第37話 見られたらマズかったです
休み明け。出勤してからまず始まったのは生徒達の寮清掃だった。
部屋は生徒自身が掃除するので自分がやるのは廊下や食堂の清掃。すれ違う生徒達が「おはようございます!」と元気良く挨拶をしてくれる。
「レオさん! おはよう」
その中の一人の声に一瞬息が止まった。振り返れば笑顔の眩しい青い髪の子。
「お、おはようクラヴァスくん」
「朝から会えて良かった」
「う、うん……」
周囲に誰もいないからいいが、なんてことを言うのだ。テンション、ちょっと上がっちゃうじゃないか。
「クラヴァスくん、が、頑張ってね」
「あぁ、レオさん、後で校舎も来るんだろ。探すから」
なぜわざわざ探す。探されても困ってしまうのが本音だが。そこは大人の対応として笑顔で返しておく。クラヴァスは「じゃあ」と言って出発していった。
(うぅん、これはまいったなぁ……)
クラヴァスのことだ。自分にはめちゃめちゃ打ち解けているが周囲には以前の性格のまま塩対応している可能性もある……いや、少しは丸くなってくれたのかな。
それにしても自分への、この接触度合いを考えると周囲から誤解を受けるかもしれない。
(クラヴァスくん、魔法で探すからなぁ……姿を消す方法ないかな)
とりあえず寮の清掃を済ませ、授業開始まで少し時間があるであろうジャンに相談することにした。校内で職員と受け持ち生徒の密会など担任として困るだろうし、あまり接触しないように釘を差してもらえるかもしれない。
少しずつ登校している生徒達でにぎやかになる廊下を通り、職員室に向かうと、ちょうど入口にジャンが立って他の教員と話をしていた。
「寮にも街にもいないんですよね……一体どこに行ってしまったんでしょう……あ、レオ――さん、おはようございます」
他の教員の手前、ジャンは『さん付け』にした。ジャンも前にいる教員も何やら不穏そうな感じだが、もう一人は「では先に行きますね」と行って離れて行った。
「……何か、あったの?」
「今の先生の生徒が二人、一昨日からいないらしいんだよ」
「え、それって……クラヴァスくんが飛ばした子じゃない?」
「いいや、それもいるけどさ。またプラス二人ってこと。寮にも街にもいねぇから、さすがに噂になっちまったよ。今から緊急会議、生徒達は自習だって」
いつもなら面倒くさそうにするジャンだが、この時は目がイキイキしている。相変わらず不謹慎なことで喜んでいるようだ。
「あれかな、額の紋様が、また何か関わっているのかな」
「さぁなぁ……というか、教員も二人休みなんだよ。体調不良とか言って。変な病でも流行ってんのかね。まぁ、会議で情報探っとくからお前も掃除しながら色々見とけよ」
ジャンが早足で離れて行くと同時に、予鈴が鳴った。廊下にいた生徒達がいそいそと教室へ入っていく。
(何が起こっているんだろう……)
かつてない出来事に胸騒ぎがする。ジャンみたいに楽しんでばかりもいられない。
ひとまず生徒達が自習の間は使っていない特別室を掃除していく。いつものようにモップで磨いていくが……特に掃除は何事もなく、進んでいく。
「あ、レオさ〜ん」
……彼が現れたぐらいで。
「え、えっ?」
「お疲れ様です〜今日もピカピカにしてくれていますね〜」
背中がふわりと何かに包まれたようにあたたかくなり、頭の横にわざとくっつけるように誰かの頭がある。そして青いローブの裾から手をのぞかせると、レオの胸の前でギュッとクロスした。要は後ろから抱きしめられているのだ。
「いつもありがとうございます〜、レオさん」
そう言ってくれる声、ちょっとのんびりとした口調、青いローブ。それは一人だけ。
「パナ、学長っ⁉」
とっさに動こうとしたが学長の力は意外と強く、背後からの抱擁は解けない。
なぜ学長は抱きついているのだ。
「レオさんのおかげでホント、いつも綺麗になってますよね〜僕、綺麗なのも好きだし、綺麗にしてくれる方も大好きなんですよ〜」
パナ学長はさらにギュッとしがみついてきた。おまけに耳に口を近づけ「いつもありがとう」と、ささやくように言う。
(な、なんで最近は、こういうのばかりなんだ⁉)
死期を前にしてモテ期到来……⁉ 神様があわれに思ってこんなことをしてくれるんだろうか。なんにしても身が持たない。
「が、学長っ、ここまでしなくてもっ」
「えぇ〜なんでですか〜。好きな人には抱きつきたいもんですよ〜……僕、実はレオさん好きなんですよ〜?」
耳元でそんな言葉。冗談でも、困る。ドキッとする。
そんな、間の悪い時だった。
他に人はいなかったのに。ふと人の気配があった。そちらに目を向けたが、すぐに廊下の角を曲がってしまったので翻す制服の裾しか見えなかった。
だけど自分にはわかった。今、現れたのが誰かって。
(ク、クラヴァス、くんっ……⁉)
よりによって、こんな時に。
すぐにこの状況を打破し、追いかけようと思ったのだが。
「レオさん、魔力がなくても魔法が使える方法があるんですよ〜……気になりませんか?」
自分の意識はクラヴァスよりも、そっちに持っていかれた。
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