第27話 まさかの想い人ときました

 いつも通り、生徒達が使用した教室を順番に綺麗にしていく。薬剤かけてモップでピカピカ……自分が誇りを持っている仕事。どんなものでも綺麗にする、自慢するほどではないけど好きなこと。


 それをやりながら、また頭の中は右往左往して壁にガンガンぶつかりまくっているように騒々しい。原因はクラヴァスだ。別れ際、またとんでもないことを言ってきたのだ。


(もうどうするよ〜……いやいや、ダメなのはわかってるけどぉ……)


 授業に出すための交換条件。彼は授業に出ると宣言したのだから、こちらだって守るべきなのはわかる。わかるけど――。


「お疲れ様で〜す〜」


「う、わぁぁぁっ!」


 モップの柄を握って立っていた時、ポンッと肩に感触があり、飛び上がって声が出てしまった。

 我ながらなさけない……恐る恐る視線を向けると教室内に、いつの間にか現れた人物は申し訳なさそうに銀髪をかいた。


「あらら、ごめんなさい〜。驚かせるつもりはなかったんですよ〜」


「パナ学長っ……す、すみません、こちらこそ」


 まだジャンなら良かったのに。なぜかいたのはルラ魔法学校の偉い御方だ。


「ちょっと考えごとをしてました、本当にすみません」


「いいんですよ〜人間ですもんね」


 パナ学長はいつものニコニコ顔だ。彼がその他の表情をするところなんて見たことがないが。先程の話の流れで、この人こそイライラすることなんてあるのかなぁと思う。


「レオさん、その悩み方からするに〜……もしかして想い人でもいらっしゃる?」


「えっ」


 効果音があったなら。今、頭から花が咲いたように“ポンッ”ってなった、絶対。

 ……想い人、なんて。いやいやいや、ありえません。ダメでしょ、倫理的に。


「あらあらあら、図星ですね〜いいじゃないですか〜。いくつになっても恋は大事ですよ〜」


「が、学、学長っ、そ、そんなこと――」


 口がガクガクする。自分がクラヴァスを?


「へ、変なこと、言わない、で……ください……それ、に……僕は、ただの清掃員だから、そんなの、ダメ、なんですよ……」


 たとえ、もし、好きな人がいたとしても。

 この世界で魔力なしは“無能”だ。

 そんな人を選ぶ人はいない。


「僕じゃ、ダメなんです……」


 それを思うと身体が震えそうになった。心が急にむなしくなった。普段は笑ってごまかしていたものが、急にごまかせなくなった。

 自分は結局、ダメなやつなんだ、と言われたわけじゃないけど。言われたような気になる……。


「レオさん」


 パナ学長は優しい声で続ける。


「レオさんは素晴らしい人、ですよ。何をそんなに怖がる必要があるんですかぁ。レオさんはルラ魔法学校に必要な人。そして生徒の多くがあなたを慕っていますよ〜。だから……あなたは必要な存在、なんですよ?」


 欲しかった言葉。パナ学長は的確にそれを伝えてくれた。

 魔力なしで不必要な自分。それでも何かできるなら何かしたくて、誰かに必要とされたい。それは自分がずっと願っていたことだ。


「この世には魔力がない人も、大勢ではないけどいますよね。魔力がない人はみんなそれを望みますよぉ。みんな、同じなんですよ」


 それを聞いて納得だ。やはりパナ学長も自分が魔力なしと知っていた。当然といえば当然か、一番偉い人物なんだから。だからパナ学長はいつも自分を勇気づけてくれたのかも。


「魔力がなくても力が弱くても、わがままでも泣き虫でもみんな楽しく生きるべきです。どんな人も望みを持ち、なりたいものになるべきなんですよ〜。レオさんもなりたいもの、望みたいこと、たくさんあるでしょう?」


 ある、のかな。よくわからない。多分、ずっと無理だからとあきらめていたから。


「……あるんですかね、僕にも」


 苦笑いを持って返すと「ありますよ」とまぶしい笑顔。年上であるのに、この人のこの若々しい雰囲気は何で保たれているのだろう。


「そうですねぇ、とりあえず……魔法が使えたら、とか。そんなこと思ったことはないですか?」


「魔法、ですか?」


 思ったことがない、わけじゃない。度々ある。魔法が使えたら、どんな窮地もなんとかできて、助けたい人がいたら助けられるとか。


「……なくはないです。色々できて、楽しそうですからね」


 そう答えた時、自分の頭にあたたかいものが優しく乗る。パナ学長の手だ。それがなでるように優しく動く。


「そうですよね〜魔法使えたらなんでもできますからね〜楽しいですよ、きっと……大丈夫、あなたなら」


 学長の手は二、三回、頭をなでると離れた。いい年したおじさんが学長に頭をなでられるのもおかしなものだが、なんだかスッキリしていた。


「レオさんなら、なんでもできちゃいますよ〜ではでは」


 学長は最後にニッコリ笑うと教室から出ていった。


(な、なんだったの、今のは)


 学長になでられた頭を、なんとなく触ってしまう。何かされたかな〜と思ったが別に何もない。


(なんでもできるか……)


 そうなのかな。床についたモップを見ながら「できるかな」とつぶやく。もしできるなら、好きな人に好き、と言ってもいいんだろうな。クラヴァスのように。


(ダ、ダメだって……それは問題外。だって僕はおじさんだし)


 そんなことより仕事に戻らなくては。

 細長いため息を吐きながらモップとモップ絞り器を手に、移動しようとした時だ。


「なに、アンタ、アイツが好きなわけ〜?」

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