モップで戦い、長年のわだかまりを清掃

第31話 くらえ! 必殺モップ!

 リネが無惨な死に方をしなくて良かったのか、悪かったのか。どちらにしてもリネが死んだことに変わりない。

 そしてフレゴにとっては目の前に大切な人の敵がいるということになる。


「俺の、俺の! リネをっ!」


 魔法陣からの縛りを破り、フレゴは立ち上がった。赤い光が破片のように砕け散り、フレゴの黒い両翼が力強く音を立てて広がる。

 赤い瞳は色濃くなり、瞳孔が細長くなった。


「おい、よせ。人間に戻れなくなるぞ」


 冷静な声で、そう言ったのはバエルだ。どうやらフレゴは悪魔の力を全開にしたらしい。悪魔になるのをためらっていたはずなのに。


「……もういいんだ。所詮、中途半端な存在だ。だったら悪魔でも魔神でもいい。怖がってる場合じゃなかったんだ。リネの敵を討つ。それなら半端なことを言ってる場合じゃない!」


 はぁ、と白い息を吐き、フレゴは声を震わせる。爪が長く変化した自身の手を見て力が湧くのを感じているのか。

 でもその表情には恐怖が混じっているようだ。


(フレゴくん……やっぱり怖いんだね。君はリネくんを大切に思っていただけ。その敵を討ちたいけど人としての自分が変わるのは怖いんだね)


 それもそうだろう。悪魔になればどうなるのかわからないけど。悪魔になったバエルが『祓ってほしい』と願うぐらいだ。悪魔の住む世界は暗くて孤独だし、ずっといるのは耐え難いのかもしれない。


 自分に、何ができる?

 フレゴのことも、バエルのことも。

 何か、できないのかな。


「へぇ、中途半端が成長しやがったな!」


 ジードは事態を楽しむ表情で両手を前にかざす。先程と同じ、無数の針を出す気か。まだ自分の身体に刺さった部分がズキズキしてきた。


「なら先にお前を祓ってやるよ! 以前葬った小物悪魔みたいになぁっ!」


「だまれぇっ!」


 ジードに乗せられ、フレゴも叫ぶ。ジードのことだ、悪魔化したフレゴでもきっとかなわない。わざと挑発しているのだ。

 このままじゃ、フレゴが危ない。


(そんなの、ダメだっ!)


 ジードの手からは先程と同じ針が出現し、フレゴの足元からは召喚中の得体の知れない何かが現れようとしている。

 このままでは両者がぶつかる。どちらかがタダでは済まなくなる。


(ダメだっ!)


 なんとかしたくて。自分はいつも清掃に使う薬剤をウエストバッグから数本取り出した。組み合わせなんか考えていられない。直感で数本を選び、床にまいた。

 そしてそれを持っていたモップで塗り広げた。


 自分でも何をやったのかわからない。

 塗り広げた液体が煙を上げ、室内に充満する。少し薬っぽい、鼻を突く刺激臭だが、多分嗅いでもダメージはないと思う。

 室内の視界が失われたことで戦おうとしていた二人が戸惑いの声を上げる。


「ちっ、なんだこれ! レオ、何しやがった!」


 ジードが腕をバタつかせているのか、白い煙の中に赤いマントがチラチラしている。

 フレゴとバエルは静かにしているが、大丈夫だろうか。


(ど、どうしよう、これ、治まるかなっ)


 有毒なものではないと思うが、この煙が静まったら、この後はまた、どうすべきか。自分はどうしたい? バエルとフレゴに無事でいてほしいし、ジードには二人を苦しめてほしくない。

 そのためにできることは。


(争うなんて良くない。たとえどんなに苦しい理由があっても……どんな者でも楽しく生きるべきなんだよ……)


 今思えば。ジードは、かわいそうなヤツだったかもしれない。自分勝手、傲慢、ひどい人間……それはずっと変わらない、ジードに貼られていた聞くだけでも嫌なレッテル。

 だがさっき彼は言っていた。悪魔を祓えば感謝されると。それは彼が感謝されたかったということ。


(彼は誰にも、見られていなかったんじゃ……)


 自分もジャンも、もちろん彼を嫌っていた。他のクラスメイトも。彼に普段関わらない上級生や下級生も。彼の備えた実力や家からの仕返しを恐れて当たらず触らずな対応をしていた。


 そうか、誰もジードに近づこうとしなかったんだ。いじめられていた自分やジャンが一番近い距離にいたかもしれない。それでも彼からされてきた所業や、彼がリネにしたことを許せるわけではないけど。


(……みんな、綺麗にしてあげたい)


 綺麗に、真っ白に。

 だんだんと煙がはけていき、視界が開けていく。ジードの赤いマント、フレゴの黒い翼、バエルの黄色い目……色々見えてくる。


(一番綺麗にできるのは、コレとコレだ!)


 ヤケだったかもしれない。

 また別の薬剤を取り出し、蓋を開けて中身をまく。それを再びモップで拭き取ってから。


「ジード!」


「あ?」


「くらえっ!」


 散々なことをしてくれたジードへの仕返し……を別に考えていたわけじゃないけど。結果的にそうなったような、そうじゃないような。

 掃除で毎日使っている愛用のモップを、ジードの顔面にベチャッとくっつけてやった。

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