第28話 悪魔も好きだそうです
廊下に出た途端、目の前に黒鉄の肌と細められた黄色い目が現れた。しかも逆さまなので……黒髪がダラーンと垂れている。
少しの間そのまま、その光景を眺めていたら。相手は不審に思ったのか「あれ、驚かねぇの?」と逆さまの状態で首を傾げていた。
「……あ、あぁ、バエルくん……」
「……今、気付いたのか?」
「……うん、色々ありすぎて、一瞬気を失っていたかも」
「……マジかよ」
とりあえず下に降りたバエルは呆れたように息をつき「大丈夫か?」と聞いてきた。
なんだか記憶がボヤけているが。今さっきの彼の言葉と、今の逆さま状態の彼に驚かされたんだと思う。こんなことで気絶するなんて自分、大丈夫かなぁ……。
「あ、ははは……大丈夫です」
笑ってごまかす。内心、シッチャカメッチャカだけど。
バエルはまたため息をついた。
「はぁ、アンタ……この悪魔のオレと余裕で対話できんのに。何? 色恋沙汰になると全くわかんないとか?」
その言葉がグサッと胸に刺さり、身体が傾く。モップに体重を預け、自分もため息をついた。肯定も否定もできないけど……きっとそうなんだろう。でも否定はしなきゃ。
「な、ないない……何、言ってんの、バエルくん。僕が誰を好きだと――」
「クラヴァスだろ」
真っ向から攻撃された。また気を失いそう。
「いいじゃん、別に。アイツだってアンタが好きなんだろ。好き同士なら問題ねぇじゃん。アンタのことだ、自分とかアイツの立場を考えて、そんなモヤモヤしてるんだろうけど」
「そりゃ……モヤモヤするでしょ」
モップと自分の態勢を立て直し、レオは隣の教室に移動した。生徒達がいないからバエルもしれっと、くっついてきて会話は続く。
「アンタはどうなんだよ? アイツ、好きなんだろ。アイツ、オレがアンタにくっついてると尋常じゃないくらい、やっかむもんな。見ていておもしれぇけど」
「楽しいなら、何よりだよ」
自分は考えるのに疲れた。でも身体は動かさなきゃだから床をモップで磨いていく。あ、この教室、今日は床に魔法陣がないな。水拭きだけで大丈夫だ。
「なぁ、そんなに悩むもんなのか?」
床がモップでこすられ、水の筋がつく。
それは瞬時に乾燥し、汚れが落ちた床は夕日色に輝き出す。一応、自分の特技……らしい、パナ学長いわく。
自分はなんでも綺麗にできるんだ。そんな自分が一人の生徒の未来を汚すわけにはいかない。
「いや……悩むほどのことじゃないんだ」
決まっている、最初から。
「なぁ、オレもアンタのこと、好きだぜ?」
それなのに……また自分を混乱させる言葉が増える。
「アンタは自分が思ってるほどダメなヤツじゃないんだぜ。わからねぇだろうけど。だってあのクソ生意気な魔法使いとオレの心を動かしてんだぜ。それだけですげぇだろうよ」
モップをかけようと思った腕はすでに止まっている。好きという単語に頭の中は真っ白だ。
「オレはさ、人間が憎かった。人間なんて全員殺していいと思っていた。でもアンタと会ってからその気持ちが、なくなっちまったんだ。おかしいだろ、悪魔なのに。アンタにさ、心が綺麗にされちまったんだよ。さすが清掃おじさんだぜ」
バエルはククッと笑う。
「まっ、そんなことは言ってみたが。オレのことは気にすんじゃねぇぞ。オレは悪魔だ。これ以上はどうにもならない存在だ。ただ、アンタがオレのことを考えてくれるなら、一つだけ頼みたいことはあるけどな」
それは……? そう思いながら顔を上げ、彼を見ると。バエルは心底安心したように、穏やかに笑っている。悪魔らしくない、かつては優しい少年であったのだろう笑顔でいる。
「オレを死なせてくれたらいい……いや、祓うって言うのか。祓ったら死ねるかな? 傷つけても死なねぇけど、祓う方法なら死ねるかな?」
「バエルくん……」
「わかってんだろ? オレがそれを望んでるのは。だからクラヴァスとその方法を探してくれてるんだろ……契約上、アンタの命を奪う半年っつーのは変えられねぇけど。きっとそれまでにはなんとかなるだろうよ。アンタは生きなきゃ。アンタがクラヴァスのことをどうしようとアンタの勝手だけど、生きなきゃな?」
悪魔なのに。こんなにも優しい。
それはどうにかしてあげたいと思っている。
「……大丈夫。バエルくんが望むなら、僕はその方法を探すから」
もしかしてジードなら知っているのかもしれない。彼の元を訪れるのは嫌だけど、バエルのためなら、やらなくては。
「だが、その前にやることがあるな?」
バエルがそんなことを言った時だ、空気がスッと冷たくなった。
「アンタなら、もう一人ぐらい、綺麗にできるんじゃねぇか? 暗く汚れちまった、もう一人の人間のさ」
それは誰のこと……と息を飲んだら、目の前に一瞬にして黒い影が現れた。大きな黒い鳥……いや、違う。
「ちょうどいいですね……悪魔もいるし、アイツの大事な人もいる。レオさん、しばらくですね」
その翼を大きくはばたかせたら、教室にある机やイスは吹き飛ぶだろう。それぐらいに大きな翼、そして人の足があった部分には鷹のような鋭い鉤爪がついた足。
赤い瞳が、悲しそうに光る。
「フレゴくん……」
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