第29話 フレゴくん……
すっかり姿が悪魔っぽくなってしまった。実際、半分悪魔なんだけど。日中見かけた時は普通に人の姿をしていたのに。
「フレゴくん、かっこいいね……翼」
「ふふ、ありがとうございます。日々、魔法を学んでいく中、だんだん魔力が上がっていくのを感じます……この身でありがたいのは普通の人より力を得やすいところですかねぇ……でも姿がだんだん変わっていくのは困ります。いずれ人の姿に戻れなくなるんじゃないかって」
フレゴが笑いながらも不安そうに目を伏せる。温和な性格の合間に前回は底知れぬ狂気さみたいなのが出ていたが。
「そいつ、怖いんだよ」
フレゴを見て、特に臨戦態勢にも入らないバエルがポツリと言う。
その言葉にレオは目を見開き、フレゴを見る。怖い、フレゴが?
「そいつは悪魔になることはハナから望んでない。ただ身を守るために力を得ていくしかなかった」
「あっ……」
なるほど。自分の胸にフレゴの事情がすとんと落ちた。
フレゴは欲に満ちた悪魔が人を襲い、生まれた半人半悪魔の存在。その身体には悪魔の血が流れ、悪魔を毛嫌いする者にとっては忌むべき者だ。そう、クラヴァスの家系みたいな。
「レオさん、以前、俺の恋人がアイツに取られたって話、聞きましたよね」
レオはうなずく。確かクラヴァスに気持ちが向いてしまったとか。
「アレは半分ホントで半分冗談……まぁ、俺の恋人、リネって言いますけど。それがクラヴァスに興味を抱いちゃって、クラヴァスと仲良くなりたいっていう好奇心で近づいたって感じ。でもそれだけでした。クラヴァスは誰のことにも興味ないし、相手にしませんからね」
そんなクラヴァスが今は自分に好意を抱いていると思うと、非常に申し訳ない……きっと、そのリネって子も素敵な子だったに違いない。
「アイツにあしらわれたリネもあきらめ悪くて『友達になってよ!』って何度もクラヴァスに言ったんですよ。リネもおかしいですよね、クラヴァスなんかに興味を持つなんて……クラヴァスはもちろん、返事なんかしない。リネは勝手にクラヴァスにくっついたりしてました。そんなある時です――」
学校終わり、いつものようにクラヴァスについて行ったリネを探しに行くと。
リネは町外れで息絶えていた。うつ伏せに倒れたその背中には、いつかレオも見た柄が銀素材のナイフが刺さっていた。
「このナイフ、クラヴァスの家のものなんです」
フレゴは制服の背中から、そのナイフを取り出した。
「柄にアイツの家の紋章が入ってますからね……俺は警察が来る前にこっそり、このナイフを持ち出しました。リネを殺したヤツを他のヤツらに捕らえさせないために。この手で殺すために」
「で、でもフレゴくん、クラヴァスくんがなぜ君の恋人を殺したんだい? なんの理由もなく、そんなこと――」
「リネは俺と同族です」
その一言に胸が締めつけられた。それが理由だと、フレゴはハッキリと突きつけてきたのだ。
「アイツの家は悪魔を嫌っている、祓う家系。リネのことを知ったアイツは、リネを殺したんだ」
フレゴはナイフを握りしめ、かつて恋人の身体に刺さっていた輝く刀身を睨みつける。
「だから俺はこのナイフを返してやるんだ。リネにしたことと、同じことをするために」
そのためにフレゴは強くならなければいけなかった。弱くては敵討ちできない。逆に己も悪魔の血を引くとバレて祓われるかもしれなかったから。
完全な悪魔になるのは怖い、でもならざるを得ない。フレゴの葛藤だ。
「ねぇ、フレゴくん……そのナイフで君の恋人を刺したのはクラヴァスくん、なのかな?」
フレゴはナイフからレオへ、赤い瞳を向ける。
「どういうことですか」
「クラヴァスくんの家は確かに悪魔を祓う家系だ。でもクラヴァスくんは、それを望んでないというか……興味持ってないんだよね。そこにいるバエルくんと対峙した時も、訳があって攻撃はしたけど、その後は一緒に魔法の練習したりしてる」
その訳とは。自分がバエルにお姫様抱っこされていてヤキモチを焼いた、という恐ろしい原因なのだが。
「だからクラヴァスくんは悪魔を祓おうという気持ちはないんだよ。それに彼は悪魔の祓い方を知らない。だからそれは、クラヴァスくんじゃない」
フレゴは戸惑った様子を見せ、赤い瞳を見開く。
「じゃあ、誰がっ」
「悪魔を祓う人は……クラヴァスくんの近くにいるのは一人しかいない……彼のお兄さん」
「それって、ジード、先生っ?」
そうか、特別講師として来ているからジードは“先生”なのだ。そしてルラ魔法学校以前からクラヴァスと付き合いのあるフレゴは、ジードが兄であると知っていたのだ。
「やっとわかったのか、ずいぶん時間かかったなぁ。やっぱ低能な中途半端悪魔だな」
突如、聞こえた第三者の声。そしてバエルとフレゴが何かに苦しみ、唸り声を上げて床に膝を折る。
「フレゴくんっ! バエルくんっ⁉」
二人の足元に、いつの間にか赤い光を放つ魔法陣が描かれている。魔法陣はクルクル動いており、バエルとフレゴを押さえつけるような不気味な光を放つ。
「探してたんだよ、そこの中途半端悪魔のこと。一、二年前ぐらいに、そいつのお友達は始末したんだけどさぁ。そいつは力小さすぎて全然見えなくて。やぁっと見つけた」
全てを見下している声の主は……もちろん自分は知っている。
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