうが。
「と、とりあえず、そこに行きたいっ! バエルくん、連れて行ってくれるかい⁉」
「落としても恨むなよ?」
レオは窓から身を乗り出すと、バエルの腕にしがみついて連れて行ってもらおうとした。
だがバエルはレオの背中に手を回すと、いつかもした“アレ”をやった。
「ちょ、ちょっと! なんでこの抱え方なのっ!」
いつかもされた、いわゆるお姫様抱っこ。
「この方が飛びやすいんだよ!」
後は有無を言わさず、バエルは空に向かって羽ばたき、急上昇。次は風を切って滑空して街外れへと向かう。
(ひぃ、昨日の魔法とは打って変わって! 激し過ぎるぅっ!)
魔法が使えたら自分で移動もできるのかな。そんなことを考えたが(良くないな)と首を振る。
現地に向かうまでの間、バエルにはパナ学長のことを伝えておいた。
「……昔もさぁ、いたんだよ。そういうマッドなヤバいヤツ……魔法でさ、死体をよみがえらせるとか。クローン作るとか。ヤダヤダ、人間って欲まみれだよなぁ。そういう禁呪は良くないわ。生まれもったもんは大事にしなきゃ……あ、でもさぁ」
何か言おうとしているバエルの顔を、お姫様抱っこの状態から見上げる。黒髪が強風になびいて、大人を抱えていても余裕そうだ。
「アンタが魔力持ってくれたら、オレのこと、祓えるよな。それはちょっといいかも」
こんな時に、そんなこと……でもいつかは彼のこともなんとかしなければならない。
(そうか……魔力があればバエルくんを……でも彼を木っ端微塵にしたくないんだよな)
色々考えている間に、眼下には緑の木々が広がる。バエルが休んでいたのは奥にある大きな木の下だという。
バエルはゆっくりとそこに降り、レオの身体を下ろす。見上げるほどに大きな木は山から全てを見下ろすことのできる樹齢を積んだ木だ。
その下には誰かが立っている。
「クラヴァス、くんっ⁉」
そこにいるのはクラヴァスで間違いない――のだが、目を疑った。
目を閉じているクラヴァスの長身に、いつかも見たドクロ顔のムカデが巻きついていたのだ。
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