第32話 モップで解決しました
その場にいた全員の時が止まる、自分も含めて……。
(そりゃそうだ。恨みのある相手とはいえ、清掃で普段使っているモップを顔面に当ててしまった……ベチャッていったよ、ベチャッて)
さすがの悪魔二人も唖然としているし、その表情に悪魔らしくない、ちょっとだけあわれみのようなものが混じっている。さすがに悪魔でもモップは嫌かぁ……でもトイレ用ではないから、これ。
そのまま数秒が経過しただろうか。
肩を震わせたジードがモップの柄をつかみ、ゆっくりと顔からモップをはがした。
ジードの顔には白い液体がベッタリとついている。それは合わせたことによって色を変えた掃除用の薬剤だ。白くなるなんて珍しい、そしておもしろい……白マスク。
「……てめぇ、レオ……お前、俺の顔に、そんな掃除道具を……」
ジードの全身がワナワナと怒りを表す。握られた拳が燃えているように煙を上げ始めた。
さすがに、まずかったか、モップは。
「許さ――なっ……?」
だがジードの様子が変わった。
彼は突然言葉に詰まり、ポカンとした表情を浮かべたかと思えば、そのまま前に倒れ込んだ。
「え、えぇっ! ジードッ⁉」
さすがに驚き、倒れたジードに近づく。肩をつつくが反応はなく、周囲にも変化が訪れる。
灰色の空間に色が戻り始め、バエルを縛っていた魔法陣もスッと消えたのだ。
これはジードの魔法が解けたということ。見ればジードは完全に意識がない。でも息はしているので、そこは一安心だ。
「お、おい、アンタ、何したんだよ?」
バエルがゆっくり立ち上がり、不思議そうに周囲を見る。悪魔である彼にも何が起きたのかわからないようだ。
「え? え〜と、僕はただ……なんとかしないとなぁと思って」
とっさにしたのが、いつもの清掃。薬剤とモップの使用。もしかしてジードに薬剤による有毒ガスでも吸わせただろうか。
(で、でも顔色は悪くないし……寝てるだけに見える。急に意識を失うのは、なんで……)
ジードのことを考察していた時、すぐ近くで唸り声がした。
見れば隣にいたフレゴが長い爪のついた手で頭を押さえていた。
「あ、あぁ、頭が、痛いっ……!」
まるで押し潰されでもしているように苦しむ声だ。フレゴは頭を押さえ、身体を屈め、身体を震わせる。
ヤバい、と言ったのはバエルだ。
「悪魔化が進んでやがる。悪魔になっちまう」
「そんな! フレゴくんっ」
フレゴは悪魔になることを本当は望んでいないはずだ。リネのために一時は望んだけど。本当はなりたくないのだ。
「どうしたらいいっ? 悪魔化、どうにかっ」
バエルは眉間にしわを寄せる。その表情で『これはどうにもならないことだ』と彼は伝えているのだ……そんなっ。
「ダメだよ! ダメだ、フレゴくんっ」
どうする、どうすれば。彼はひたすら力を望んでいた、その結果がこれだ。
では力をなくせば悪魔化は止まる?
魔力を消せば?
(魔力を、消す?)
もしやと思い、倒れたジードをチラッと見る。意識を消失させれば魔力の流れが止まるのか?
それなら一か八か、同じことをするのみ。
「フ、フレゴくんっ、こっち向いて!」
再びモップをかまえるとバエルが「ま、まさか」と声を上げる。
ごめんなさい、自分にできるのはやはりモップを使うことだけなのだ。
フレゴは苦しそうに顔を上げた。
「えい!」
ジードに対してよりは優しく、フレゴの顔面にモップをベチャッと当てた。バエルが「あ〜……」と、同情するような声をもらしている。
これで、なんとかなるとは決まっていない。掃除用のモップが誰かを助けるなんて、そんなわけはない。
だけどそうなのかもしれない。
モップを降ろすと、フレゴの顔面にも白い液体がついていた。
フレゴはよろめくと「うぅっ」と声を発した。
「フレゴくんっ?」
なんと次第に身体が変化を見せた。フレゴの背中に生えた黒い翼がサァッと消えていき、長い爪も引っ込んでいく。彼がまとっていた陰鬱とした空気も散っていき、最後に残ったのは。
「う、う……あ、れ……」
フレゴが頭を押さえていた手をどけ、顔を上げる。苦しそうだった表情は徐々に和らぎ、不思議そうに己の身体を見ている。
「俺……元に、戻ってる……」
フレゴは己を見た後、床に倒れているジードに目を向ける。
(いけない、フレゴくん、ジードのことを)
これは反撃するチャンスだ。状況を察したフレゴが手持ちのナイフを振るうかもしれない。自分にとってもジードは決して好きな相手じゃない。それでも命を奪わせるわけにはいかない。
慌ててジードの前に出ようとした時だ。
フレゴは手に持っていたナイフをカランと床に落としたのだ。
「……リネはきっと、仕返しなんか望んでない。俺が誰かを殺して本当の悪魔になることは望んでない、と思う……」
フレゴは頭を下げ、ため息をつく。
だから、もういい、とつぶやきながら。
「フレゴくん……」
どうやら思っていたよりもフレゴは大人だったようだ。大人も時としてはつらいよね、選択が。
「……そうだね。君はすごい子だから。もっと良いことのために、その力は使うべきだよ。僕にはない、大きな力があるんだから」
「レオさん……」
とりあえず事態が治まってホッとしていると。
「でもこの事態を静めたのは、アンタじゃん……アンタの力ってさ、もしかして……」
バエルが何かを言おうとした時、教室のスライドドアがガラガラと勢いよく開かれた。
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